第9話 ゲーム or ?
やっぱりバカよね——。
簡単に引っ掛かるんだから——。
また、騙されたのか?
まさか、天才の私がそんなはずない。
きっと辻井の演技力のせいだ。
私は悪くない。
「……なんで?」
いやいや、なんでじゃなく。
そもそも違う。きっと違う。
私が恋愛なんて似合わないし、天才は孤独なものだ。
「だって、辻井なんて」
意地悪だし、根暗だ。
一晩考えたけど、私が辻井を好きなわけないじゃないか。バカバカしい。
百歩譲って友人として見えたとしよう。
でもヤツの言っていた好きは、違う好き、な気がする。
大体、私もアレも、女だし。
そうだよ、おかしいって。天才はおかしいものだけど、おかしいって。
「おはよう、タケ」
そうだよ、だって、おかしいって。
「おぉおぉおぅおはよぅう」
「なんて声出してるのよ」
「う、うるさい。少し噛んだだけだ!」
「そ。今日は教授お休みですって」
「そそそそそうか」
なんだ、普通じゃないか。
辻井にとってはなんでもないことなのか?
私は一晩考えたんだぞ?
「……辻井」
「なに?」
なんだか堪らなくなって名前を呼んでみたけれど、やっぱり辻井は普通だ。
「そうだよね、違うよね」
そうだ、きっと違う。
あれは辻井の悪ふざけの一つだったのだ。
私を騙したりするための計略だったのだ。
なんだ、動揺した自分がバカみたいだ。天才だけど。
「梅ちゃんは?」
「授業中」
じゃあ、しばらく二人だけか。
「……」
「……」
なんか、でも、おかしい。
普段通りでいいのに、普段通りじゃないぞ?
あれ、私がおかしいのか?
「……今日は、RPGGとかないの?」
あ。
忘れてた。
なんてことだ。
この私が夜に実験書を書き進めないなんて。
夜に違うことを考えるなんて。
「今日は、ない」
「そう」
あ、そうか。
ギャルゲの、続きか?
そっか、まだ生きてるんだあの設定が。
辻井は私を落とすフリをする。
きっとまだその中にいるんだ。
だから私が辻井を好きになりそうになって……いや、なってない! なってないぞ!
「教授、今日は遠い所まで出張してるみたいだけど、明日には帰ってくるから」
そうだ、辻井には教授がいる。
私の気持ちどうとかじゃなくて、辻井は教授が好きじゃないか。
私のことなんて、考える必要もないじゃない。
「そっか」
そう思うと、辻井のことを考える余裕がでてくる。
辻井が口数少ないのは、教授がいないからだ。
私は関係ない。
昨日のはやっぱり辻井のイタズラだ!
うん、そう思えばなんてことはない。
「よし、辻井! お姉さんが慰めてやろう!」
「だからあなた私より誕生日遅いでしょうって」
辻井の肩をポンと叩いて笑う。
うん、なんてことはない!
天才に不可能はない!
「……嬉しそうね」
「それはもう!」
考えすぎは良くないな!
なーんだ、気にしないとなると楽だな!
余裕余裕!
「教授がいないから、私と二人きりだから嬉しいの?」
ん?
「……なんの話かな?」
「そんなに私のことが好き?」
……い、イタズラにもほどがある!
いいいいいや、これはきっとゲームの延長戦だ!
気にしたら負けだ!
寛容な私にはそんな攻撃効かぬ!
「ははは、辻井ったらいやだなぁ! 自分が寂しいからってそんな……」
「あら、寂しがりなのはタケのほうでしょ? 松ちゃんと会えないからって私をそんな風に好きになるなんて」
だ か ら !
違うって言うとるにこいつは……!
「あのね、辻井。いくら教授が傍にいないからって私に当たるなんて」
「いくら私のことが好きだからって教授が居ないことをそんなに主張しないでくれる?聞いてるこっちが恥ずかしいわよ」
「……」
「……」
「辻井、どうやら君は私と戦争がしたいようだね」
「私は喧嘩売ってるつもりはないけど?」
安売りしてるようなもんじゃないか。
くっ、ニヤニヤしやがって……!
「……そうね、そんなに違うというなら証明してもらいましょうか」
証明?
何させる気だ。
「簡単よ。あなたはじっとしてるだけ」
「はぁ」
チキンレースか?
なんだろう。
「キスしてあげる」
なるほど、それはわかりやすい。
「って、ええええええええ!!!!?」
「酔っぱらったときにしちゃってるんだし、軽いものでしょう?」
「いや、そういう問題じゃない!」
何を言い出すんだ!?
だって辻井は教授が好きなんだから、そういうこと他人としちゃダメでしょうが!
「別に問題ないけど?」
「問題あり放題だよ!」
「そう?」
こ、こいつは……とんだビッチだ!
くっ、純情なヤツだと思っていたのに……!
教授にもこんな迫り方をしているのかこやつ……!
はっ、待てよ?
ご存じのとおり、教授は遊び人だ。
それに比べてこいつは教授を好きすぎるがために私を張り倒し泣いてまでみせた女。
……教授から何か言われたに違いない!
