第3話 今日はたぶんラスボス
RPGGの仲間編は結局失敗に終わった。
確かに一度離れてもまた仲間になればいいのだが、なにせ残念なことに一緒に宿屋に泊るということが私にはできなかったためだ。
仲間なら一緒に宿屋に泊るもんでしょう——。
と、辻井は言い放ったのだ。
RPGGのためにまぁそれぐらいは我慢できる……が。
その会話が行われたのは教授と飯を食いに行ったあと。
ヤケになってしこたま飲んでいたのだ、お酒という人間の生み出した神秘を。
「あー、頭痛い」
「昨日あんなに飲むからでしょうに」
飲む以外どうしろと。
邪魔をしてやると二人についてったはいいけど二人が話している内容はほとんどわからなかった。
日本語喋れよおまいらと叫べば完全無視。
そりゃあもう飲むしかなかった。
つまりつまんなかったのだ。
「だから泊っていけばよかったのに」
「絶対ヤだ」
確かに辻井の部屋の方が近かったけど、最終的にベロベロになって自力で部屋に帰った。
辻井の部屋に泊るなんて考えるだけで鳥肌ものだ。
しかも自分は泥酔状態、何されるかわかったもんじゃない。
「せめて送ってあげるって言うのぐらい素直に聞けばよかったんじゃない?」
「絶対ヤだ」
そんなことをすれば『ここがあなたの部屋よー』っつってゴミ収集車に入れられるかもしれない。
そんな末路は嫌だ。
「そもそもなんでついてきたんだか……」
「うるさいなー」
プチプチプチプチ突っかかってきやがって。
わかりましたよ、もう二人の邪魔はしませんよーだ!
「あれ、また喧嘩ですか?タケさん佐々さん」
キター!
マイエンジェル梅たん!
数少ないゼミ生の梅たん!
君のために私はここに居る!
「そうなんだよねー、辻井がチクチクプチプチ突っかかってきてさー」
「佐々さんはタケさんに関しては姑のような部分がありますもんね」
「……誰が姑よ」
辻井も梅ちゃんには弱いのか、あまり強くは言わない。
おそらくこの研究室の権力は梅ちゃんにあると言っても過言ではない。
「別に、ただこの子がちょっと不可解な行動ばっかりとるから……」
「まぁそれに逐一突っ込んであげるあたり佐々さんも優しいとは思いますけどね」
あれ、なんか言葉に棘があるよ梅たん。
なんか今のぐさってきたよ。
「それで、また何したんですか?タケさん」
「いやさ、辻井と教授が日本語話してくれなくてさ」
「あぁ意味がわかんないです」
冷たいよ梅たん。
あれ、もしかして私この研究室にやっぱり一人ぼっち?
ま、いっか。梅ちゃんちっちゃくて可愛いし。
「この子、こないだから変な実験を始めてるのよ」
「変な実験?」
変って言うな。
崇高な名前があるんだよ!
「そう! その名もRPGG!」
どうだ、かっこよかろ!
「最後のGはなんなんですか。最後のGは」
ゲームのGだよ。
「それで、今日も何かやる気なの?」
「よし、よくぞ聞いてくれた辻井」
私はごそごそとロングローブを纏うと、ふはふはと笑い始めてみた。
「今日の私は魔王だ!」
主人公、仲間、そういったものよりももっと賢い役があった。
これなら私にもピッタリである。
「魔王ねぇ、何するわけ?」
辻井は私の手から実験書を取り上げるとパラパラめくり始めた。
む、自分から読み始めるとはいい心がけである。
さては辻井もこの実験に興味を示し始めたな?
よかろうよかろう、この論文が発表されたときには君の名も助手として刻んでおいてやろう。
「なんて書いてあるんですか、佐々さん」
「……手下を従えて主人公の邪魔をするんですって」
そう!
「はぁ、で、手下は誰なんです?」
「え? あー……じゃ、辻井で」
「拒否権を発動するわ」
む、興味持ってたくせに。
「じゃ、辻井は主人公ね」
「……また?」
「あー、別に今回は主人公の役割ってだけだからルールに乗っ取らなくていいから」
「あ、そう」
また「はい」と「いいえ」だけになっちゃ面倒だし。
ただでさえ会話が通じないこいつが喋らなくなったら会話なんか成立しないもんね。
「あ、はいはい! じゃあ私手下役やります!」
「よーし! 梅ちゃん! さっすが梅ちゃん!」
自ら手下役を望むなんて良い子すぎる……!
私はぶわぁと涙を流すと、元気に手をあげた梅ちゃんにすっかり手下役を受け渡した。
「で、手下って何すればいいんですか?」
「あぁ、それは……」
……おや。
「あぁ、それは……」
……しまったぞ。
「タケさんのことだからやっぱり手下とかの設定まで考えてなかったんですか?」
「いや、そんなことはない。でもちょっとだけ待って。トイレ行ってくる」
私はシュババとトイレに逃げ込むと、熟考しだした。
考えろ私。
いつもやっているゲームを思い出すんだ。
手下といえばなんだ。
手下といえば……。
よしきた、あれだ!
