第十九話「戦士達の休日」
松田晴翔と松田遼太郎がヴェヒターのアップデートをしている頃、煉瓦街ストリートの喫茶店で渕上と姫浦はコーヒーを飲んでいた。
「長期休暇なんだ」
「多分、訳ありだと思いますけどね」
「と、言うと?」
「・・・こっから先は企業秘密って事で」
そう言うと渕上は珈琲カップを置いた。すると姫浦は満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ観に来れるね」
「え?」
「明後日のレース。多摩のサーキット場で行われるグループオミクロンに」
「おおっ」
渕上は姫浦からチケットを貰うと大切にしまった。姫浦は満面の笑みを浮かべながら渕上の事を見つめた。
「生で観戦するのは初めてなので、楽しみです」
「これは表彰台入りしないとダメね」
「あまり気を覆いすぎないで下さいよ。自分の走りをする事が大事ですから」
「そうね。分かってはいるわ。けど、普段より気合いが入りそう」
渕上は笑みを浮かべると珈琲カップを手にしたのち中身を一口飲んだ。そして珈琲カップをゆっくり置くのを観た姫浦は渕上に質問をした。
「ねぇ、和公」
「はい?」
「やっぱりリベラシオン乗ってる時も、“対話”ってするの?」
「対話?」
「総一郎さんがよく言ってたの。“レースはマシンとの対話”だって」
「そうですね。俺達はそれを“エンゲージタイム”って呼んでますけど、それが出来るのは10000人に1人です。でも、軽い対話ぐらいなら結構出来る人居ると思いますよ」
「へぇ〜、エンゲージタイムか....」
「エンゲージって言うのは空軍用語で“接敵”って意味ですからね。そっから来てますよ」
姫浦はアイスコーヒーをストローで啜ると僅かに険しい顔をした。
「難しいわよね。対話って」
「そう、ですね」
(簡単にやってのけてしまう俺は異常なのか?)
渕上はほんの一瞬、表情を険しくしたがすぐに普段の表情に戻した。
「・・・」
(今、なんで表情を険しくしたんだろ?)
姫浦は渕上が表情を険しくしたのを見逃さなかった。だが姫浦は敢えて何も言わなかった。
(やっぱり衣奈さんと居ると落ち着くな〜。なんだろう、この感じ....)
内心戸惑いに近い感情を覚える渕上。そんな渕上を見た姫浦は、静かに微笑んだ。
※
「貴方と食事なんて久々ね」
「お互い、予定が合わなかったからな」
加瀬康政は妻の日那乃と食事に出て居た。
東京にあるビストロで食事をする2人。加瀬康政はワイングラスに注がれた炭酸水を一口呑んだ。
「本当はワインが飲みたいんだがな....」
「パイロットの宿命って奴でしょ?」
「気を使わず、お前は呑めばよかったのに」
日那乃を首を横に振った。
「私も、明日練習あるもん」
「今思うとプロゴルファーとパイロット、よく釣り合ったよな」
そう言うと加瀬はステーキをフォークで刺すとゆっくりと、丁寧に口へ運んだ。それを見た日那乃もポトフを食べ進めた。
「やっぱりお前と2人っきりの時が1番落ち着くな」
「私も、明日からの練習頑張れそう」
「無理はするなよ」
「わかってるわ」
加瀬は笑みを浮かべるとナイフとフォークを静かに置いた。
「そう言えばこの席だったな」
「え?」
「お前にプロポーズした場所」
「あっ、....よく覚えてるわね」
「忘れる訳ないだろ」
そう言うと加瀬はフゥーッと長めに息を吐くと日那乃を見つめた。
「試合とか、観に行けなくてごめんな」
「気にしないで。・・・逆に貴方が居たら、集中出来ない気がする」
加瀬は鼻を鳴らしたのち苦笑いを浮かべると再び炭酸水を飲んだ。
そんな中、加瀬は隣の席でヴァン・ショーを呑む2人組を観て軽く溜息を吐いた。
(ホットワインか。俺も呑みたいな....)
