第126話「見えぬ敵」
第126話
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アーソン城の高層部。
スエン・ツー・カンコは、
窓の外に広がる白い霧を静かに見つめていた。
霧はいつも濃い。
アーソンの夜は霧と共にある。
だが今夜の霧は――
“重い”。
まるで街全体が息を潜め、
何かを待っているような、
そんな圧迫感があった。
スエンは、霧の“流れ”や“重さ”の変化を感じ取る。
空気の圧、湿度、温度、風のわずかな乱れ――
獣人としての鋭い感覚が読み取る“環境の変化”だ。
「……また揺れた」
スエンは小さく呟いた。
霧が波紋のように広がり、
すぐに元の静寂へと戻る。
霧は風で揺れる。
だが今の揺れは風ではない。
もっと局所的で、
もっと鋭く、
まるで“何かが霧を押し分けた”ような動き。
スエンは目を細めた。
「影牙が動いている……
それも、一か所ではない」
影牙は霧の中で戦うことに長けた暗部。
彼らが本気で動くと、
霧の流れが変わる。
影牙の動きは“霧の乱れ”として伝わる。
「……三か所。
屋根の上、監視塔の庭、そして……地下?」
三つの揺らぎが、
それぞれ違う方向から伝わってくる。
スエンは眉をひそめた。
「同時に……?
そんなはずは……」
影牙は五人一組で動く。
三か所同時に戦闘が起きているということは、
三つの影牙部隊が同時に交戦しているということ。
それはつまり――
侵入者も三つの班に分かれているということだ。
「……組織的で計画的な侵入」
スエンの胸に冷たいものが走る。
アーソンの霧に紛れられる者は少ない。
まして、
三班同時に侵入し、
影牙と互角に戦える者など――
ほとんど存在しない。
「いったい……何者?」
スエンは窓から目を離し、
部屋の中央に置かれた地図へと歩み寄る。
アーソンの地図。
霧の流れ、地下水路の構造、街の要所――
すべてを記した特製のものだ。
スエンは指先で三つの地点をなぞる。
「屋根の上……監視塔……地下水路……
どれも、アーソンの“要”」
侵入者は、
アーソンの防衛網を正確に把握している。
偶然ではない。
明確な意図がある。
だが――
その“意図”が何なのか、
スエンには分からない。
理由はわからないが、街を覆う結界が消えたことは知っている。
だが、
その結界が何を守っていたのかまでは知らない。
「結界が消えた今、
アーソンは無防備……
それを狙った侵入……?」
スエンの瞳が鋭く光る。
その瞬間――
霧が大きく揺れた。
スエンは息を呑む。
「……影牙が一人、倒れた」
霧の揺らぎは、
影牙の生死をも伝える。
さらにもう一つ、
そしてもう一つ。
「……三人……四人……
影牙が……倒されている……?」
スエンは拳を握りしめた。
影牙は鍛え抜かれた暗部だ。
その影牙が、
霧の中で次々と倒れていく。
「侵入者……
あなたたちは、いったい何者……?」
スエンは窓の外を見つめる。
霧は静かだ。
だがその静けさの奥で、
確かに“戦い”が起きている。
霧の都アーソンは、
今まさに――
見えない戦争の真っただ中にあった。
スエンは静かに命じる。
「影牙、戦況を報告しなさい。
そして……
地下水路の揺らぎを最優先で追跡しなさい」
地下の揺らぎは、
他の二つよりも深く、重く、
そして――不吉だった。
「アーソンを……
私の街を……
好きにはさせない」
霧が揺れた。
まるでスエンの決意に応えるように。
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