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第十六話『“完璧”』

「芹沢と風間は、退けると思ったら退いてくれ」


 そう言いながらも自分自身の悲鳴に気が付いてない渕上。機体的に余力があっても渕上自身はボロボロ。本人含め誰も気が付いてなかった。


(とにかく芹沢と風間を逃さないと。帰還途中に墜落とか洒落にならん)


 渕上はイータ人型機動兵器を引き付ける為、トリガーを引き続けた。

 “オンブル・ア・ベットを撃沈すれば終わる”と言う甘い考えは崩れ去り、想定以上の持久戦を強いられる渕上班。オンブル・ア・ベットが4隻も現れる事、そこから発進したイータ人型機動兵器がしつこく追撃をかけて来る事、兵装やセッティングにあった戦い方が出来ない事。渕上にとっては想定外続きだった。


(白けるぜ。こんな長期戦且つ機体に負荷の掛かる戦いになるとはな....)


 別の戦闘法を試したくても、過ぎるのは推進剤切れ。推進剤を節約を意識しながら戦う渕上は険しい表情を隠しきれなかった。

 だが険しい表情を浮かべてるのは渕上だけではなかった。


(白けるぜ。全くどっちの抜けだ。こんな展開は読んでなかった。機体が万全でも、俺が万全じゃない。これじゃあまるで、俺が苦戦してるみたいじゃないか)


 今だにプライドが高い部分がある森川。自分が疲れて居る事、そこから来る反応の鈍さを認めたくはない森川だった。

 そんな森川は目を軽く見開くとペダルをベタ踏みし、機体を急上昇させると後ろからの攻撃を交わし、イータを同士討ちにさせた。


『森川。無理はしないで』

「ァ?」

『疲れてるのは皆んな同じよ』

「....」


 酒井の言葉を前に返答に困る森川は再びペダルをベタ踏みにして機体を急上昇させると真上からイータ人型機動兵器を撃ち抜いた。


(中々に認め辛いな。この程度で疲れるって言うのは)


 そう思いながらトリガーを引く森川。

 森川だけでなく、その場に居る全員が疲れて居た。

 ただ1人、それに気が付いてない者が居たが、


『抜けられる!』

『先に行け風間!』


 風間機は飛行形態に変形するとイータ人型機動兵器群の穴を突いて包囲網から抜け出すとそのまま全速力で飛んだ。

 芹沢はエンゲージタイムを解くとラーミナビームブレイドを納刀し、ラーミナバスターブレイドを構えるとキルペースを落とすと同時に抜け出す機会を伺った。その瞬間、エンゲージタイムの反動か、芹沢はドッと疲れに襲われた。


(反動か....厄介だな)


 一方の渕上は変わらずイータ人型機動兵器を1機でも引き付けようと奮戦して居た。

 渕上機は次々とコクピットを狙い撃つと表情から険しさを消し、鋭さを増した。


『(後ろと左だ!)』

「オーライ!」


 渕上機は左に回頭すると左肩に装着されたバリアアサルトからラーミナビームシールドを展開し、イータの攻撃を防ぐと4機のイータ人型機動兵器を撃墜した。


『(後ろ斜め上!)』

「不意打ち上等!」


 機体を回頭させると同時に引き金を引く渕上機。

 疲労に気が付いてないせいか、狙ってるか怪しいながらも当たる早撃ちは健在だった。


『芹沢さん、今です』

『了解。渕上、先抜けるぞ』

「了解。無事に帰還して下さい」


 雨宮の合図で包囲網から抜け出した芹沢はそのまま離脱した。


『残るは渕上。お前だが....』

『敵機が群がってやがる。厄介だな』

「人気者は辛いってか?。冗談キツいぜ」


(チッ、エンゲージタイムが。....集中力が切れかけてるな。・・・ちょっと不味いぞ)