幾ら休暇とは言えいつ召集が掛かるか分からない身。飲酒は出来なかった。
※
【6月5日 金曜日】
倉又と雨宮はランチに来て居た。
2人とも別々のモノを食べ、飲んで居たが話題は共通だった。
「そうなのよね〜。渕上さんって機内だと人が変わるんですよね」
「あの変貌ぶり、私今まで見た事ないです」
渕上の話題だった。
2人は渕上の事を話しながらランチを食べ進めて居た。
「でも戦闘狂とは違うわね。根っからの優しい人だもん」
「バーサーカーともちょっと違いますよね」
「一緒に飛んでるから分かる。あの人はトリガーを1番引いてるけど1番トリガーを引きたくない人だって」
「なんとなく私にもそれ伝わります。渕上さんは戦いたくて戦ってるんじゃないんだって」
「パイロット皆んなそう思うわ。本当に戦闘狂のパイロットなんて、ほんの一握りだと思うわ」
そう言った倉又はパスタを口の中に運ぶとそれを噛み締めた。フォークとナイフを置いた雨宮はグラスに入った麦茶を飲むと細い息を吐いた。
「渕上さん、今頃どうしてるんでしょうか?」
「自室で映画観てるか、読書じゃないかしら」
「お互い、渕上さんの事よく考えてるんですね」
「背中預けてる戦友ですから。まっ、向こうがどう思ってるかは分からないけどね」
「それは私も同じです。渕上さんは私にとっても大切な存在だと思ってます」
倉又はフォークを置くとフゥーッと長めに息を吐くと過去の事を話し始めた。
「渕上さんが撃墜された時、私は真っ先に渕上さんを助けた。血塗れの渕上さんを病院まで運び、無事を祈った」
「撃墜された⁉︎。あの渕上さんが⁉︎」
「厳密には、スラスターの故障で墜落した所を集中砲火喰らって....その時乗ってたのは、いつ壊れても可笑しくない旧型機だったから」
雨宮はフォークをゆっくりと置いたのちその場に俯いた。
(知らなかった。渕上さんが撃墜された事があったなんて。・・・あんなに、あんなに大事に思ってる人の事、何も知らなかったなんて....)
そんな事を考える雨宮を見た倉又は笑みを浮かべると、
「食べましょ?」
「え?」
「手、止まってるわよ」
「えぁっ、はい」
(強いな〜。倉又さんは、)
そう考えながら雨宮は食べ進んだ。
暫く無言だった2人だったが、食べ終えたのち食後の飲み物を口にした瞬間、その空気は崩れた。
「あの、倉又さんって」
「ん?」
「....渕上さんの事、どう思ってるんですか?」
「どうって、そりゃまぁ....」
(纏まってない状態で、中途半端な事言いたくはないわね)
「“大切な戦友”、だと思ってるけど?」
「大切....ですか....」
雨宮は若干表情を暗くすると心の内を打ち明けた。
「渕上さんが他の女性と話してるの見ると、心がモヤモヤするんです。それがなんなのかは分かりませんが....私も渕上さんを大切に思ってる事は確かです」
「・・・」
(私の見立てが正しければ、将来“恋敵”になるかもしれないわね)
ティーカップを持ち、ゆっくりと一口飲んだ倉又はゆっくりとティーカップを置いた。
「そう、なら....良いんじゃないかしら」
「え?」
「お互い渕上さんを大切に思えば」
「そう....ですね、?」
(なんだろう?。またモヤモヤする)
※
(ヴェヒターの改修、ね〜....)
車庫の壁に寄り掛かりながら火の付いた煙草を咥える渕上昭弘。昭弘は煙草を咥えたまま煙を吐くと煙を追う様に天井を見上げた。
(この様子じゃあ、限界感じるのもまだ先か....まっ、遅かれ早かれそれは来るが、な....)
