第112話「影議の間 ― 迫りくる影(十数年前)」
第112話
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影の回廊は、いつもより冷たかった。
光苔の淡い光が壁を照らし、霧のような魔力がゆっくりと流れている。
その奥――角魔族ヴァルノクスの首脳陣だけが入れる“影議の間”では、
重苦しい空気が張りつめていた。
天井を照らす光苔は、まるで星のように淡く瞬き、
中央には黒石の円卓が静かに鎮座している。
その周囲には、族長ガルド・ホルヴァルガ・ヴァルノクスをはじめ、
各家の家長、長老たちが席に着いていた。
外界と断絶した里であっても、
ヴァルノクスは“外界を知らない”わけではない。
むしろ、冥界の大森林の魔力の流れ、魔物の動き、
魔王城周辺の気配――
それらを常に監視し続けてきた。
それが、彼らの生き残りの術だった。
「……魔王城に、エゾモンの配下が入ったのは確かだな?」
族長ガルドの低い声が、静寂を破った。
黒石の円卓の上には、魔力で描かれた冥界の大森林の地図が浮かんでいる。
その中央――龍魔王ヴィオデスの居城であった“魔王城”に、
赤い光点がいくつも集まっていた。
「はい。オシマン、ゾガン、オヴィーネの3柱です。
魔王城は完全に掌握されています」
答えたのは、ノクティカーナ家の家長エヴァンジェリナ。
夜の気配を読む彼女の角は、外界の魔力の揺らぎに敏い。
「エゾモン……72柱を従える魔王、か」
ガルドが低く唸る。
「冥界の大森林、いや、この大陸の支配を望むかもしれん」
「ですが、私はエゾモンに仕える気はありませんよ」
オルドホン家の家長マグダレナが静かに言った。
その声は落ち着いていたが、瞳には強い拒絶が宿っている。
「当然だ」
ガルドは頷いた。
「我らヴァルノクスは、龍魔王ヴィオデス様の“知の側近”。
エゾモンに膝をつくことなどありえん」
家長たちは一斉にうなずいた。
しかし――
「問題は、エゾモンが我らの存在に気づくかどうか、だ」
エヴァンジェリナが続けた。
「里の結界は完璧です。
ですが、エゾモンによって冥界の大森林の魔力の流れが大きく変わっています。
その影響が、里の結界に“揺らぎ”を生む可能性があります」
「……つまり、いつ見つかってもおかしくない、ということか」
「はい」
重い沈黙が落ちた。
ヴァルノクスは戦闘民族ではない。
知と影の魔族であり、正面戦闘は不得手。
結界が破られれば、数の差で押しつぶされる。
「守ることはできるが、援軍は来ない。
我らは孤立している」
ガルドの言葉に、誰も反論できなかった。
「……族長。エゾモンが魔王城を拠点に動き出した場合、冥界の大森林の魔物たちも活性化します。
その影響が里に及ぶ可能性も……」
「分かっている」
ガルドは深く息をついた。
「だが、我らが大きく動けば、結界の存在が露見する。
それだけは避けねばならん」
「では、どうすれば……?」
マグダレナが問う。
しかしガルドは答えられなかった。
議論は続いたが、結論は出ない。
守るべきか、逃げるべきか、動くべきか――
どれも決め手に欠けていた。
「……現状維持だ。
結界を強化し、外界の動きを注視する」
ガルドの言葉に、家長たちは静かにうなずいた。
「エゾモンが動き始めた以上、この大陸は乱れる。
だが――我らはまだ動かない。
動けない、が正しいか」
エヴァンジェリナが小さく息をついた。
「……ヴィオデス様がいらした頃は、
こんな不安はなかったのに」
その言葉に、円卓の空気がわずかに揺れた。
ガルドはゆっくりと目を閉じ、静かに答えた。
「……あの頃とは違う。今の我らは“隠れる民”だ。
我らが大きく動けば、結界が揺らぐ。
ヴァルノクスの存在が露見すれば、エゾモンは必ず狙ってくる」
ガルドの声は低く、しかし確信に満ちていた。
「我らの知識、我らの角……
あれは魔王にとって喉から手が出るほど欲しいものだ」
「……利用される、ということですね」
エヴァンジェリナが静かに言った。
「そうだ。
ヴァルノクスは“知と影の魔族”。
戦場で剣を振るうより、影で動くことを得意とする。
だが、それは裏を返せば――
“支配者にとって都合のいい道具になり得る”ということだ」
円卓の周囲に、重い空気が広がった。
「ヴィオデス様の時代は違った」
マグダレナがぽつりと呟く。
「我らは側近であり、相談役であり……
あの方は、我らを“道具”として扱わなかった」
「武の龍魔王七公爵と、知のヴァルノクス。
その均衡が、ヴィオデス様を、冥界の大森林を支えていた」
「だが、その均衡は崩れた」
ガルドが静かに言った。
「ヴィオデス様が倒れ、七公爵は散り、
我らはこの里に隠れた。
……それが、我らの選んだ生き方だ」
ガルドが制した。
「ヴィオデス様はもういない。
二百年以上前に倒れられた。
我らは……ただ生き延びるのだ」
影議の間に、深い沈黙が落ちた。
こうして、ヴァルノクスの里は再び“影”に包まれた。
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