外伝第一話「ドリフトキングの生まれ変わり」
「〜」
鼻歌を歌いながら右手でステアリングを握り、左手をシフトノブに置きっぱなし、世に言う“ワンハンドステア”で峠の登りをドライブする総一郎。
カフェの定休日、やる事がなければ愛車のシビックタイプRに乗ってドライブするのが、彼の日課だ。
そんな彼のタイプRの後ろに迫る、一台の車があった。
「?」
バックミラー越しに後ろから猛スピードで迫る車を確認した総一郎はアクセルを抜くとハザードランプを点滅させた。総一郎にとっては気分転換のドライブ。自分のペースで峠を走りたい総一郎にとって、峠を攻める車は譲る対象だった。
だがあろう事か、猛スピードで接近して来た車は総一郎の車に接触する寸前でブレーキを掛けると総一郎を煽り始めた。
(S15 シルビア....なんの真似だ?)
総一郎のタイプRを煽るシルビア。総一郎はもう一度ハザードランプを点滅させたのちアウトに車を寄せた。だがシルビアは総一郎のタイプRに合わせる様にアウトに寄せた。
「・・・」
総一郎はハザードランプを消したのちイン側に車を寄せた。するとシルビアも同じ様にイン側に寄せるとヘッドライトを点滅させ、総一郎を煽った。
シルビアのドライバーは不気味な笑みを浮かべながら助手席にいる男に話しかけた。
「中々食い付かないね〜」
「バトルを避けてるのかな?どうする?」
「このままこのまま〜ウッシッシッシッシッ」
不気味な笑いを出すシルビアのドライバー。ヘッドライトを点滅させながらクラクションを鳴らし、只管に煽った。
煽りに煽られた総一郎は流石に軽くキレた。
コーナーから立ち上がった瞬間、シフトレバーを操作し、ギアを入れ替えるとアクセルを踏み込みタイプRを加速させた。
(どれほどのものか、お手並み拝見)
そう思った総一郎はシルビアのバトルに受けてたった。
シルビアのドライバーもさっきと同じ不気味な笑いを出すとアクセルを踏み込み総一郎のタイプRを追った。
コーナー手前でブレーキを踏み込み、最低限のステアリング操作と荷重移動でコーナーをクリアして行く総一郎。
そんな総一郎について行くシルビアのドライバーは再び不気味な笑いを挙げた。
「ついていけちゃう。やっぱり僕って上手かったんだね」
「これなら今度のレースも問題なさそうだね」
「シッシッシッ。馬力チューンは、やっぱりこうでなくちゃ」
余裕の笑みを浮かべながら総一郎について行くシルビアのドライバー。
総一郎もまた、微かに笑みを浮かべた。
(NAでありながら370馬力は出てるな。グループオミクロン仕様か?。だが足回りがな....セッティングも無茶苦茶だな)
【“グループオミクロン”
日本全国15ヶ所のサーキット場で開催されるツーリングカーレース行事。
・馬力チューン200以上400未満
・1990年代から2020年代に製造・販売されていた車と同じ車名・デザインの車
などの条件を満たした車であれば誰でも参加出来る。
元々は日本復興の象徴と世界への復興支援の為に始まったレース行事だが、今やプロ契約を結んでグループオミクロンを走るドライバーも居る程のビックでメジャーなイベントとなっている。
余談だがこのグループオミクロンがきっかけで1990年代から2020年代に製造・販売されていた車に再度注目が集まり今現在殆どの会社が新車開発よりも1990年代から2020年代に製造・販売されていた車のリメイク及び再販に力を入れている。】
半分呆れながらシルビアに付き合う総一郎。
コーナー3つ抜けた総一郎は溜息を吐くとハザードランプを点滅させたのち展望台の駐車場エリアに車を入れた。
「あれ?リタイアかな?」
「やっぱり引退した身じゃあ、僕には叶わないんだろうね。シッシッシッ」
※
運転席のドアに寄り掛かり、咥えた煙草に火をつけた総一郎は誰も居ない展望台の駐車場で1人で風に打たれていた。
長閑な風と景色を前に普段以上に煙草を味わう総一郎。だがそのムードは1発のクラクションによってぶち壊された。
「・・・」
咥えていた煙草を指で挟み、口から離したのち静かに煙を吐いた総一郎は自分の目の前に駐車したシルビアを軽く睨み付けた。
エンジンの止まったシルビアからポッチャリ気味の男とやや痩せ気味の眼鏡男が降りて来ると総一郎は再び煙草を咥えた。
「ヤァ、さっきは突然ごめんね。それっぽい車を見かけたんで、ついね」
「でもやっぱりあのタイプR乗ってたの渕上総一郎だったんだ」
「煽ってバトルした甲斐があったね。シッシッシッ」
総一郎は眉をピクリと動かしたのち煙草を咥えたまま静かに煙を吐いた。
「僕達、東京から来たんだ。こっちの方で行われるグループオミクロンに出場する為にね」
「・・・笑わせんな」
「んん?」
