正面衝突
「もう完全に日が出た。」
彼の目が最後に日の出を直に捉えたのはいくつの頃だっただろうか。昨晩の出来事をまだ受け止めきれずにいるシュウは、空中に括り付けられながら朝日を眺めていた。これはウーナに「準備があるからちょっと待って。」と言われて強制的に固定されたのだが、この時間はシュウにとって生き方を変えることへの覚悟の時間にもなった。過去に暗殺した人たちを出来る限り思い返し、これからどう生きたいか、生きるべきかを空想する。そのままシュウは宙に浮き続け、昼になった。ほとんど思考停止のような状態だったシュウの頭にもウーナに騙されたのかもという思考が芽生え始めた頃、眩く輝く何かが凄まじい勢いでシュウの背中に衝突した。
「何だ…」
胴体と両腕を括りつけられた状態だが何とか首を捻って後ろを見ると、そこには目を疑う光景があった。地面は大きく抉れ、岩は溶けてゆるやかに流れていた。そしてその中央に赤みがかって炎のように輝く金髪の、ガタイの良い女性が頭を押さえて倒れていた。まさか、あの女が衝突してこの破壊が起こったのかという信じがたい想像が脳裏に浮かぶ。まあ、ここは転生村だ。そういう力を持った人間がいてもおかしくはない。しかし本当に信じがたいのは、自分がそれだけの力を受けて全くの無事であるということだ。
「何だお前!!なんで浮いてんだ?てか誰だ?」
シュウがあっけにとられていると赤金髪の女がそう叫んでいる。目算で15mは離れているのによく通る声だ。しかしシュウはそれに応えず、幾ばくかの沈黙が続いた。
「話せないのか?…わかった。ウーナが連れてきたんだろ。」
女は時折そんなことを言ったが、シュウはやはり応えられずにいた。その沈黙を破ったのは、2人の頭の中に響いた楽し気な声だった。
『やあホムラ、それはシュウだよ。この後食事会開くから、聞きたいことはその時ね。』
周りに声の主は見えないが、声色や話し方からそれがウーナだとわかる。しかも、魔力探知が全く反応せず、つまりこれが魔法ではないということだ。それならこれがウーナの異界異能だということになるが、彼の不死性は異界異能由来ではなかったのだろうか。
『正解はどちらも、だ。僕の異界異能は《神羅の器》って言って万能、いや、全能の力だ。ちなみにこの念話は神託と呼んでるよ。』
雑な説明だが、実際何でもできるのだろうとシュウは納得感を得た。昨晩の異質な存在感はそれを信じさせるのに十分な証拠だった。
「え、食事会?聞いてないけど?」
2人はちょうど同じタイミングでそう言った。
太陽が高く昇る真昼時になり、シュウはようやく空中磔から解放された。幸い、潜入活動の経験のおかげで同じ姿勢でずっと固定されても体が痺れたりはしない。体を上手くひねって着地する。壁と壁の狭い隙間を唯一の通路として利用した6年前の暗殺のことを思い出しながら周りを見渡すと、ホムラとの衝突で生まれたはずの穴があった位置に、昨晩ウーナを襲ったあの建物があった。
『おいで~。』
ウーナの声、もとい神託に従いシュウはその建物に入っていった。
扉を開けた先には、建物よりも大きな空間が広がっていた。転移か、またウーナの異界異能による現象なのかはわからない。わからないので、もう考えないことにした。ともかく、目の前には円卓があった。2、30人は座れそうな大きさだが、誰もいない。ただ1つ、椅子が置いてあるのみだった。
『さあほら座りな。迷える人の子よ。』
シュウは神託に従う。すると目の前、そして円卓全体に豪華な食品の数々が出てきた。見覚えのある料理の方が少ないほど、その種類は多様であり、それでいてどれもおいしそうだった。そして、人も現れた。円卓の周りにおよそ20人ほど、これまた多様だった。シュウは緊張から魔力探知を発動していたが、その効果は鈍い。見ると昨日の大男がちょうど向かいの辺りに座っていた。さらに見渡すと、先ほどぶつかってきた女に、昨晩結界手前で追いかけられた奇妙な杖の少女、そして隣にはウーナがいた。目が合ったと思ったその瞬間にウーナはすぐに立ち上がった。シュウに何かを考える暇は与えられなかった。
