第11話 探偵と泥棒
そういえば、もう12月だ。
直に来るクリスマスが終わって正月が終わればもうすぐ卒業。
「……寒いなぁ」
吐く息も白くなって非常に寒い。
そして、辻井も寒い。
「君はもっと厚着できないのかね」
「必要以上にモコモコしてたらみっともないでしょう」
なんだとー。
辻井を見てると寒々しいんだよ!
それぐらいわかってよ!
「ショートカットのくせにマフラーも付けてないあなたのほうが寒そうだけど?」
う。
それはわかってるんだけど……。
「マフラーないの?」
「捨てた」
「捨てた?」
……あれは去年のことだった。
家に帰り、マフラーを適当に脱ぎ棄てた私。
春に母ちゃんがやってきて、片づけをしてくれていたとき。
なんか、汚い布切れあるし、捨てとくで——。
なぜか訛り全開で聞かれたセリフに、うんと答えてしまったのだ。
「あぁ、確かにあなたが去年していたマフラーは非常に汚かったわね」
「買い換えるお金がなかったんだ!」
「今年は?」
「今年もそんなものはない!」
毎日食べるだけで精いっぱいだ!
「あの無駄にあるゲームを売れば少しはお金になるんじゃない?」
「いやだー!」
あれはお宝の山なのだ!
そう易々と手放せるもんじゃないんだよ!
「じゃあ、今年は耐えるのね」
「のーう! 寒ーい!」
悲鳴を上げながら学び舎へ向かう。
頭に積もった雪を払いのけて研究室に入ると、まだ冷え冷えとしていた。
今日はまだ誰も来ていないみたいで、部屋も薄暗い。
「うー、暖房暖房……」
電気を点けるより先に暖房へ向かう。
家と違って暖房が使えるっていいなぁ。
最近は節約のために家ではもっぱら布団でぬくぬくすることで我慢している。
「部屋が暖まるまで時間がかかるわね」
辻井はそう言うと、ポットへ向かった。
「ココア!」
「はいはい」
薄暗い中で小さな水音と暖房が燻る音。
静かだ。
あの日以来、辻井が私をなんだか色っぽい方向でからかうことは無くなった。
安心したけど、結局あれはなんだったのか。
相変わらずの無愛想ではあるけれど、なんだか前より元気というか張り合いがなくなったような気もする。
「はい、ココア」
「おーう」
あったけー。
冬はやっぱこれだね、うん。
暖房の前で三角座りしながらココアを両手で持つ。
じんわりと暖かくなってきた。
「……教授、今日遅いって」
辻井が携帯をいじりつつそう言ってきた。
もしかして。
本当にもしかしてだけど。
辻井は教授と上手くいったんじゃないだろうか。
だから、落ち着いたのかな、とか思う。
憶測だけど。
「何?」
「いや、別に」
じっと見ていたら気になったらしい。
携帯から目線を外して見返してきた。
「……辻井のバーカ」
「何よ急に」
ほら、これ以上何も言ってこない。
前は一つ言えば、十にして返してきたのに。
今日も元気にRPGGに精を出そうかと思ったけど、イマイチその気になれない。
ゲームをする気にもなれないなぁ。
「辻井」
「何?」
「今日って暇ー?」
「研究生に暇はないわよ」
確かに。
年を越えれば研究発表も控えている。
「それに今日は用事もできたし」
「あるんじゃなくて出来たのか」
「さっきね」
……教授とメールしてたし、やっぱりそうなのか。
「辻井」
「今度は何?」
おめでとう、と言おうとして喉が詰まる。
「……今度はだんまり?」
何か言いたい。
でも言えない。
……これって、なんだろう。
おめでとうを言うために、口は”お”の形をしているのに。
もうそこまで出かかっているのに。
「お」
「お?」
「おバカ」
……。
よりにもよって、出たのはそんな言葉だった。
「頭おかしいんじゃない?」
「奇遇だな。私も少しそう思った」
「?」
私はどれだけ意地っ張りなのか。
よりにもよって天才であるこの私が自己嫌悪で頭を抱えることになろうとは……。
「タケ、ゲームをしない?」
「はい?」
突然何を言い出すのか。
いや、でもこれはまさに辻井にゆとりがある証拠!
大人になって……ほろり。
「もうすぐクリスマスでしょう? それに向けて、一つRPGGのネタを提供するわ」
「……感動した!」
「日本語で返して」
感動したぞ辻井!
ついに自分でRPGGの研究を始めるとは!
わかっていた、わかっていたとも。
例え恋愛感情無くとも、君が私を心の底から研究者として天才として崇め称え尊敬していたことぐらい、わかっていたとも!
くっ、師匠冥利に尽きるってやつかこれがぁ!
「簡単な推理ゲームよ」
「ほほぅ、平成の金田一と言われた私に推理ゲームだなんて余裕だな辻井!」
「あなたには一体いくつ通り名があるのよ」
高笑いする私を無視し、窓際で振り向いた辻井。
不覚にも本当に綺麗なヤツだなと思ってしまった。
「私は今日からクリスマスまで、少し忙しくなるわ。その間に考えて」
「はぁ、何を?」
「私が、好きなものはなんでしょう?」
不覚にも、本当に不覚にも、またも綺麗だなと思ってしまった。
白い背景に映えるのだ、こいつは。
「……ヒント」
「なしよ」
「えー」
いくら天才の私の脳をもってしてもなかなかに難しい問題だな。
辻井の好きなものねぇ。
「オーディエンスは?」
「いいわよ、別に。私からのヒントは確かに無いけど、好きな方法で確かめてくれていいわ」
ふむ。そう思うと簡単か?