煙草を指で摘み、口から離したのち、煙を吐いた総一郎は運転していたポッチャリ気味の男にギロっと鋭い視線を向けた。
「馬力があれば勝てる程、グループオミクロンは甘くはない。第一、自分のテクにどれだけ自信があるんだが知らないが、煽りに煽って人のドライブを邪魔するのもどうかと思うがな」
「峠の走り屋なら、バトルは受けるのが当たり前だと思うけど?」
「俺は引退した身だ。それにそう言うのは夜にやるもんだろ。・・・NAでありながら390馬力まで絞り出す心臓部には感心するが、足回りがまるでなってない。セッティングもガバガバだ。サーキット舐めてると痛い目見るぞ」
「なにそれ?喧嘩売ってんの?」
「先に売ったのはそっちだろ」
「ほーう」
ポッチャリ気味の男は表情をワナワナとさせると2歩総一郎に近付いた。
「プロのレーサーチーム“チーム デミオ”の創設者で5年連続グループオミクロン全レース一位制覇の実績を持つ男が、どれだけのものかと期待してみたが、大した事なさそうだね」
「そうそう5年連続で17以上のツーリングカーレースで表彰台1位を独占したり、グリップ走行に勝るドリフトをするって話だけど、タイプRじゃね〜」
総一郎は呆れた表情で軽く溜息を吐くと煙草を咥えた。内心、総一郎はかなりイラついていた。
「あのさ。俺の事は良いから、もう行ってくれないかな?。こっちはバトルじゃなくてドライブで来てんだ」
「なに?」
「レースは明日だろ?。セッティングちゃんとしておかないと、間に合わないぞ」
「あっそ」
ポッチャリ気味の男は眼鏡の男と顔を合わせたのち頷き合うとシルビアに乗り込んだ。
総一郎は携帯灰皿に煙草の灰を落とすと再び煙草を咥えた。
するとシルビアの助手席に乗った男は車の窓を開けた。
「チームデミオも案外ちょろいかもね。だって創設者が“引退”を理由にバトルから逃げるんだもん」
「そうそう。一位は僕のものだね。シッシッシッ」
そう吐き捨てる様に言ったポッチャリ気味の男は車の窓を閉めたのち、車をバックさせて展望台の駐車場から出ていった。
だがそのシルビアは駐車場を出て少し進むとハザードランプを点滅させて停車した。
「・・・」
(待ち伏せバトルか。....どぉ〜すっかな)
総一郎は溜息を吐いたのち煙草を吸うと、煙草を指で摘んで、口から離したのち、煙を吐いた。
「・・・」
煙草を携帯灰皿に押し当てて火を消したのち吸い殻を入れた状態で携帯灰皿を閉めた総一郎は携帯灰皿を後ろポケットにしまうと数秒考えたのち車のドアを開けて乗り込んだ。
(チームの功績バカにしやがったしな〜。ハァ、しょうがねぇな)
そう思った総一郎は助手席のアタッシュポートから使い古したレーシンググローブを取り出すと両手にそれを嵌めた。
「ホンダの車でマツダのグローブを使うのは酷だが、今回は許してくれよ」
そう呟いた総一郎はエンジンを掛けるとバックで駐車スペースから出たのち数回空吹かしをするとステアリングを握り、左手をシフトノブに置くと車を走らせた。
※
「僕は絶対に許さないよ。NA390馬力のエンジンの力と、僕のドラテクを思い知らせてやる」
ポッチャリ気味の男はイライラしながらステアリングを握ると総一郎のタイプRが走り出すのを待った。
「あっ、来たみたいだよ」
「よぉうし」
ポッチャリ気味の男は総一郎のタイプRが走り出すとすぐにシルビアを走らせ、総一郎のタイプRの後ろに着いた。そしてクラクションを鳴らし、ライトを点滅させた。
それを見た総一郎はシフトレバーを操作してギアを入れ替えるとアクセルを踏み込んだ。
(さぁ着いて来い。口先だけの東京から来たシルビア乗り!)
内心キレ気味だった総一郎は心の中でシルビアを挑発すると峠の下り道を勢いよく降って行った。
(感情的になるなよ。ただ自分の走りをすれば良いだけだ)
そう自分に言い聞かせた総一郎は軽く目を見開くとブレーキペダルを思いっきり踏んだのちブレーキペダルをリリースするとアクセルを踏み込んだ。
それを見ていたポッチャリ気味の男は軽く目を細めた。
「引退したって聞いたけど、中々なるね」
「まぁね。でも余裕で着いていける。やっぱり僕って凄かったんだね。シッシッシッ」
ポッチャリ気味の男は余裕の笑みを浮かべながら総一郎のタイプRに食い付く。だが彼らには見えなかった。総一郎と彼のタイプRが醸し出す、凄まじいオーラに。
只管グリップ走行でコーナーを攻め、坂を降る総一郎のタイプR。それを見ていたポッチャリ気味の男は自分のシルビアを運転しててある違和感に気が付いた。
(あのタイプR、ブレーキペダルを踏む時間が僕より短くないか?。それに、僅かずつだが差が開いてる。....そんな訳ない。僕がタイプR擬きに、馬力の劣る車に遅れる訳!)
