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第7話:カロリーメイドの衝撃と、哀れな竜騎士

「……くっ、これは、なんだ……。酷く不格好な泥の塊のようだが、口に含むと、奇妙な甘みと濃厚な風味が広がる……。それに、腹の底からじわじわと力が湧いてくるようだ……!」


男の人は、私が差し出したカロリーメイド(チョコ味)を、まるで国宝でも扱うかのような手つきで恐る恐る齧り、大真面目な顔で戦慄していた。


いや、ただのバランス栄養食だからね?

泥の塊って失礼な。それ、日本の受験生とか忙しい社会人の味方だから。


「美味しいならよかった。喉詰まらせないように、ポッカリもちゃんと飲んでね」


「ぽ、ぽっかり……? この、淡く濁った神聖な智慧の水のことか。これを一口飲むたびに、乾ききっていた細胞が歓喜の声を上げる。……貴女は、もしや本当に神の遣いか何かなのか……?」


群青色の瞳をキラキラと輝かせ、男の人はベッドの横の床にペタンと座り込んだまま、私を拝むように見上げてくる。

怪我がひどいからって理由で、とりあえず結界内のベランダ(洗濯物干しスペース)的な場所に寝かせようと思ったんだけど、ハクが「外は俺の縄張りだ」と言わんばかりにガルルと威嚇したため、結局、私の部屋のドアマットの上に座らせる羽目になったのだ。


おかげで、私の十畳の部屋が一気に狭く感じる。

何しろ、この行き倒れイケメン、座っていても分かるくらいガタイが良い。引き締まった広い肩幅に、すらりと長い手足。泥と血を拭ったその顔は、学園のアイドルだった瑞希をエスコートしていた、あの金髪のクソ王子なんて足元にも及ばないほどの超絶イケメンだった。


少女漫画なら、ここでド直球の恋に落ちるシチュエーションなんだろうけど。

現実の女子高生(私)の感想としては、これである。


(うわぁ……本物のイケメンだ。でも、服が泥だらけだから部屋が汚れちゃうなぁ……)


我ながら、異世界にきてからどんどん現実的というか、ドライになってきている気がする。


『ガルルル……(主、俺の肉はまだか)』


そんな私の足元で、ハクが「人間ばかりズルい」と不満げに私のふくらはぎに頭を擦りつけてきた。

私は「はいはい、分かったから」と、ハクの口元に昨日のお残りの牛バラ肉を放り込む。ハクはそれを一瞬でバクッと吸い込み、ふんす、と満足げに鼻を鳴らした。


それを見た男の人が、持っていたカロリーメイトを床に落としそうになるほど硬直した。


「し、神獣……!? 伝説の、終焉の銀狼か……っ!? なぜ、そんな神話の怪物が、子犬のように懐いているんだ……」


「あ、この子はハク。昨日、ポテチの粉で釣ったら私の番犬になってくれたの」


「ぽてちのこな……?」


男の人は完全にキャパオーバーを起こしたようで、綺麗な顔をこれ以上ないほど歪めて混乱していた。

そりゃそうだよね。異世界の常識なんて、日本のネットスーパーの前には無力なのだ。


「……あー、そういえば、まだ名前聞いてなかった。あなた、誰なの? なんでそんなボロボロで森にいたの?」


私がそう問いかけると、男の人はハッとしたように表情を引き締め、床に膝をついたまま、私の前に深く頭を垂れた。


「申し遅れました。私は、この国――グランフィールド王国の竜騎士団長を務めておりました、レイナード・フォン・アスガルドと申します。……いえ、今はただの、国を追われた裏切り者ですが」


「え、竜騎士団長?」


なんか、思っていた以上に凄い肩書きが出てきた。

でも、グランフィールド王国って……私をゴミみたいに追放した、あのクソ王子の国じゃん。


「裏切り者って、どういうこと?」


私の言葉に、レイナード――レイさんは、苦渋に満ちた表情で拳をぎゅっと握りしめた。


「私は……王太子セオドア殿下の、ある『計画』に反対したのです。殿下は、新たに召喚されたという『聖女』の力を誇示するため、わざと隣国との戦争を引き起こそうと画策されていました。私はそれを狂気の沙汰だと止めようとしたのですが……結果、身に覚えのない反逆罪を擦り付けられ、騎士団の仲間たちに裏切られて、この森へと追い詰められたのです」


静かに語られる言葉の裏に、どれほどの絶望と、裏切りの痛みが隠されているのか。

それは、私にも痛いほどよく分かった。


お前は不要だ、と。

自分の都合だけで、今まで尽くしてきた場所から、信じていた人間から、容赦なく切り捨てられるあの感覚。

暗闇の森に一人で放り出された時の、あの凍りつくような孤独。


「……そっか。やっぱり、あの金髪クソ野郎の仕業なんだ」


ポツリと私が呟くと、レイさんは驚いたように顔を上げた。


「ク、クソ野郎……? 貴女も、もしや殿下を?」


「うん。私、その新しく召喚された聖女様とやらに『巻き込まれただけのおまけ』だからって、魔力ゼロの役立たず扱いで一昨日ここに捨てられたんだよね」


「な……っ!? 聖女召喚の、巻き込まれ……!?」


レイさんは絶句した。そして、私の部屋――エアコンが効き、電気が灯り、神聖な回復アイテム(キズパワーパッドとポカリ)が溢れ、伝説の神獣がのんびりと寝そべっているこの『聖域』を見回し、最後に私を見た。


「あの愚王太子は……これほどの奇跡を操る、真の聖女たる貴女を、穀潰しと呼んで捨てたというのか……!?」


「いや、私はただの引きこもり女子高生だってば」


私が何度否定しても、レイさんの群青色の瞳には、すでに狂信的なまでの崇拝の光が灯っていた。

彼は再び深く頭を下げ、今度は私の足元にその手を添えた。


「アデライド様……いえ、栞奈様。私を、貴女の騎士としてここに置いてはいただけないでしょうか。この命、一度は捨てたもの。これからは貴女の盾となり、その聖域を侵す全ての敵を討ち払う剣となることを誓います」


「え、いや、私の騎士って言われても……。ここ、私の部屋だから、男の人がずっといるのはちょっと困るっていうか……」


リアルな女子高生としての意見を言ったのだけれど、レイさんの耳には届いていないようだった。

それどころか、隣で聞いていたハクが「俺のポジションを奪う気か!」とばかりに、レイさんに向けてガルルルと激しい火花を散らし始めている。


「……あー、もう、分かったから! とりあえず、怪我が完全に治るまではここにいていいから、二人とも喧嘩しないで!」


私の怒声に、最強の神獣と最強の竜騎士が、同時にピクッと肩を揺らして静まり返る。


理不尽にすべてを奪われ、捨てられた最凶の森。

一人で静かにポテチを食べるはずだった私のマイルームは、どうやらどんどん、あの国に対する『最強の反逆砦』へと変貌を遂げつつあるようだった。

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