「お待たせ!」
「絶対中で考えてきましたよね」
そんなことはない!
と、大声で言うべきだとは思うけどさすがになんか後ろめたい!
「そんなことより!」
「あ、流した」
「手下といえばあれだろ! あれ!」
「どれですか?」
「主人公の邪魔!」
あぁ、納得ー、と梅ちゃんはポテポテと辻井に近づいていった。
「なに?」
「ふふー♪」
梅ちゃんは後ろからぎゅーっと辻井に抱きつくと、満足そうに笑った。
「あ、どうぞお気になさらず」
「そう言われると気になるわよ」
「でしょうね~」
む、なんか寂しいな。
君たち私を無視して話を進めるんじゃない。
「主人公の佐々さんの邪魔してるんです」
あぁ、納得ー。
そりゃたしかに邪魔だ。
……邪魔、だよね?
あの、なんで辻井は梅ちゃんを振り払わないのかなー?
「佐々さん、振り払わないんですか?」
「確かに行動的に邪魔だけど、嫌ではないから」
あぁん?
貴様、私が同じことしたら嫌がるくせに!
あ、思い出したぞ昨日の恨み!
私が抱きついたら突き飛ばしたくせに梅ちゃんならいいのかこの贔屓っ子め!
「あ、タケさん」
「ん?」
「魔王ってのは偉そうにしてるべきだと思うんですよ」
「え? あ、そう、そうだね」
まぁそりゃそうだ。
「なので、そこの椅子に座って偉そうに踏ん反り返ってればカッコイイんじゃないですか?」
え? ほんと?
そしたら私かっこいい?
ふむ、一理ある、一理あるぞ。
これはもうしょうがないな、やっちゃいますよもー。
私は自分の椅子に座ると踏ん反り返った。
「あ、似合う似合う!」
「え? そう?」
「えぇそれはもう!」
「やー、それほどでもー」
「じゃ、私は手下として頑張ります!」
「おぉ、頑張りたまえ」
うんうん、いいことだ。
さすが梅ちゃんだな。どこぞの教授やどこぞの同期とはわけが違う。
私は満足して椅子に踏ん反り返りながらジュースでも飲むことにした。
「あ、佐々さん枝毛」
「ほんと?」
「サラサラだから枝毛なんてないと思ってたー」
「そんなことないわよ」
……おや。
なんか私なにもしてない気がするんだけど……。
「なんか、暇だなー」
「魔王なんてそんなもんですよ。なんせラスボスですもん、そりゃあ最後に大きな華がありますよ」
「やっぱり? よっしゃよっしゃ」
それならまぁいいか……。
あまりに暇だし本来の研究テーマでも進めとこ……。
「そういえば佐々さんってばたまに違う香水使ってますよね?」
「わかる?」
「はいっ、いつものはバニラ系でたまにシトラス系ですよね」
「うん、シトラス系のはあまり似合わないからたまにつけてるだけだけど……」
「今日はバニラですねー……」
シトラスが似合わんのは当然だ。
私が使ってるんだからね。
辻井ごときに扱える代物ではないわ。
……しかし暇だのう。
なぜだ、こんなはずじゃなかったのに。
いや、でもこれが順調なんだよね。
特に変な部分はない……はず。
よし、最後の華に賭けよう。
「それじゃ、タケさんお疲れ様でした♪」
「あ、うん、お疲れ様梅ちゃん」
あれ?
「お前もさっさと帰れよ」
「あ、はい。教授お疲れさんです」
おやや?
どういうことだ。
もう9時だよ。
この後、部屋に帰ってまたレポートをって……。
これじゃレポートが書けないよね?
「どうしてこうなった」
「何がよ」
辻井も帰る準備をしている。
手には鞄、右手でパソコンをシャットダウンしている。
「……あれれ?」
「だから、何を一人でブツブツ言っているのよ」
いや、だって。
「ラスボスっぽいことを何もせずに一日が終わろうとしてるんだけど……」
「偉そうに踏ん反り返ってたじゃない」
「あ、うん、それはそうなんだけど……」
「良かったわね、実験成功よ」
実験成功……。
だったらいいのか?
いや、よくはないはずだ。
ちゃんと考えてみよう、何がおかしかったのか……。
辻井とイチャイチャしている梅ちゃんが頭に浮かぶ。
その時辻井は嫌じゃないと言っていた。
つまり、辻井はあれがまんざらでもなかったということだ。
っていうかそもそも辻井の態度が……。
あれ、なんで辻井のことしか思い出せないんだろ。
よくわからなくなってきたけどまぁあれだ。
なんか、辻井が悪い気がしてきた。
「やい、辻井」
「なによジャイアン」
誰がジャイアンだ。
「そもそも主人公が魔王の手下を邪魔にしてないってどういうことだ」
「おかげさまで作業能率は悪かったわよ」
あ、そうなの?
