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第三十五話「蝕まれた休日」

【9月29日 火曜日】


「大丈夫?相当嫌事あったみたいだけど」

「ぅえ?」


 煉瓦街ストリートの喫茶店でコーヒーを飲む渕上と姫浦。姫浦は渕上の顔色を見て心配して居た。


「そんなに、感じますかね?」

「うん。だって、この世の終わりみたいな顔してるもん」

「あっ、すいません。折角の楽しい時間なのに」


 渕上は無理に笑った。すると姫浦は前屈みになって手を伸ばすと渕上の右腕にそっと自分の手を翳した。


「別に無理に笑う必要はないよ。ただ、話して良いなら、話して欲しい。話して楽になるなら、話して欲しいな。どんな事でも、」

「・・・」


 渕上は迷った。実戦で起きた事を。姫浦と言うとても大切で綺麗な女性に、汚く歪んだ戦場の事を話して良いのかを。渕上は哀しげな表情を浮かべながら迷った。すると姫浦は椅子から立ち上がると渕上の隣に座り、再びを渕上の手を握った。


「ァッ」

「私は、貴方と付き合ってるの。付き合ってる彼氏の痛みを知らないのは、彼女としては、嫌だな」

「・・・」


 渕上は覚悟を決めると姫浦の方を向いた。


「長射程砲の護衛を任された」

「うん」

「次々と現地軍が戦死する中、長射程砲から砲弾が放たれた」

「うん」

「作戦は成功。の筈だった。だが、」

「だが?」

「放たれた砲弾は、核だった。俺達は核を護ってしまった」

「・・・」


 姫浦は言葉を失った。


「....続けて、」


 姫浦はそう言うしかなった。


「現地司令官含め、搭載されて居たのが核砲弾だとは誰も知らなかった。・・・とはいえ、俺達は日本人でありながら、核を護り、核を撃たせてしまった」


 そう言うと渕上は堪えて居たもの吐き出すかの様に涙を流し始めた。


「資料でしか目にした事なかった光景を生で見るって言うのは、かなり辛いんだな」

「・・・」


 姫浦は無言で渕上をそっと抱きしめた。


「辛かったわね。話してくれて、ありがとう」


 そう言った姫浦は渕上の背中を摩った。渕上は只管泣いた。姫浦はいつの間にか、渕上を強く抱きしめて居た。


(俺って、弱いな〜....)





 その日の夜、


「大丈夫なの?お酒なんて呑んで」


 加瀬の妻、日那乃はビールを少し早いピッチで呑む加瀬を心配した。


「今日は、酔っ払ってみたい気分なんだ」


 そう言うと加瀬はジョッキの中身を数口呑んだ。

 パイロットたるもの、いつ召集が掛かるか分からない身。酒を入れるなど、あってはならない事。それでも加瀬は、呑まずには居られなかった。


「意外と良い味だな。お前もどうだ?」

「遠慮しとく」

「そうか....」


 加瀬はジョッキの中身を数口呑むとジョッキを置いたのち料理を食べ始めた。


「・・・何か、あった?」

「....アメリカとは二度と一緒に戦いたくない。ただ、それだけだ」

「・・・」

「俺達日本人に、核を護らせ、核を撃たせた。・・・もうアメリカとは、関わりたくない。それだけだ」


 加瀬は静かにそう答えた。日那乃は何があったかをすぐに察するとジョッキを手に取ろうとする加瀬の手を止めた。


「?」

「気持ちは分かる。けど、お酒に逃げちゃダメ。パイロットである以上、尚更」

「・・・」

「辛い時はいつでも話して。話してどうにかなる様な事じゃないのかもしれない。けど、お酒に逃げるのだけはダメ。ね」

「分かっちゃ居るさ。けど、今は、少しでもあの光景を、鈍らせたいんだ。今日だけは、頼む。呑ませてくれ」

「・・・程々に、ね」


 日那乃は加瀬の腕から手を離した。加瀬はジョッキではなく水の入ったコップを手に取るとそれを一気飲みした。

 加瀬はタッチパネルで生ビールを頼むと日那乃もレモンサワーを頼んだ。


「⁉︎」

「一杯だけ、付き合うわ」

「・・・ありがとう」





同じ頃、“居酒屋 零雫”


