第117話「揺らぐ王都アイーズ」
第117話
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大陸では各地で不穏な動きが広がり、情勢は日に日に混乱を深めていた。
だが、その荒波は決して遠い地の出来事ではない。
ムツート連合国の王都アイーズもまた、春の陽光に包まれながら、どこか張りつめた空気を漂わせていた。
王宮の白壁はいつも通り美しく、庭園の花々は鮮やかに咲き誇っている。
しかし――
その美しさの裏で、静かに、確実に、
“何か”が軋み始めていた。
・・・・・・・・・・
「……兄上、また派閥会議ですか?」
マサヴェイ・シロンドルフは、王宮の長い回廊を歩きながら、隣を歩く兄マサライに問いかけた。
マサライは苦笑し、肩をすくめる。
「仕方ないだろう。
父上が眠りについてから、連合国の均衡は私が保つしかないのだ」
「でも……兄上は休んでいないじゃないですか」
「休んでいられないんだよ、マサヴェイ。
イキノフ家もリクヴォフ家も、“次の盟主が誰になるか”を気にしている。
アツレクは……まあ、あれだ」
マサライは言葉を濁した。
マサヴェイはため息をつく。
「僕は……巻き込まれたくないんですけどね」
「分かっている。
だからこそ、お前を呼び戻したんだ」
マサライの声は優しかった。
だが、その奥には深い疲労が滲んでいる。
「エドザー王国に潜入していた時のお前は、自由で、伸び伸びしていたのかもしれん。
だが……王宮は違う。ここは“血”がすべてだ」
「……嫌な言い方ですね」
「事実だよ」
マサライは立ち止まり、弟の肩に手を置いた。
「マサヴェイ。
お前は自分が思っている以上に“危険な立場”なんだ」
「僕が……?」
「お前は派閥を作らない。政治にも興味がない。
だが――“王族である”というだけで、アツレクにとっては脅威なんだ」
マサヴェイは苦笑した。
「僕なんて、脅威でもなんでも……」
「違う」
マサライは強い口調で遮った。
「アツレクは……気づいたんだよ。
お前が“ただの出来損ない”ではないと」
マサヴェイの足が止まった。
「……どういう意味ですか?」
「アツレクは昔、お前を軽んじていた。
覇気がなく、のらりくらりして、王位にも興味がない。
“脅威にならない弟”だと」
「……まあ、そう思われても仕方ないですし、その通りですけど」
「だが――ある時から、アツレクの態度が変わった」
マサヴェイは息を呑む。
「変わった……?」
「お前のことを“監視”し始めたんだ」
マサヴェイの胸がざわついた。
「監視……?」
「アツレクは直感が鋭い。
お前の中に“何かがある”と感じ取ったんだろう。
まあ――私は昔からそう思っていたがな、ははは」
「またまたー、そういう冗談はいいですから」
そう言いながらも、マサヴェイは視線を落とした。
――ヴィオデス。
自分の中に眠る“龍魔王の魂”。
それを抑え込み、自分として生きることを選んだ。
兄には言えない。
誰にも言えない。
だが、アツレクの鋭い勘は、
その“異質さ”を感じ取ってしまったのだ。
「……兄上。僕は、王位なんて望んでいません」
「知っている。
だが、望まなくても“巻き込まれる”のが王族だ」
マサライの言葉は、ゴシファーが言ったものと同じだった。
争いは、望まなくてもやってくる。
・・・・・・・・・・
一方その頃――
王宮の別棟では、アツレク・シロンドルフが側近たちと密談していた。
「……マサヴェイが戻ってきた、だと?」
「はい、殿下。皇太子殿下の命で呼び戻されたようです」
「ふん……あの覇気のない弟が、何をしに戻ってきたというんだ」
アツレクは苛立ちを隠さず、机を指で叩いた。
「殿下、マサヴェイ殿下は派閥を持ちません。脅威にはならないかと」
「それが問題なんだよ」
アツレクの目が鋭く光る。
「派閥を持たない王族ほど、“利用されやすい”んだ」
「しかし……マサヴェイ殿下は政治に興味が……」
「興味がないからこそ、危険なんだ」
アツレクは立ち上がり、窓の外の王都を見下ろした。
「……以前、気づいたことがある」
「気づいた……?」
「あいつは“ただの出来損ない”じゃない。
のらりくらりしているようで、どこか……底が見えない」
アツレクの声は低く、冷たかった。
「ある時、ふと感じたんだ。
“何かを隠している”と。
それ以来、私はマサヴェイを監視している」
側近たちは息を呑んだ。
「……殿下、そこまで……?」
「当然だ。
兄上が庇う理由も分からん。
だが、あれは……危険だ」
アツレクの直感は鋭かった。
マサヴェイの中に眠る“異質な魔力”を、無意識に感じ取っているのだ。
「……放っておくわけにはいかないな」
アツレクの声は、王宮の空気を冷たく震わせた。
・・・・・・・・・・
王宮の外では、貴族の使者たちが頻繁に出入りしていた。
「次期盟主は誰になるのか」
「マサライ殿下の体制はいつまで続くのか」
「アツレク殿下の派閥はどこまで伸びるのか」
そんな噂が、王都の中に広がっている。
ムツート連合国は、表向きは平和で安定している。
だが、その内側では――
王位継承をめぐる静かな戦いが始まっていた。
そしてその中心に、望まぬまま巻き込まれつつある青年がいる。
マサヴェイ・シロンドルフ。
・・・・・・・・・・
その夜。
マサヴェイの執務室の扉が静かに開いた。
「マサヴェイ様、紅茶をお持ちしました」
ゴシファーが優雅に一礼する。
「ありがとう、ゴシファー」
マサヴェイは微笑んだが、
その表情には疲れが滲んでいた。
「……兄上たちは、僕をどうしたいんだろうね」
「マサヴェイ様を“どうするか”ではありません」
ゴシファーは静かに言った。
「マサヴェイ様が“どうあるべきか”を、
世界が決めようとしているのです」
「……世界が?」
「はい。
大陸は動き始めています。
そして――
ムツートもまた、揺らぎ始めています」
ゴシファーは紅茶を置き、
マサヴェイの目をまっすぐに見た。
「マサヴェイ様。
ヴァルノクスの使者が、
まもなくマサヴェイ様に会いに来ます」
「……ヴァルノクス?」
「はい。
殿下の中に眠る“魂”を確かめるために」
マサヴェイは息を呑んだ。
大陸の混乱と同時に、
ムツート内部も揺らぎ始めている。
そしてその中心に立つのは――
他でもない、自分自身なのかもしれない。
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