54話。屋敷を偵察したら、獣人の子供が危機に陥っていたから助ける
俺はジャロンさんをぽいっと数メートル上に放り投げ、左手に彼の左足を乗せるようにキャッチ。
事前に聞いていたとおり、ジャロンさんは綱渡り芸を披露していただけあって、バランス感覚に優れているようだ。
それに、体幹がしっかりしているから、俺の手のひらという狭い面積でも真っ直ぐ立てるのだろう。
ん?
フラフラしている。
けど、俺の手にかかる加重はあまり変わらない。
ジャロンさんが手から落ちそうになり、姿勢をただし、またまた落ちそうになる。
その動きにあわせて観客が歓声と悲鳴を繰り返す。
ジャロンさんは客を焦らした後、なんと跳躍。
頭から俺の方へ落ちてくる。
完全に俺のキャッチを信頼した動きだ。
もちろん、その期待に応える!
俺はジャロンさんの頭をキャッチ。
「アーローン! アーロン!」 \パチパチ/
「アーローン! アーロン!」 \パチパチ/
「アーローン! アーロン!」 \パチパチ/
さて、本来の目的を忘れたらいけない。
ここからは、ジャロンさんに任せて、俺は屋敷の調査だ。
「あとは頼んだ(ひそひそ)」
「ええ。おまかせください」
俺は盛り上げ要員としてジャロンさんの背後でぴょんぴょん高く飛び空中で回転し、くだんの屋敷を覗く。
田舎の村にそぐわぬ立派な土壁の向こうにはいったい何が……。
俺は空中で腰をひねりながら、土壁の中を覗く。
……ん?
妙な屋敷だ。
3Dアクションゲームの街みたいというか、なんか迷路みたいというか、細い平屋一階建てがいくつか有って、『国』の字みたいになっているというか。
この辺りの異世界建築っぽくない。
もう1回ジャンプ。
建物の隙間の通路で、男達が何名か広場の方を気にしている。動いているから、目に入った。
なんか違和感あるぞ。
俺はもう1度ジャンプ。
ッ!
なんだあれは!
最初の2回のジャンプで気づかなかったことが自分でも意外なくらい、不自然な物がある。
敷地の奥の方に、直径が槍3本くらいの穴が開いている。
モンスターホール?!
モンスターホールが発生する際は地震もセットだ。
最近揺れていないということは古い穴?!
埋めずに放置しているだけ?
いや、おかしい。
穴が建物を避けて敷地内に発生した?
それにしては綺麗すぎる。
まるで、穴の周囲に建物を作ったかのような構造だ。
「あっ!」
穴のすぐ横に人が居る。
猿ぐつわをされて手を腰の後ろで縛られた獣人の子供が、人間の男に押されて、穴に落とされかけている。子供は抵抗しているようだが、体格が違いすぎる。
「やめろっ!」
俺は叫んだ。
子供を突き落とそうとしている男や、他にも屋敷の男達が視線を上げて俺に気づく。
一刻を争う事態だ!
だが、俺はジャンプ中でそろそろ空中で止まり、自由落下になるところだ。
落下してから獣人の子供を助けに行って間にあうか?
くそっ。駄目だ。そんな時間はない。
自由落下の速度は平等だ。
俺が地面に落ちる間に、突き落とされた子供が、穴の底に激突してしまう。
「うおおおおっ! ステータスオープン!」
俺はステータスウインドウを表示し、男の目を焼こうとする。
しかし、男は子供を穴に突き落とすために体の向きを変えてしまったので、俺に背を向けている。
くそっ。
今、あの子を救えるのは、俺しかない!
スキル『レベル1固定』で男のレベルを1にしても、大人の男と、獣人の子供のパワー差は埋まらないかもしれない。子供は普通に突き落とされてしまう。
俺が、なんとかするしかないんだ!
なんとかしてみせる!
「うおおおおっ! ステータスオープン!」
俺は体を丸めるようにしてひねり、足下にステータスウインドウを開く。
「うおおおおっ! いけえッ!!」
ガッ!
俺はステータスウインドウを蹴った。
そして、穴の横に落下。
成功した!
触れるステータスウインドウを作れた!
俺は獣人の子供を抱きかかえる。
「きゃあっ」
「え? あれ? うっ! お前、いったいどこから!」
男はようやく俺に気づいた。
空中から急接近したから気づかなかったのだろう。
「助けに来た。口をしっかり閉じて、じっとしてろ」
ドッ!
俺は子供をしっかり抱きしめ、再び跳躍。
さっき出したステータスウインドウを足場にして空中着地。
そこから自由落下をして、ジャロンさんの横におりる。
ジャロンさんが機転を利かせ、両腕を上下に開いて振り、俺へ視線を誘導した。
「わああああああああああっ!」
芸の一環だと思った村人達は大騒ぎの拍手喝采だ。
「すげえ! 子供が現れた!」
「え。どこから?」
「うそっ! ジャンプして下りてきたら子供を抱いている!」
「すげええ! かっけー!」
「なんで。なんで。あの子、どこから出てきたの?」
それでいい。お前たちは何も知らずに平穏に生きてくれ。
助けた子は、さっき俺が「口をしっかり閉じて、じっとしてろ」と指示したから、それを護って黙っている。
いきなり猛スピードで動いたかと思ったら、大勢に見られているんだから、怖いよな。
「ごめんね。大丈夫。怖くないから落ち着いてくれ」
俺は獣人の子にささやく。
それから、サフィに視線を向ける。
「タララ、ララ、ラ~ン♪」 ← 「この子を預けるから、こっち来い」の意
「みゃみゃみゃ、みゃ~ん♪ みゃみゃ~ん♪」 ← よく分かってない顔
「ヒヒヒ、ヒヒ、ヒ~ン♪」 ← 「この子を預けるから、こっち来いって言ってるんだよ」の意
「みゃん、みゃみゃん、みゃみゃん、みゃみゃ~ん♪」 ← 分かった顔
サフィが歌いながら近寄ってくる。
俺は獣人の子を丁寧にうやうやしく抱えてから、ゆっくり下ろしてサフィに渡す。
サフィが獣人の子を抱きしめる。
俺はサフィに向かって大げさに深々とお辞儀をしてから拍手をする。それから村人の前列に視線を向けると、その人たちも拍手をする。
拍手は広がり、今の行為が完全に、芸として受けいられたことを証明した。
しかし――。
「やめろやめろ!」
「騒がしくするな! 去れ! ここから去れ!」
「そのガキを返せ! こっちに渡せ!」
どやどやっと、ゴロツキが3人やってきた。屋敷の門から出てきたのだろう。全員、木の棍棒らしき物を握っている。
――待って!
当たり前のようにスルーしちゃったけど、メルディ、歌ってなかった?!