そう思いながら煙草を指で摘み、口から離し、煙を吐いた昭弘は携帯灰皿に灰を落とすと再び口に煙草を咥えた。
そんな中、1人の客が渕上珈琲店に入店した。
「いらっしゃいm お〜、諏訪部。元気にしてたか?」
「お久しぶりです」
渕上総一郎は満面の笑みで諏訪部を歓迎した。
諏訪部はカウンター席に座るとブレンドコーヒーを頼んだ。
「今日久々の休暇で。やること思いつかずぷらっと此処に」
「そうか〜。でも良い若いもんが、休みの日にやる事ないってのも、どうかと思うぞ〜」
「それもそうですね」
総一郎は珈琲豆をミルに入れるとハンドルを回し始めた。その様子を諏訪部はじっと見て居た。
(懐かしいな〜。そういえば彼奴ら、どうしてるかな〜....)
ミルの音に懐かしさを覚え、つい渕上達の事を思い出す諏訪部。それは総一郎も同じだった。
(パタリと来なくなったな〜。今頃どうしてるかな〜)
諏訪部が来店した事で嘗ての常連客の事を思い出す総一郎。気が付けば珈琲豆は、あっという間に粉になって居た。
粉をドリッパーに移し、ポット内のお湯の温度を確認した総一郎はポットを持つとゆっくり丁寧に珈琲をドリップし始めた。
店の中は色んな珈琲の香りで一杯になって居たがその香りも諏訪部にとっては心地よかった。
(こんな心地良い場所が近くにあるんだな〜。俺って恵まれてるな〜)
目を閉じ、鼻から肺いっぱいに香りを吸い込んだ諏訪部はまだかまだかと待ち焦がれて居た。
ドリップした珈琲をお湯を入れて温めておいたコーヒーカップに注いだ総一郎はゆっくりと諏訪部の前にコーヒーカップを置いた。
「ブレンドコーヒーお待ち」
「ありがとうございます」
諏訪部はコーヒーカップを持つと思いっかり香りを吸い込んだ。
(これだこれ。この香りが堪らん)
諏訪部は一旦コーヒーカップを置くと総一郎の方を向いた。
心地良い時間は、あっという間に流れていった。
※
【6月6日 土曜日】
渕上はグループオミクロンを人生初の生観戦して居た。
1位から3位はマツダが独占。チームデミオだ。
実況の熱い声が観戦席にまで聞こえて居た。
『1位はチームデミオのマツダ・デミオ!。その後方、マツダ・ロードスターにマツダ・RX-8が迫る!』
(馬力ではRX-8の方が僅かに上、あのロードスター逃げ切れるか?)
見ただけでRX-8の方が馬力がある事を見抜いた渕上。どれに姫浦が乗ってるか分からない以上、どっちを応援して良いか渕上には分からなかった。
そんな中、先にゴールしたのはロードスターだった。
『マツダ・ロードスターが逃げ切ったー!。3位はマツダ・RX-8。チームデミオ、表彰台独占!』
歓声が上がる中、4位以降も次々とゴールインしていった。
『4位、スバル・WRX。5位、ホンダ・シビックタイプR。6位、日産・フェアレディZ RZ34。7位、トヨタ・GRスープラ。8位、ホンダ・S2000。....おっと、9位争いに動きが!』
トヨタ・GR86とスバル・BRZの熾烈な9位争い。
最終コーナー、BRZが突っ込みで前に出るが、GR86がアウトから並びかけ、立ち上がりで前に出る。最終ストレート、ジリジリとBRZが追い上げる。が、先にゴールインしたのは、
『9位、トヨタ・GR86!。逃げ切りました!。僅差で10位、スバル・BRZ。姉妹車対決はこれだから面白い!』
11位以降の車も続々とゴールする中、渕上は生観戦特有の空気と歓喜に飲まれて居た。
『18位、トヨタ・GRカローラ。19位、三菱・ランサーエボリューションⅨ。20位、日産・S15シルビア。全車事故なく完走!。これが一番の嬉しい出来事です!』(20位のシルビアは外伝で渕上総一郎とバトルしたシルビア乗りと同一人物です)
渕上は人生初の生観戦に心を躍らせながら、拍手した。
