第3話:異世界のゴミ出し問題と、ジャンクフードの虜になる銀狼
異世界に不法投棄されてから、早くも三日が経過した。
現在の私の状況を端的に説明しよう。
「あははっ! なにこれ、この切り抜き動画おもしろすぎでしょ……っ」
ふかふかのベッドの上でゴロゴロと寝転がりながら、スマホで推しの配信者の動画を眺める。
左手にはキンキンに冷えたコーラ。右手には開封したばかりのポテトチップス(今日はコンソメパンチ味)。
エアコンの効いた快適な室内は、外界の過酷さなど微塵も感じさせない。窓のすぐ外では、時折見たこともない巨大な鳥や、三つ目の猿みたいな魔獣がウロウロしているけれど、最強の絶対防御バリアのおかげで完全に「サファリパークのガラス越し」状態だった。
「いやー、控えめに言って天国だな、ここ」
コーラを喉に流し込み、炭酸の刺激にぷはぁと息を吐く。
あの傲慢な王太子や、ぶりっ子同級生の瑞希は、今頃どうしているだろうか。
聖女様としてチヤホヤされているのか、それとも魔王軍とやらと血みどろの戦いを繰り広げているのか。まあ、どうでもいい。私はここで一生、ネットスーパーの唐揚げ弁当と動画配信のお世話になって生きていくと決めたのだ。
ただ、そんな極楽引きこもりライフにも、一つだけ現実的な問題が発生していた。
「……そろそろ、ゴミ捨てないとヤバいよね」
部屋の隅に置かれた小さなゴミ箱に目をやる。
三日分のコンビニ弁当の空き容器、お菓子の袋、ペットボトル。限界まで詰め込まれたプラスチックゴミたちが、今にも溢れ出しそうになっていた。夏場ではないとはいえ、このまま放置すれば衛生的に大問題だ。
当然だが、この異世界の『還らずの森』に、週二回の燃えるゴミ回収車なんて来てくれない。
「仕方ない。ちょっと申し訳ないけど、外にポイ捨てさせてもらおう。異世界の自然よ、許して」
私は満杯になったゴミ袋の口をきつく縛り、そぉっと玄関(?)のドアノブに手をかけた。
ドアスコープから外を覗き、近くに魔獣の気配がないことを入念に確認する。よし、今ならいける。
ガチャリ、と鍵を開け、ドアをほんの数センチだけ開いた。
隙間から、鬱蒼とした森の湿った空気と、むせ返るような土の匂いが流れ込んでくる。私は素早く腕だけを外に出し、ポイッとゴミ袋をバリアの外へと放り投げた。
「任務完了!」
光の速さでドアを閉め、鍵を二重にかける。
これでよし。部屋の平和は保たれた。私は満足げに手を払い、再びベッドという名の聖域へとダイブした。
異変が起きたのは、それから数時間後のことだった。
カサッ、カサカサカサッ。
クンクン、ペチャピチャ。
「……ん?」
読みかけの少女漫画から顔を上げる。
窓の外から、何やら奇妙な音が聞こえてきた。魔獣の恐ろしい唸り声や、木々をへし折るような足音ではない。何かを必死に嗅ぎ回り、舐め回しているような……そんな音だ。
そっとカーテンの隙間から外を覗き込んだ私は、思わず息を呑んだ。
「……わぁ」
そこにいたのは、今まで見たどんな魔獣とも違う、息を呑むほど美しい生き物だった。
体長は二メートル近くあるだろうか。狼のようなしなやかなフォルムに、月明かりを固めたような銀色の毛並み。額には鋭く透き通った一本の角が生えており、周囲の空気がそこだけ澄み切っているように感じるほど、神々しいオーラを放っている。
ゲームやファンタジー小説の知識が正しければ、あれは間違いなく『神獣』や『聖獣』と呼ばれる類の、超高位の存在だ。
そんな、いかにも伝説に語り継がれていそうな銀狼が。
現在進行形で。
「……私の捨てた唐揚げ弁当の容器、めっちゃ舐めてるんですけど」
クゥーン、クンクンッ。
ペロペロペロペロペロッ!!
銀狼は、プラスチックの底にわずかに残った甘辛い醤油ダレと、唐揚げの衣の欠片を、血眼になって舐め回していた。
その目は「なんだこの神の食べ物は!?」と言わんばかりに見開かれ、銀色の立派な尻尾が、犬もかくやという勢いでちぎれんばかりにブンブンと振られている。
さらに銀狼は、隣に落ちていたポテトチップスの空き袋に鼻先を突っ込み、内側についたコンソメパンチの粉末を吸い込んだ。
「ああっ……!」
銀狼は天を仰ぎ、ブルブルと打ち震えた。
化学調味料と大量の塩分。野生の森で生きてきた彼らにとって、それはあまりにも刺激的すぎたらしい。合法なハッパでもキメたのかというくらい、恍惚とした表情を浮かべている。
威厳もクソもない。ただのジャンクフードの虜である。
やがて、隅から隅までゴミ袋の中身を舐め尽くした銀狼は、ハッとしたように顔を上げ、一直線に私の部屋の窓――つまり、私のことを見つめた。
「ひっ」
見つかった。
いくらバリアがあるとはいえ、相手は伝説クラスの神獣だ。もしかしたら、この絶対防御を破るようなチート級の魔法を使ってくるかも……。
身構えた私に対し、銀狼は窓のすぐ外、バリアの境界線までツツツーッと歩いてくると。
『……キュゥゥーン』
ちょこん、とお座りをした。
そして、上目遣いで私を見つめ、前足でカリカリとバリアを引っ掻くような仕草をしたのだ。
「えっと……おかわり、が欲しいの?」
窓越しに恐る恐る問いかけると、銀狼は「ワフッ!」と嬉しそうに短く吠え、ちぎれんばかりに尻尾を振った。
嘘でしょ。
国の重鎮たちが血眼になって探し求め、軍隊を率いても従わせることができないと言われる伝説の神獣が。
たった一個の『唐揚げ弁当の残り汁』と『ポテチの粉』で、完全に手懐けられてしまった瞬間だった。