「俺は呑む気ねぇぞ」


 中井は風間にそう言うが、風間は躊躇なくジョッキビールを頼んだ。


「ハァ。お酒呑めないのはパイロットの宿命。それはお前も分かってるだろ」

「分かってるわ。けど、今日だけは呑ませて。・・・今日は前の隊長の命日なの」

「・・・本音は?」

「え?」

「本当に、それだけか?」

「と、言うと?」

「わざわざ俺を誘って此処に来たのには、理由があるんじゃないのか?」

「貴方だって、同期を失ってるでしょ?。失ったモノがあるもの同士で、盃を酌み交わしたかったのよ」

「・・・」


 中井は暫く考えると溜息を吐いたのち、タッチパネルを操作すると風間とは違い、単品でジョッキビールを頼んだ。


「中井....」

「付き合ってやる。一杯だけな」


 そう言うと中井は腕を組んだ。


「宿命だと、分かっては居るが....この間のガルム騒動で3人死んだ。うち1人は、....親友だった。北海道第九守備隊....ガルムと交戦し、死んだ」

「・・・」


 風間は言葉を失った。暫くすると2杯のジョッキビールが店員の手によって運ばれた。2人はジョッキを持ち、乾杯した。


「忘れぬ人へ」

「忘れぬ人へ」


 そう言うと2人はジョッキビールを3口呑むとゆっくりとジョッキを置いた。


「酒なんて初めて呑んだが、こういう味なんだな」

「私も初めて呑みました。癖になる味ですね」


 中井は苦笑いを浮かべると店員が持って来た塩唐揚げに箸を付けた。風間は刺身を箸で摘むと醤油に漬けたのち口に運んだ。


「はい、此方天ぷら盛り合わせ。・・・兄貴が呑むなんて珍しいね」

「・・・弔いの酒だ」

「ァァッ」


 中井の弟は「御ゆっくりどうぞ」と言うとその場から立ち去った。


「俺の弟だ」

「確か、この店で修行してるんだっけ?」


 中井は頷いて返したのちジョッキを持つとビールを数口呑んだ。風間は天ぷらに齧り付くと噛んで飲み込んだのちビールを数口呑んだ。


「弔い、か....」

「え?」


 中井はジョッキを置くと難しい表情を浮かべた。


「墓参り、行かねぇとな〜」

「私は今日行って来たよ」


(通りでほのかに線香の匂いがするわけだ)


 そう思った中井は塩唐揚げに箸を付けるとそれを口に運んだ。





「まさか宮口さんから食事に誘われるとは思いませんでしたよ」

「岬さんとは一度ちゃんと話してみたかったので。岬さんとだけ、あまり話す機会がないので」

「言われてみれば確かに」


 煉瓦街ストリート近くのファミレスで2人は夕食を食べて居た。岬にとっては“気になる相手”との食事。気分が高揚して居た。


「そういえば芹沢さんからも中井さんからも、珍しくチューンを頼まれませんでしたね」

「今の機体で満足してるって事かな?」

「う〜ん。なんか、違う気がするな〜」


 そう言うと宮口はカットしたハンバーグを口に運んだ。


(話題変えよう)


「宮口さんって、休日は何してるんですか?」

「撮り溜めたレース番組みてますね。ただ、整備士は意外と休み少ないので」

「そうでしたね....レースって言うと?」

「グループオミクロン辺りですね。マツダ車とスバル車の活躍が凄まじいですよ」

「トヨタ推しの私としては、ちょっと不満かな〜」

「トヨタも凄い時は凄いですよ。要は乗る人次第です」


 そう言うと宮口はドリンクグラスを持つと中のお茶を数口飲んだ。それに倣う様に岬もドリンクグラスの中身を数口飲んだ。


(なんだろう、この感じ。宮口さんと居ると、妙に落ち着く)