(事故なく全車完走ってのが、1番嬉しいな)
完走を見届けたのち表彰式を見る事なく帰る者もいる中、渕上は観戦席から表彰式が始まるのを待った。
暫くして始まった表彰式。2位の表彰台に姫浦が居るのを見た渕上は、ロードスターを操って居たのが姫浦だと理解した。
「衣奈さん、凄いな」
そう呟く中、チームデミオの面々は同時にシャンパンをぶち撒けた。
※
【6月7日 日曜日】
「昨日は見に来てくれてありがとう。凄い力になったよ」
「俺も生観戦出来てよかったです。貴重な経験をさせて貰いました」
煉瓦街ストリート近くのファミレスで談笑する渕上と姫浦。姫浦は僅かに疲れた顔をして居たがそれを笑顔で消して居た。
「中には“知り合いが居ると集中出来ない”って言う人も居ますが、衣奈さんは違うんですね」
「う〜ん、私は逆かな〜。ただ、声援とかそう言うのは聞こえないけどね」
そう言うと姫浦はティーカップを手に持ち、紅茶を飲んだ。
渕上は察して居た。姫浦が疲れている事を。
昨日はレース。今日もサーキットで練習。疲れない方が不思議だ。
渕上は姫浦に気を使い、早めに切り上げようと思って居たが、姫浦は笑みを浮かべた。
「和公と居ると、疲れなんて吹き飛んじゃいそう」
「え?」
「不思議ね〜。こんな事今まで無かったわ」
「・・・」
言葉を失う渕上。そんな渕上を他所に、姫浦は話を続けた。
「和公と居ると、凄い落ち着くし、なんだか力を貰える気がする」
渕上は静かにグラスを持つと中の炭酸飲料を数口飲んだのち言葉を探した。
「なんだか、申し訳ない気がします」
「へ?」
「こうして偶にしか会えないのが....俺ももう少し、衣奈さんとは頻繁に会いたいんですが....」
「・・・」
それを聞いた姫浦は優しげな笑みを浮かべた。
「そんな事気にしてたの?。私だって練習やレースのスケジュールがビッシリなのよ。ある意味お似合いよ〜」
「そう、ですか。....俺も、俺も衣奈さんと居ると、心が安らぎます」
「ならよかった」
姫浦は満面の笑みを浮かべた。
「同時に怖くもなりますね」
「え?」
「・・・いえ、忘れて下さい」
「え?、何?気になるんだけど」
「いやいやいや。忘れて下さい」
「え〜、なんて言おうとしたの〜」
(言える訳ないだろ。衣奈さんとの時間が楽し過ぎて、戦場に戻るのが怖く、嫌になる。なんてさ)
渕上は一生懸命誤魔化した。
※
【6月12日 金曜日】
渕上はパイロットスーツに身を纏うと格納庫を訪れた。
「あれ?遼太郎さんは?」
「昨日帰った。渕上に宜しく、と」
「そう、ですか....」
僅かに悲しげな表情を浮かべた渕上はチューンと改装を施したヴェヒターを見上げた。
「一体どんな改装を加えたんです?」
「スラスターとラーミナドライブの耐久性アップ及びブーストアップだ?」
「ブーストアップ?」
「操縦してれば、分かる筈だ」
松田は敢えて言葉を濁した。
渕上はコクピットハッチを開けて中に入るとゆっくりと操縦桿を握った。その瞬間、渕上の中に電気みたいなモノが走った。
「なんだ?これ....」
(この感触....間違いない。・・・とんでもないリベラシオンになったな)
渕上は全てを悟るとコクピットから降りたのちハッチを閉めた。
「凄い機体に、なりましたね」
「2人係で仕上げました。上手く乗りこなして下さい」
「はい!」
渕上はヴェヒターを見上げると驚きを混ぜた笑みを浮かべた。
「ん?、ブースターポット含め、機体の形状が若干変わってる気が?」
「空気抵抗を減らす為に一部形状を変えました」
「そのチューンは思い付かなかったな」
松田はヴェヒターを見上げると頷いたのち再度渕上の方を向いた。
「機体は万全です。暴れて来て下さい」
「わかりました。チューン、ありがとうございます」