 エンゲージタイムのタイムリミットに漸く気が付いた渕上。そんな渕上に、一本の通信が入る。


『渕上さんも離脱してください』

「ああ?」

『渕上さんだって限界近い筈です。引き付けるよりも、離脱を第一に考えて下さい』

「・・・」

『(彼女の言う通りだ。お前はもうボロボロだろ)』

「....秋山」

『問題ない。たまには稼がせろ』

「・・・」


 渕上はエンゲージタイムを解いた。その瞬間、グワっと疲労が渕上を襲った。


「わかった。じゃああとは頼む」


 渕上機は降下すると邪魔なイータ人型機動兵器を撃墜し始めた。


(ここまで....なんで気が付かなかったんだ)


 軽く舌打ちをする渕上。

 渕上は機体を地面スレスレの低空まで下げるとスラスターダイヤルレバーを操作し、スラスター出力制限を解除した。


「秋山。頼むぞ」

『はいよ』


 邪魔なイータ人型機動兵器を撃ち落としながら前に進む渕上機。その後ろを妨げる様に秋山機のラーミナツインビームサブマシンガンから放たれる弾幕がイータの追撃を遮った。

 秋山の援護もあり、渕上は包囲網を突破。離脱を開始した。


「マイクロミサイル。一斉射!テェェ!」


 秋山隊は一斉にマイクロミサイルポットから誘導弾を発射した。

 そんな攻撃を前に形成不利と判断したイータ人型機動兵器は漸く撤退した。





 任務から帰投し、一息ついて居た中部方面隊第三守備隊。

 石堂は基地の外でマイボトルに入った珈琲を飲みながら一息付いていた。


「・・・?」


 そんな石堂は1人で歩く神崎を見つけた。すると神崎は後ろを振り向くと満面の笑顔を浮かべた。


「虹羽田さん」

「お疲れ様、神崎」

「・・・」


 遠目にそれを見ていた石堂は苦笑いを浮かべながらボトルのキャップを閉めると基地の中へ戻った。

 一方で神崎と虹羽田は壁に寄り掛かるといつもの様に楽しく会話をし始めた。


「神崎も、だいぶ慣れてきましたね。この前神尾隊長が褒めてましたよ」

「それならよかったです。皆さんのお役に立ててるんですね」

「そりゃ勿論。神崎は今は士気の柱ですよ」

「そ、そこまで言わなくても....」


 神崎は照れながら言葉を失った。ふと神崎は、ある男の事を頭に過らせた。


「?、どうかしましたか?」

「いえ、....初恋相手の事を思ってしまって....」

「へ〜、神崎の初恋相手か〜」

「不器用で硬いけど、真っ直ぐで優しい、そんな人でした」

「・・・なんで別れたんですか?」


 神崎は微かに表情を曇らせながら俯いた。虹羽田は内心マズったと思ったが、神崎は静かに話し始めた。


「進路が、違ったんです。彼は遠征隊独立遊撃部隊。私は内地のオペレーター。・・・それに、彼には夢があった」

「・・・渕上少尉、の事ですか?」

「ッ⁉︎」


 神崎は目を見開くと虹羽田の方を向いた。虹羽田は腕を組みながら壁に寄り掛かると真っ直ぐな目をした。


「なんとなく察してはいましたよ。・・・俺と仲良くしてくれる理由も、ね」

「・・・」

「俺は、俺は彼みたいに強くないし、何でも熟せる訳じゃない。・・・俺は渕上少尉の代わりにはなれない」

「....いつから、それを?」

「薄々とは感じてたんですが、今さっきハッキリと」


 そう言うと虹羽田は腕を降ろして身体を起こすと神崎の方を向いた。


「俺は渕上少尉の代わりにはなれません」

「それは、わかってます」

「・・・なら、」

「え?」

「ならこれからも、変わらず仲良くして下さい。さっき貴方は部隊の士気柱だと言いましたが、俺にとっては生命線なぐらい大事な人なんですから」


 そう言うと虹羽田はその場から立ち去ろうとした。が、すぐさま神崎に呼び止められた。