「やあみんな!!これから、新入居者歓迎会を執り行う!!彼はシュウ、僕を一度殺した殺し屋だ!!」
ウーナは声を張ってそう言った。腕を組み、静かにこちらを見ている者、興味なさそうに天井を見上げている者、既に食事に手を付けている者と反応は様々だったが、次の瞬間左隣の男が口を開いた。
「災難だったな。」
それは静かに低く落ち着いた鈍く重い声だった。大まかに切りそろえられた短く黒い髪、少し皴の滲む顔、鋭く落ち着いた目、そこそこに鍛えられた体、あまり目立たない容貌だが、表情も振る舞いも、およそ普通の人間ではないとシュウは感じた。
「そうかな。俺は昨晩ウーナを、ここにいる者を殺しに来たんだ。生かされてるだけで奇跡みたいなものだよ。」
その言葉に、男は少し口角を上げた。
「俺はザック。これまでお前が何をしてきたかに興味はない。気にするな。よろしく。」
ザックはそう言って、手を差し伸べた。シュウはその手を自然と取った。そうなる寸前まで、シュウは自分は躊躇うものだと思っていたが、そうはならなかった。目か、それか仕草か、ともかくどこかにそこはかとない親近感を感じた。とても、2度目の恵まれた人生を華々しく歩んだ人間とは思えない哀愁のようなものだった。
「やっぱり、ザックは合うと思ったよ。面倒見てやれよ。あとシュウ、あそこの背の低いリーランというのにも後で話しかけな。合うと思うよ。」
突然ウーナが口を挟んだ。
「じゃあ皆!!シュウはこういうやつだ!!この村に住むからよろしく。」
息吐く間もなくウーナは話を続けた。
「そうだな。自己紹介しておくか。」
唐突に、自己紹介が始まった。あまりに適当でハイテンポな話の進め方にシュウは置いてけぼりだったが、それにもかかわらず時計回りに進んでいった。怒涛の展開でほとんど聞き流してしまったが、昨日の大男と長杖の少女、赤金髪の女とザック、他数名は印象に残った。
「レオだ。《過剰魔力》という能力を持っている。筋トレが好きだ。よろしく。」
膨大な魔力を持つ大男はこんな感じで、無愛想というか、無関心というか、そんな感じだった。レオと言う名前は最近『灰燼の魔王』を倒した転生者の名前と一致する。彼がそうなのだろう。
「トリア="クラシス"=リーパス。《万象を覗く瞳》という異界異能を持つ魔術師だよ。」
奇妙な杖の少女はこうだった。異界異能についてはわからないが、確か大昔に魔法に関する学問を立ち上げたとか、そういった功績があったはずだ。杖を持っているから魔法士だと思っていたが、魔術師であるなら本職は研究なのだろう。
「ホムラ=シエンだ!!異界異能は《炎神の加護》!!戦うのが好きなんだが、お前結構強いだろ!!後でやろう!!」
炎のような女はこんな感じだ。勢いが凄くて、シュウの苦手なタイプだった。この後の戦いをどう断るかをずっと考えていた。
「さっきも言ったが、ザックだ。異界異能は《隠れ兜》。よろしく。」
ザックは先ほどと比べて少し笑みを浮かべているように見えた。しかし、それ以上のことは読み取れなかった。他にもトゥテルと因縁のあるリーランや、異界異能について話さなかったシュウより年下に見える少女のカンナなどは記憶にある。
「じゃあこれで全員かな。後は私が自己紹介すれば終わり。」
ウーナがそう言って立ち上がる。しかし、一人称のコロコロ変わる人だ、とシュウは思った。
「僕はウーナ="クラシス"=ミュース。《神羅の器》であり最初の転生者、そして初代勇者であってこの村の長だ。言っておくけど、私がその気になれば君がこの世のどこにいようと殺すことができる。逆に言えば、君が生きているということは僕が君を受容しているということだあ。安心していいよ。」
その発言は、普通の人が言えば傲慢や過信そのものだ。しかし、ウーナに限ってはそうではない。シュウは直感でそのことを理解していた。