じゃあいいのか……。
ん?いやよくない。
そもそもおかしいことがある。
「作業能率とか一切関係なくて最終的に主人公がラスボスを倒しにこなかったらラスボスがラスボスにならないじゃないか!」
「……今更」
知っててやってたのか!
おのれ、やはり貴様は私の敵だ!
「ラスボスっていうからには最後に倒しに行かないとね」
「うん?」
「私、これから帰るんだけど……」
ほぅ、私を放っておいて帰る、だと?
「私を倒してから行け!」
「……いいの?」
む、なんだその不敵な笑みは。
「今あなたを倒しちゃうと実験失敗だと思うけど?」
「なんで?」
「ちょっとは自分で考えなさいよ」
ニヤニヤと笑うと、辻井はどうぞ考えてと言って机に腰を預けた。
腕組みまでしてイヤラシイヤツだ……。
さて、なぜここで倒されたら実験失敗なのか……。
ラスボスが成立しない条件を考えてみよう。
1、主人公が倒しに来ない(今現在その状況)。
2、主人公の邪魔にならない(これはその気を出せばやれる)。
3、倒されるのが最後じゃない。
これか。3番だな。
っていうか最後っていつだ。
……よし、今日の終わりにしよう。
今日の終わりといえば……。
「よし、辻井、泊めて」
「え」
辻井はこの答えが予想外だったのか、笑うのをやめて目を丸くしている。
「結論として今日の終わり、つまり23時より後に倒されることにした」
「あ……そういうこと」
納得したのか、少し頷いて、でも首をかしげた。
「私の部屋に泊るの、嫌だったんじゃないの?」
寝なければいいのだ!
今日はお酒も飲まず、実はちょっぴり研究室の端っこで仮眠をとった。
これなら徹夜できるぐらいの体力はあるはず。
「今夜は寝ないから!」
「寝かさない、じゃなくて?」
「……辻井は寝かすけど?」
「何する気なのよあなたって人は」
何するって……あ、暇つぶしがないと徹夜厳しいか。
こいつの部屋なんて何もなさそうだし……。
暇つぶしとってきて泊り込みに行くか。
よし、そうしよう。
私の部屋に連れ込むのもいいけど変なもん触られたくないしね。
「よし、辻井。帰ろう!」
「……本気で?」
「え、ダメ?」
まさか昨日泊っていいって言っておいて今日はダメなのか。
昨日から今日にかけて一体ヤツの部屋に何の変化があったというんだ……!
「い、いいけど……」
なぜ言いよどむ。
さては今こいつの部屋には何か私に見られてはマズいものがある、ということだな。
……ベッドの下とかにエロ本でもあるんだろうか。
ちょっと見てみたい。
「布団が……一式しかなくて……」
「大丈夫、寝ないから」
「それならいいのかしら……? だから寝ないで何する気なの?」
それに寒くなったら布団も奪うし平気。
DSとか持ってこうかな。
辻井と遊ぼうにも辻井には無事私を倒したら寝てもらわねばなるまい。
私の安全のために。
「よし! RPGGのため! 行くぞ辻井ー!」
「……まぁ、いいか」
私たちは研究室を出て、帰ることにした。
全てはRPGGのため。
辻井に倒されに行くのだ!
-secret stage-
この子の頭の中が私にはさっぱりわからない。
あれほどうまく扱える梅ちゃんをうらやましくさえ思ってしまう。
「あ、一度自分の部屋帰っていい?」
「いいけど」
「荷物とってきたいんだよね。徹夜だし」
だからなんで徹夜なの。
普通に実験終わったら寝ればいいじゃない。
「暇つぶし程度にトランプぐらいならあるけど?」
「それじゃ辻井が寝ないじゃんか」
「構わないけど? あなたが寝ないなら、私も寝るわけにはいかないわよ」
どんなにバカな子でも客は客だし。
「いや、辻井には寝てもらわないと困る」
「……私が寝てる間に変なことでもする気?」
「あ、それいいな」
いいなじゃなくて。
余計なこと言わなかったら何もされなかったのかしら……。
「でも寝顔の写メはもうあるしなぁ」
……え? なんで?
タケはパカリと携帯を開けると、データフォルダを見せつけてきた。
そこには確かに私の寝顔。
「嘘っ、いつ!?」
「研究室で仮眠取ろうとしたら辻井が寝てたし当然のように撮った」
なんで当然のように……?
「消しなさい」
「ヤダ、いつかこれを弱みにして辻井を私の配下に置くのだ」
「そこまでの弱みにならないでしょう、それ」
理由はどうあれ、タケが私の寝顔を見ていたという事実だけで顔が赤くなる。
……私も、こんどタケが寝てたら写真撮ろうかな……。
いっそ今日頑張って寝かしつけてもいいかもしれない。
頑張ってみようか、梅ちゃんみたいにうまくできるかはわからないけど。