恐らく「キスもしたことないオコチャマが俺と付き合おうなんて~」とか。
くっ、教授め、最低なヤツだ!
今度会ったらジャーマンかましてやる!
「やるの? やらないの?」
……いやでもこういうときってしてあげたほうがいいのかな?
しなくても両想いだし丸く収まるような……。
え、私噛ませ犬ってやつ?
私としたことがなんという!
「やれないなら、私のことを本気で好きなんだと見なすけど?」
「よし、やってやる!」
そこまで言うなら!
そもそも私がこいつを大切にしてやる必要などないのだ!
辻井はなんたって私のことが嫌いだからな!
うむ、邪魔してやる! 辻井の体をキズものにしてやるわぁ!!
「……いいの?」
「どんと来い」
大丈夫、酔っぱらった辻井にすでにファーストキスは奪われているのだ!
何も怖いことなどない!
一回も二回も一緒だ!
「じゃあやるけど……」
「さぁ来い!」
「……」
なんだその呆れた顔は。
「やる気があるのはわかったから、目瞑りなさいよ」
あらやだ、失敬。
ぎゅっと目を瞑ると、辻井が動く気配がわかった。
おぉ、マジだな辻井。
そんなに屈辱的なことを教授から言われたのか。
ってあれ、ちょっと待てよ。
なんでキスできたらその証明になるのか?
だってキスできるってことはむしろ辻井のこと好きってことにならないか?
だって、嫌いならキスなんて……。
あれ!? 罠か!
よし止めよう、今止めよう!
「つ、辻井……!」
止めようと名前を呼んで目を開けた。
「……っ!?」
目の前には、見たことない顔で戸惑う辻井がいた。
「え?あれ?」
「な、なに。怖気づいたの? いきなり目開けないでよ、びっくりするでしょ」
「あ、ごめん」
いや、ごめんってなんだ私。そうじゃなくて。
あれ、もしかして。
そっか、私じゃなくて、辻井が嫌だよね。
なにやってるんだ私は。
「……ごめん、いい」
「え?」
「やっぱり、しなくていい」
辻井は少し顔を伏せると、スッと離れた。
そうだよ、やっぱり教授とじゃなきゃ、嫌に決まってる。
辻井は本当に、教授が好きなんだな。
辻井を好きじゃなくて良かった。
もし本当にそうだったとしたら、片思いじゃないか。
そんなの、辛すぎる。
だって教授のことを考えてあんな顔してる辻井を見てるだけで胸がチリッとするんだ。
「……辻井、教授じゃなきゃダメなの?」
「え?」
「辻井にはもっと、良い人いると思う」
他の人ならきっと、辻井が悲しそうな顔しなくて済む。
だって辻井のことなんて好きじゃないけれど、でも辻井が悲しい顔をするのは嫌だ。
「例えば?」
「それは、わかんないけど、でも」
きっと。
「私なら、辻井にそんな顔させないのにな」
私ならもっと辻井と一緒に居てやるのに。
辻井に楽しいこと教えてやるのに。
「……そんな顔って?」
「よくわかんないけど、辛そうだし」
「そ?」
そう。
頷くと、辻井は一つ溜息を吐いた。
……やっぱり、教授じゃなきゃダメなのかー。
「タケってほんとに……」
「?」
「いや、お人よしね」
そう言ってちょっと困ったみたいに笑う辻井がやけに綺麗に見えた。
あぁそう言えばこいつって綺麗なんだっけ。
いつもムスッとしてるけど、たまに笑ったりすると本当に綺麗で。
そういえば、最近は辻井のことばかり考えている気がする。
どんなRPGGをすれば、辻井が私を尊敬してくれるのか。
何をすれば辻井の助けになれるのか。
どうやったら笑ってくれるのか。
自分の考えに、自分の耳が熱くなっていくのを感じる。
しまった。
実は私は、辻井が好きだったのか。
-secret stage-
タケがうんともすんとも動かなくなった。
「タケ?」
呼びかけても返答無し。
まったくわけがわからない。
好きかと聞いたら嫌いと言うし。
キスしようとすればやると言いつつでも止める。
挙句の果てには「私ならそんな顔させないのに」とか言いだす。
”そんな顔”させてるのは自分だって気付かない辺りがまたなんというか。
そして挙句の果てにフリーズした。
「タケー?」
「あぁ、えっと」
タケはやっと動いたかと思うと、おろおろとしだした。
「まぁ、なんだ」
「?」
なんだろう。
「ほんとに、辻井はわけがわからないな」
タケがそれを言うか。
「なんだろう、普通なのに、なんで辻井なんだ?」
「一人で喋ってないで会話してくれる?」
「えぇぇ、なんでー?」
「いやだから……」
これほどわけがわからないタケにわけがわからないって言われる私って……。
けど、本当にどうしたのか。
まぁ、この子が意味不明なのは今に始まったことじゃないか。
私は一つ呼吸をするとほうじ茶を口に含んだ。
「……辻井って、綺麗だなー」
「ぶふっ」
「辻井、汚い」
どっちよ。




