第10話:異世界の石ころと、はみ出し者たちのチームワーク
スマホの画面に表示された電子マネーの残高は『840円』。
いよいよ笑えない数字になってきた。いくら家賃と光熱費がタダの異世界マイルームとはいえ、水と食料が尽きれば私は普通に干からびる。
「……よし、稼ごう」
私はベッドの上で居住まいを正し、ベランダのテント(レイさんの城)と、外のドアマット(ハクの定位置)に向かってパンパンと手を叩いた。
「ハク、レイさん! ちょっと集まって!」
結界の内と外から、銀狼とスウェット姿のイケメンが顔を出す。
私はスマホのフリマアプリを開きながら告げた。
「新規事業やります。この森から“なんか綺麗で、危なくなくて、珍しいもの”を拾ってきて。私が売る」
「売る……この森の素材を、ですか?」
レイさんが首を傾げる。
ハクは短く吠えて森へ消えた。
数十分後。
戻ってきた成果物を見て、私は頭を抱えた。
「レイさん、これ何?」
「地竜の牙と暗殺蜘蛛の脚です。王都なら一級品かと」
「却下。通報案件だから」
シュンとする元竜騎士団長。
その横で、ハクがドヤ顔で石を転がしていた。
淡く青く光る、小さな多孔質の石。
触れると驚くほど軽い。
試しに泥水に入れると、みるみる透明になっていく。
(……これ、浄水材みたいな構造か)
「よし、これでいこう」
フリマアプリに出品する。
『天然多孔質鉱石・アクアリウム用水質浄化フィルター(未研磨)』
価格は3,500円。
魔法の石とは書かない。ただの“珍しい天然素材”。
投稿ボタンを押す。
その瞬間だった。
ハクが一度だけ耳を動かした。
『……今、外が少しだけ揺れた気がする』
念話が、いつもより微妙に重かった。
レイさんも同時に目を細める。
「今のは……魔力の流れではないですね。ですが、これはただの取引ではない」
私は気にせずスマホを置いた。
「まぁ、とりあえず売れたら勝ちでしょ」
ハクは納得していない顔のまま、石を見つめていた。
数十分後。
通知音が鳴る。
『【希少】天然多孔質鉱石が購入されました!』
「売れた……!」
思わず声が出る。
送料と手数料を引いても利益は約3千円。
大金じゃない。それでも、自分たちの行動が誰かの生活に届いた感覚があった。
「レイさん、ハク!今日はちょっと贅沢しよう」
「おお……!」
『ワォォォン!!』
その夜。
私は売上金をチャージして、弁当と鶏肉を買った。
まだ少し余る。
ネットスーパーの書籍欄を開く。
迷わず一冊の文庫を選ぶ。
論理的な謎解きの詰まったミステリ。
こういうのを読む時間が、今の生活では一番落ち着く。
その時だった。
ハクがまた一度だけ、森の方に目を向ける。
何かを確かめるように、短く息を吐く。
「……さっきの揺れ、気のせいじゃないな」
レイさんがぽつりと呟いた。
だが私は気づかないふりをした。
今はまだ、知らなくていい気がしたからだ。
少しずつ、自分たちの力で生活を作っていく。
理不尽に捨てられた最凶の森での日々は、確かな手応えと共に、少しずつ色を変え始めていた。
そしてその裏側で、まだ誰も気づいていない外側の理屈が、静かに接続されつつあった。