「確かに最初は、“渕上さんに似てる”、“渕上さんの変わり”、という目で見ていました。けど、けど今は違います。・・・虹羽田さんは、大切な仲間であり、友人です」

「・・・」


 虹羽田は神崎の方を振り向くと満面の笑みを浮かべたのちその場から立ち去った。





 ヴェヒターから降りた渕上は腰を曲げ、両手を膝に付くと息を切らした。


「まさか。・・・此処まで疲れるとは....」

「無理もない。ヴェヒターは他の機体より操縦が複雑です。しかも、慣れないセッティングでの不意な長期戦でしたから」


 機体の前で息を切らす渕上に松田は優しくそう語りかけた。渕上は身体を起こすと息を整えながらヴェヒターを見上げたのち松田に整備と補給を頼んだ。


「武装はそのままで。セッティングだけ直しておいて下さい」

「わかりました」


 渕上は格納庫を後にして通路を歩くと雨宮と出会した。


「お疲れ様です。渕上さん。これ、どうぞ」


 雨宮は渕上にパック飲料とロールパンを手渡した。渕上は雨宮に礼を言うとパック飲料をがぶ飲みしたのちロールパンに齧り付いた。


「本当に、お疲れ様です。今野隊長が、今のうちに休んでおくように、と」

「ああ。言われなくとも休むよ」


 それなりに早いペースでロールパンを食べ進む渕上。それを見ていた雨宮は、渕上は相当疲れている事を察した。


「渕上さん....」


 渕上はロールパンを食べ終えるとパック飲料を飲み干したのち雨宮に再度礼を言うと廊下を歩き始めた。

 雨宮は渕上とは逆方向に歩くと格納庫に入り、整備と補給の始まったヴェヒターを見上げた。


「珍しいですね。雨宮さんが此処に来るなんて」

「あっ、松田さん」


 雨宮は松田に一礼した。松田はヴェヒターの方を向くとデータ端末を操作した。雨宮は何かを感じながらヴェヒターをひたすら見つめた。

 数分後、我に帰った雨宮は自分も疲れてる事に気がつくとその場を後にした。

 廊下を歩き、食堂に入った雨宮は機械から配膳された食事の乗ったトレーを持つと先に食事を始めていた渕上の前に座った。


「雨宮さん」

「今日も前、座っちゃいました」


 渕上は軽く笑みを浮かべると食事を食べ進めた。雨宮もそれに倣うように食べ始めた。暫く無言だった2人だが、その空気を雨宮が切り裂いた。


「渕上さん」

「はい?」

「この前中井さんと飲みにいきましたよね?」

「ああ、行ったよ」

「どんな話したんですか?」


 渕上はスプーンを置くとパック飲料を数口飲んだのち両腕を組んだ。


「この部隊に入った目的、ですかね」

「目的?。今野中尉にスカウトされたからじゃないんですか?」

「それもあったけど、1番は“夢を追える”からですかね」

「夢、ですか?」

「今野中尉はこの部隊を“夢を追う者の集団”で作ってる筈です。そこに共感したのが大きいですね」


 そう言うと渕上はパンに齧り付いた。雨宮は僅かに表情を曇らすとゆっくりとフォークを置いた。


「?、どうかしましたか?」

「いえ、....ただ、」

「?」

「私には、夢があってもそれが分からないって言う曖昧な人間なので、」

「・・・曖昧で良いですよ」

「え?」

「人間、完璧な奴なんて居ません。曖昧で良いです」


 そう言うと渕上はパンを一口食べたのち静かパンを置くとスプーンを持ち、スープを食べ始めた。


「渕上さん....」


 雨宮は静かな表情で笑みを浮かべるとスプーンを持ったのち静かに食べ始めた。

 一方で、返却口にトレーと食器を戻した倉又はそんな2人を鋭い表情で一瞬見ると、すぐに元の表情に戻った。


(なんだろ。このモヤモヤは。....ッ!まさか)





