第111話「真実の断片」
第111話
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その日、霧滝の里はいつもより静かだった。
湖面に漂う霧は薄く、光苔の輝きもどこか控えめに見える。
滝の音は変わらず優しいのに、空気の奥にわずかな緊張が混ざっているようだった。
エリシアは、家の前で角に触れた。
昨日から続く、あの微かなざわつきがまだ残っている。
「……やっぱり、変だよね」
角の奥で、何かが呼吸しているような感覚。
外界の魔力の揺らぎ――そう説明されたけれど、どうしても気になってしまう。
家の中では、父ラザロが静かに眠っていた。
昨日の発作は落ち着いたものの、角の脈動はまだ強い。
「お父さん……」
エリシアはそっと父の手を握った。
その手は温かいのに、どこか遠くにあるように感じられる。
「今日は、少しだけ調べてみようかな……」
呟いた声は、霧に溶けて消えた。
・・・・・・・・・・
授業が終わったあと、エリシアはひとりで影の回廊へ向かった。
洞窟の中はひんやりとしていて、光苔の光が壁に淡く揺れている。
――外界の魔力が流れ込んだだけ。
エヴァンジェリナはそう言った。
でも、エリシアの角はまだざわついている。
「……何かあるはず」
角に意識を集中させると、洞窟の奥から微かな魔力の流れが感じられた。
普段は感じない方向――影の回廊の“封じられた区画”の方だ。
そこは、子どもたちが近づいてはいけない場所。
古い結界が張られ、家長たちしか入れない。
けれど、角がそちらへと引かれていく。
「少しだけ……見るだけなら」
エリシアは足を踏み出した。
洞窟の奥へ進むにつれ、光苔の光は弱まり、空気がひんやりと重くなっていく。
壁には古い文字が刻まれていた。
授業で習った古文に似ているが、もっと古い時代のものだ。
「……“影の誓約”……?」
かすれた文字を指でなぞる。
その下には、読めないほど古い文が続いていた。
さらに奥へ進むと、結界で封じられた石扉が現れた。
扉には、角を象った紋章が刻まれている。
エリシアが近づくと、角が淡く光った。
「……開くの?」
光は扉に反応し、結界が一瞬だけ揺らいだ。
しかし扉は開かない。
ただ、扉の隙間から冷たい風が流れ出し、エリシアの角を震わせた。
その瞬間――
頭の奥に、声のようなものが響いた。
――“ヴィオデス様”――
「っ……!」
エリシアは思わず後ずさった。
昨日、父が発作の中で呟いた言葉。
外界。
ヴィオデス様。
その断片が、頭の中でつながりそうでつながらない。
「どうして……?」
そのとき、背後から声がした。
「エリシア。ここで何をしているのです?」
「っ……!」
振り返ると、エヴァンジェリナが立っていた。
霧のように静かな気配で、いつの間にか近くに来ていたらしい。
「こ、ここは……」
「子どもが入ってはいけない場所です。
あなたも知っているはずでしょう?」
「……ごめんなさい。でも……」
エリシアは言葉を飲み込んだ。
角のざわつき、扉の反応、父の言葉――
それらをどう説明すればいいのか分からなかった。
エヴァンジェリナはエリシアの角に手をかざし、静かに目を閉じた。
「……やはり、あなたの角は“呼ばれて”いますね」
「呼ばれて……?」
「ええ。外界の魔力が揺らいでいるのです。
あなたの角はそれに敏感に反応している」
「外界の……魔力……?」
エリシアは息を呑んだ。
「でも、あなたが知るにはまだ早い」
「どうして……? どうして教えてくれないの?」
エリシアの声は震えていた。
恐怖ではなく、もどかしさと不安が混ざった震え。
エヴァンジェリナは静かに答えた。
「真実は、時に心を傷つけます。
あなたは優しい子です。
だからこそ、今はまだ……」
「でも、お父さんは……“外界”って……“ヴィオデス様”って……」
エリシアが言いかけた瞬間、エヴァンジェリナの表情がわずかに揺れた。
「……ラザロが?」
「うん……発作のときに……」
エヴァンジェリナはしばらく黙り、深く息をついた。
「エリシア。
あなたは、ホルヴァルガ家の娘です。
いずれ真実を知る時が来るでしょう。
ですが――」
彼女はエリシアの肩に手を置いた。
「その時は、あなたが“選んだ時”でなければなりません」
「……選ぶ?」
「ええ。
真実を知ることは、時に“戻れない道”を歩むことになります。
あなたがその覚悟を持った時――その時に話しましょう」
エリシアは唇を噛んだ。
胸の奥がざわざわと騒ぎ、角が微かに震える。
「……私は……知りたい。
お父さんのことも……里のことも……外界のことも……」
エヴァンジェリナは優しく微笑んだ。
「その気持ちを忘れないでください。
それが、あなたを導くでしょう」
そう言って、彼女はエリシアを洞窟の外へと導いた。
・・・・・・・・・・
夜。
湖面に光苔の光が揺れ、霧が静かに漂っている。
エリシアは湖のほとりに座り、角に触れた。
「……森の向こうには、私がまだ知らないことが、きっとたくさんあるんだよね。」
呟いた声は、霧に溶けて消えていった。
里は今日も静かで、美しかった。
けれどその静けさの奥に、確かに“何か”が揺れていた。
エリシアの角は、その揺らぎを捉え続けている。
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