「岬さんは、休日何してるんですか?」

「歴史モノや人物伝読んでる」

「意外ですね。アウトドア派かと思ってました」

「1人で出掛けるもの、ね〜....」


 宮口は「ふ〜ん」と言うと何処か意を決した様に頷いた。


「なら、明日一緒に何処か行きませんか?」

「ゥえ?」


 思わぬ発言に不意を突かれた岬は思わず変な声を出してしまった。


「あっ、駄目でした?」

「いや、駄目じゃないけど....私なんかで良いの?」

「はい。俺も明日暇なので」


 予想だにしない誘いに戸惑った岬だったが特に断る理由も無かった為、OKを出した。





 関東は休みでも中部は違った。

 神尾率いる中部地方第三守備隊は今日も太平洋から侵攻するイータ人型機動兵器と戦って居た。


(相変わらずの大群だな。ったく)


 ラーミナツインビームサブマシンガンを撃ちながら次々イータ人型機動兵器を蜂の巣にしていく神尾。

 そんな中、岩動が操る五十鈴はラーミナソードでイータ人型機動兵器を斬り裂くと左手に構える100ミリロングレンジマシンガンを単発で撃ちながら確実にコクピットを仕留めた。岩動は虹羽田と六角ペアの方を向くと100ミリロングレンジマシンガンの単発射撃で2人を援護した。


『ッ』

「援護する」

『助かります』


 六角にそう返された岩動は表情一つ変える事なくトリガーを引いた。


『新たな敵部隊。直上から来ます!』


 神崎のオペレートを聞いた神尾と岩動はモニター越しに直上を見上げた。


『狙いは守備隊か....』

「守備隊を潰してからじっくり都市を攻撃するつもりでしょう」


 呆れ気味の口調でそう答えた岩動は六角らを援護しつつ、ラーミナソードでイータ人型機動兵器を斬り裂いた。

 直上から急降下して来るイータ人型機動兵器を倉又紫恵楽と片岡が迎え撃つ中、狙撃支援を行って居た石堂はある違和感を覚えた。


(まるで私達を此処に引き止める事を目的とした立ち回り方だな)


 石堂はそう思うと表情を鋭くした。


「神崎さん。高高度を飛ぶ敵部隊は居ませんか?」

『え?。・・・居ません』

「海中は?」

『・・・居ません』

『石堂、どうした?』

「いえ、なんでもありません」

『気になる事があるなら言ってくれ』

「・・・どうも敵の動きが可笑しくて」

『どう可笑しい』


 神尾からの通信を前に上手く言葉に出来ない石堂は、少し困ったがすぐに口を開いた。


「まるで此処に私達を留めるのを目的にしてる様な気がしただけです」


 言葉にならないまま思った事を伝えた石堂。すると神尾は暫く考えると、


『神崎。他の防衛線はどうなってる?何処か集中的に攻撃を受けてる箇所は無いか?』

『いえ、特には....数で言うなら神尾隊長達が相手にしてる箇所が一番多いです』

『・・・成る程』

「考え過ぎ、でしょうか?」

『いや、イータの動きは予測不能だ。あらゆる可能性を考えておく必要がある』


 石堂は表情を鋭くしながらトリガーを引いた。


 結局、その後の何も起こる事なく防衛戦は終了したが、石堂の中身は、モヤモヤで一杯だった。


(何も無かったからよかった。私の考え過ぎだったのか?。....それとも、)





【9月30日 水曜日】


 あの日見た光景に蝕まれながら休日を過ごして居た渕上は姫浦からドライブに誘われ、待ち合わせ場所で待って居た。

 そんな渕上の耳に、二度と聞きたくない、聞くはずのない声が入って来た。


「あっ、和公〜」

「....」


 渕上の元に駆け寄って来る女性。それは徳重だった。渕上の元カノであり、訓練生時代、渕上と交際しておきながら5人の男性と援助交際し、月60万稼いで居た女だった。

 渕上も学生時代、実戦に出て居た事から満額では無いものの、手当て金はもらって居た。その額月20〜25万。つまり徳重は命懸けで戦っているパイロットよりも多い額を毎月援助交際相手から貰って居た。

 そんな徳重は美濃関訓練学院の卒業資格は獲得して居たが、出席日数不足による単位不足により東京にある専門予備校に通って居た。・・・筈だったが....