「おーい諏訪部」

「ああ、城島教官」


 校内の廊下を歩いていた諏訪部は城島に呼び止められると静かに城島の方を向いた。


「どうかしましたか?」

「教官の人数、足りないな〜」

「・・・俺時々思うんですけど、」

「ん?」

「渕上って結構教官に向いてると思うんですよ」

「確かにな。彼奴に教えられた生徒は、“扱いは難しいが優秀”な生徒になるだろうな」


 諏訪部は苦笑いを浮かべたのち城島と共に廊下を歩き始めた。


「この世に完璧な人間は居ない。が、それに近い人間は一握りながら居る。・・・渕上一門は、それに該当するんじゃないかな〜」

「渕上が完璧に近い、か....確かに彼奴、教えるのも上手いしパイロットとしての技量も桁違い。・・・ヴェヒターに乗り換えた彼奴に、俺は一度も勝てませんでした」

「1番最新鋭機を手にしちゃいけない人間だよ、彼は」


 諏訪部は笑みを浮かべると「違いない」と言ったのち前を向いたのち過去の自分を振り返った。


「一時期、完璧を目指してた自分が居ました。“教官たる人間が完璧でなくてどうする”、と」

「・・・」


 城島は僅かに表情を曇らせると黙って諏訪部の話を聞いた。


「でも渕上に負けて目が覚めました。完璧になるのは無理だ、と....完璧に近付けば近付こうとする程、大事なモノが見えなくなる、と」

「・・・卒業前に気付けてよかったじゃないか」


 そう言った城島は前を向くと真剣な表情を浮かべた。


「完璧を目指す必要はない。ただ上を向いて努力を続ければ良い。さすれば、自ずと次のレベルが、次の壁が見えてくる」

「城島教官....」

「俺は、完璧な人間ってのはそれで自分に満足してしまうと思う。だが今の自分に満足したら、現状維持も難しい。だから俺は、完璧なんてものは嫌いだ」


 諏訪部は納得した表情で頷いた。


(教官補佐になっても、学ぶ事は多いな)





【5月13日 水曜日】


【〇〇一五

変な時間に目が覚めた。

それにしても、寝室に個室のシャワールームがあるって凄いな。流石はフランス軍、設備が凄い。

この調子だと、誕生日は海外で、前線で過ごす事になりそうだ。

作戦自体は成功だが、先の事を考えると失敗した気分だ。オンブル・ア・ベットが4隻も居るとなると、イギリス奪還はだいぶ先の話だろう。

今後の方針はどうなるのかな?。無難に前線を駆け巡る事になるんだろうか?。

まぁ何はともあれ、今は戦線の事だけ考えよう。

時間、まだありそうだな。二度寝しよう】


 手記を書き終えた渕上はそれをパイロットスーツのポケットにしまうとファスナーを閉めた。

 だが、渕上は何かを感じ取ると二度寝を辞めたのちシャワーを浴びると下着を取り替えたのち、パイロットスーツを見に纏い、アーマードベストやグローブ、プロテクトアーマーを身に付けるとヘルメットを脇に抱え、寝室を出た。

 何気ない気持ちで格納庫に向かうとそこにはパイロットスーツ等を身に纏った加瀬が居た。


「加瀬少尉」

「お前もか?」

「はい。なんとなく」


 加瀬は頷いて反応したのち自分の機体“矢矧改”を見上げた。するとそこへ倉又もやって来た。


「あれ?2人とも....」


 渕上と加瀬は顔を合わせると笑みを浮かべた。

 次の瞬間、格納庫含めた基地内部に緊急放送が流れた。


『前線を突破したイータ人型機動兵器の部隊が避難民キャンプに侵攻中。待機中の防衛戦力だけでは対応困難。出撃可能な機は直ちに出撃せよ!』


(嫌な予感の正体はこれか)


 渕上はヘルメットを被るとすぐさま通路を走り、自分の機体に乗り込んだ。


「渕上和公。階級少尉。認識番号13954」


 網膜認証と音声認証で起動するヴェヒター。渕上は操縦桿を握り直すと微かに険しい表情を浮かべた。


『整備は万全だ。行って来い』

「了解。渕上和公、ヴェヒター。発進する」


 格納庫のハッチが開くと同時に機体を後ろ歩きでバックさせると機体を野外に出したのちスラスターを吹かして3機のリベラシオンが発進した。

 数秒後、今野・芹沢・中井・風間が走って格納庫に入ったが今野は出撃を止められた。


「レーザー砲の修理がまだ完了してません。あと1時間は掛かります!」


 朝倉は今野にそう言った。今野は悔しげな表情を浮かべると発進する3機を見送った。

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