知らずの間に徐々にペースを崩すシルビアのポッチャリドライバー。
そんなことも知らず、総一郎はまるで現役時代と同じような顔付きで峠を攻めた。最低限のステアリング操作と荷重移動のみでコーナーを攻める総一郎。現役時代に培ったワンハンドステアは錆びてはおらず、寧ろタイプRに乗り換えてから磨きが掛かっていた。
(どうしたその程度か?。俺のチームを馬鹿にした勢いは何処へ行った。・・・しょうがねぇ、見せてやるか)
総一郎はアクセルを踏み込むとステアリングを強く握った。それを見たポッチャリドライバーは笑みを浮かべて笑った。
「バカめ。オーバースピードだ」
「焦っちゃったのかな?」
「やっぱり僕の勝ちだね。シッシッシッ」
次の瞬間、総一郎のタイプRはブレーキを掛けることなく、遠心力のみでタイヤを滑らせながらコーナーを抜けるとグッと車を180度ターンさせ、同じくタイヤを滑らせながら車体を横に向かせ、コーナーを抜け、立ち上がるとアクセル全開でストレートを攻めた。
「ァッ....」
「何、が....」
シルビアに乗る2人には理解出来なかった。
総一郎はコーナーを流して抜けたのだ。つまり前輪駆動車でドリフトしたのだ。しかもただのドリフトではなく慣性ドリフトだ。シルビアに乗る2人には到底理解出来ない現象だった。
“グリップ走行に勝るドリフトをする男”
“マツダが誇るドリフトキング”
“土屋圭市の生まれ変わり1人”
この異名を持つ男が繰り出した前代未聞の最強ドリフトを見たと言う事がどれだけ凄い事かを、シルビア乗りの彼らには到底理解出来なった。
タイプRが繰り出した慣性ドリフトで一気に差を開けられたシルビア。それでも彼らは“馬力で勝ってるから追いつける”と信じていた。
確かに総一郎のタイプRはターボで330馬力。シルビアはNAで390馬力。だが峠の下りでは大した差ではなかった。
結果、シルビア乗りがタイプRを見たのは慣性ドリフトが最後だった。
(僕のシルビアが....僕のチューンされたシルビアが、ノンチューン・デフォルトのタイプRなんかに〜!)
峠を下り終えたシルビア乗りの彼らは、底知れぬ敗北感に襲われた。
だが、暫く公道を走っていたシルビアのドライバーは徐々に自信を取り戻した。
(まぁ良いさ。明日のレースで結果を出せば良いのさ。僕のシルビアが、チームデミオなんかに負ける訳ない。一位は僕のものだ)
※
車庫に車を納めた総一郎は車から降りるとドアの鍵を閉めたのちその場にしゃがみ込むとタイヤを優しく撫でた。
(すまんな〜、無理をさせちまって....)
グリップ力が薄れ、ザラザラになったタイヤを優しく撫でながら車に語り掛けるようにそう思った総一郎は静かに立ち上がった。
(今のセッティングやチューンだと、下りの制動力が弱いな。もう少し弄るか)
総一郎はそう思いながら静かに車に背を向けた。
するとカフェの裏口から昭弘が車庫の壁に寄り掛かると胸ポケットから煙草を取り出したのち1本摘み出すとそれを口に咥えたのち煙草を胸ポケットに戻すとポケットからライターを取り出し、咥えた煙草に火を付けた。
「複雑そうな顔をしてるな」
「まぁな。折角のドライブを、東京から来たド素人ドライバーに潰されたからな」
昭弘は鼻で笑うと煙草を咥えながら煙を吐いた。
「でも久々に血が騒いだのは事実だ。そう言う意味では、感謝だな」
「ふん。そうか」
総一郎は車から離れると裏口のドアを開けて中に入った。そして歩いてカフェの厨房に立った総一郎はフゥーっと長い息を吐いた。
(あの車。15位以内に入る事は無いな。幾ら馬力があっても、馬力があるだけで勝てる程グループオミクロンは甘く無い。・・・バックミラーから見た感じ、一部箇所にチューニングや補強は施してある。だがセッティングはガバガバだし、ブレーキの制動力が弱い。それ以前にドライバーの腕がダメだ)
そう思った総一郎は再び息を吐くと冷蔵庫を開け、食材の在庫・賞味期限を確認し始めた。
※
翌日行われたグループオミクロンは、
チームデミオのRX-8が1位、同じくチームデミオのデミオが2位となった。
一方、東京から来たシルビア乗りは当初19位だったが同じS15 シルビア(こっちは“spec-R”モデル)にゴール直前のコーナーにおけるブレーキング勝負で並ばれ、立ち上がり加速で抜かれ最下位ゴールとなった。
「くっそ!なんで僕が!。同じS15 シルビアなんかに!。ターボモデルの欠陥品に!」
⬆️
この“東京から来たシルビア乗り”はターボ車が嫌いです(笑)