「やっぱり和公だ」

「....なんの様だ?」


 渕上も最初は無視しようと思って居たがそれはそれで周りの迷惑になると思い徳重の呼びかけに答えた。


「アタシ達、やり直せない?」

「・・・は?」

「ほら、キスだってしたし。そう言う仲だった訳だし、やり直そうよ。もう一度アタシと付き合って」

「無理だから」

「え?、なんで?」

「お前が自分で壊したんだろ」


 呆れながらそう答えた渕上は徳重が一刻も早く自分の目の前から消える事祈って居た。


「お願い。アタシとよりを戻して!」

「・・・金か?」

「え?」

「金が目当てだろ?」


 徳重のお願いの仕方からなんとなく理由を察した渕上はそれをそのまま徳重にぶつけた。


「・・・予備校の授業料や家賃、光熱費で、ドンドンお金が無くなっていって....」

「やっぱり金じゃないか」

「違うそれは」

「悪いけど、俺今付き合ってる人居るから」

「え?」


 徳重は凍り付いた。するとそこへ、姫浦の運転するMAZDA 2が止まった。


「二度と俺の前に現れるな」


 そう言うと渕上は助手席のドアを開けると車に乗り込んだのちシートベルトを締めた。


「今の、誰?」


 ゆっくりと車を出し始めた姫浦は渕上に尋ねた。


「俺のファーストキスを奪った元カノです」

「そう。・・・なんで別れたの?」

「・・・」


 渕上は数秒迷ったが、辛いのを我慢して、姫浦に打ち明けた。


「そう。それは、確かに別れるわね」

「でも彼奴のお陰で気が付かされた事もあるんで、そこだけは感謝してます」

「そう。それはそれで良いんじゃないかしら」


 渕上は僅かに笑みを浮かべた。


「やっと笑った」

「え?」

「貴方、徳重って人の事話してる間、笑わなかったもの」

「それは、その、すみません」

「別に謝る事じゃないわよ。話してくれてありがとう」

「・・・」


 渕上は数秒ある事を迷った。


(神崎の事、話すべきか....)


 迷った渕上は姫浦の方を向いた。


「あの実は、俺にはもう1人“親友以上恋人未満”で関係が終わった女が居まして」

「え?」

「中部地方守備隊でオペレーターやってる女性で、進路が、夢が同じだったら、恋人になって居た女性が居たんです」

「へえ〜。・・・もしかしたら、私と出会わなかったかもしれないって事ね」

「そう、なりますね。すいません、こんな話ばっかりで、」

「総一郎さんから、」

「え?」

「総一郎さんから、さわり程度だけど聞いてたわ。“そう言う男で良いなら紹介したい”ってね」


 渕上は難しい表情を浮かべながら頷くとドアに肘を付き、外を眺めた。


「でも貴方の口から聞けて嬉しいわ。貴方の事、知れるんですもの」

「・・・話題、変えましょう」

「そうね」





【二〇〇五

帰宅。

徳重と会ったのは嫌だったが、ドライブは楽しかった。衣奈さんと色々話した。今日は俺ばかり話してた気がする。

にしても、あの光景が脳裏に焼き付いて消えない。蝕まれた休日とはこの事を言うんだな。

それにしても、やはり日本は良いな。日本の時間が一番心地良い。やはり俺は日本人なんだな〜

あ〜、総一郎叔父さんの淹れた珈琲が飲みたい。今度長期休暇が取れたら、岐阜県関市に帰ろうかな。

にしても北大西洋横断か〜。こりゃまた凄い任務になりそうだな】


 手記を閉じた渕上は椅子に座ったまま背伸びをするとふと徳重の事が頭を過った。


「・・・」


 椅子から立ち上がった渕上は携帯を手に持つとベッドに座ったのちある番号に電話を掛けた。


「あっ、もしもし母さん」

『和公。久々ね。貴方から電話掛けて来るなんて珍しいわね。なんかあったの?』

「実はさ、東京の専門予備校に通ってる同期の事で相談なんだけどさ」

『それって、貴方の元カノの徳重さんの事』

「そう。そうなんだ」

『・・・貴方ねぇ』

「・・・え?」

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