いや、そもそも辻井に詳しい人間を私はあまり知らない。
教授、梅ちゃん、松ちゃん。
それぐらいだろうか。
でもこの忙しい時期に松ちゃんに電話する勇気なんぞ私にはない。
「クリスマスイブに飲み会をやるでしょう? そのときにそれを私にプレゼントして頂戴」
「えー、なんで辻井にプレゼントなんか……」
「もし正解だったら、私からも素敵なプレゼントをあげるわ」
クスクスと笑う辻井。
む、それなら悪くもないかな……?
素敵なプレゼントってなんだろう。
「むぅ……」
「せいぜい頑張りなさい」
笑って辻井は研究室を出て行った。
……推理、ねぇ。
食べ物ではないだろうし、なんだ、DVD?
それにしたって辻井が好きな映画は恋愛物ってことしかわからないし……。
「げ、タケさん」
おーう、マイエンジェルスイートハートプリンセス梅ちゃん!
名前の前に聞こえた「げ」というのは聞こえなかったことにしよう!
「梅ちゃんさ、辻井の好きなものって知ってる?」
「佐々さんの、ですか?」
そう言うと、真面目に考えはじめる梅ちゃん。
うむ、素直で良い子だ!
「……紅茶、でしょうか」
「うーん」
食べ物とか飲み物とか、そういう話じゃないような……。
あ、でもクリスマスイブまでに考えろって言ったよね?
ってことはクリスマスイブに辻井の好きなものを用意してプレゼントすればいいのか?
いやいや、なぜ私が辻井にプレゼントを用意しなければならんのか。
用意したっていいけど……金がなぁ。
そもそも自分のマフラーを買う金もないっていうのに……。
「梅ちゃん、お金のかからないもので」
「へ? 佐々さんにプレゼントでもするんですか?」
「流れでねぇ」
そう言うと、梅ちゃんはうむむと唸った。
唸っている姿も可愛いなぁ。
「……まぁ、普段バカなタケさんが佐々さんに迷惑をかけていることを考えると、確かにプレゼントするのは当然ですよね」
「あれ、なんか失礼なこと言われてる」
「そうですね、最近また何か怒られたこととかないんですか?」
「えー……」
なんだろ、ぶっちゃけ心当たりがありすぎる。
「今更佐々さんがタケさんにしてほしいことなんてないと思いますけどね」
今更とはなんだ、今更とは。
ふむ、でもわざわざこの私に勝負をふっかけてきたということは、だ。
私にでも用意できる何かってことか。
ふふん、冴えている、冴えているぞ、私!
「さすが私だな」
「どういう話の流れでそういう結果が出たんですか」
私に用意できる何か、か。
……まさか、私の部屋のお宝を狙っているのか……?
辻井もついにゲームに目覚めたのだな!
「いやー、前から辻井はゲームが好きなんじゃないかと思っていたが、やはりそうだったか!」
「タケさんの頭って沸いてるんですか?」
「アイデアが沸いているのだ!」
「頭沸いてるの意味知ってますか?」
頭から溢れるほどの才能が出ている、という意味だ!
勉強したまえよ、梅ちゃん!
じゃないと私のようにはなれないぞ!
「そうと決まれば善は急げ、だな!」
「あれ、帰るんですか?」
「うむ、辻井のために良いゲームを選んでやらねばな!」
「はぁ」
あれもこれも名作だからな。
うん、どれにしようかな!
-secret stage-
マフラー、かぁ。
一通りのことは器用にやってきたけれど、編み物はさすがに初めてだ。
今からで間に合うものなのかしら。
大急ぎで研究室を出てきたはいいけど、道具も何もないし……。
「とりあえずは本屋ね」
マニュアルさえあればなんとかなるかしら。
それにしても適当な問題を吹っかけてきたけれどタケはどうするのかしら。
答えのない問題、まさに研究生に相応しい……なんてタケみたいな考えね。
「ほんとうになんでもいいもの、ね」
ただクリスマスに二人きりになる口実が欲しかっただけ。
二人きりの勝負だなんだと言い訳をすればいくらでも飲み会を抜け出せる。
もしくは飲み会の前でも後でもアリだ。
ズルいことはしたくない、のにタケに関することだとどんな手でも使ってしまう。
「しばらくは大人しくしていたつもりだったのにな……」
賭けに負けたのだから、敗者らしく大人しくしていたのに。
どうしても我慢できなくなるときがある。
無性に構いたくなってしょうがない。
いや、どれもこれもタケが悪い。
私が大人しくしているっていうのに無防備に隣に近寄ってくるんだから。
……本当に脈はないのかしらって期待してもしょうがないじゃない。
「クリスマスイブが正念場、かしら」
数年待ったのだから、そろそろ楽になりたい。
泣いても笑ってもこれで最後、だといいな。




