知らない天井
「頭が、痛い…」
シュウは知らない天井の下で目を覚ました。周りを見渡すと、窓のいくつかある木製の部屋だった。かなり大きなベッドに寝ている。ふと、窓から差し込む柔らかな光が眼窩の奥を突いて痛む。目が覚めるにつれ、頭痛と眩暈、吐き気、喉の渇き、【影送り】の副作用とは別の、慣れない不快感に気づいた。シュウは霧のかかったような頭の中で、その原因を探った。
昨日、シュウはウーナに招待されて歓迎会に出席した。そして皆の自己紹介が始まり、そしてシュウも自己紹介をした。
「俺はシュウ、トゥテルの暗殺者です。」
ただそれだけのことだった。しかし、これだけのことでさえシュウには初めての経験だった。反応はやはり様々だが、それまで興味を示していなかったリーランがトゥテルという言葉を聞いた瞬間、ほんの一瞬視線が自分の方に向いたのを、シュウは見ていた。
その後は、食事が始まった。自己紹介の間にも食べ進めていた数人によって、この時にはもう卓上の半分が空の皿で埋まっていた。幸いなことにシュウの目の前にある皿はまだ無事だったため、シュウはそれを手に取り食べた。
それは何やら柔らかかった。また、別のそれは硬く、咀嚼に苦労し顎が疲れた。辛く、甘く、苦く、味が濃かった。シュウの手が届く範囲だけでも、色々な種類があった。シュウは1つずつ、一口ずつ確かめるように食べていった。シュウの記憶には特に、カレーというものが印象深かった。いつも食べている携帯食料と硬度が近く、食べていると不思議と体温が上がった。その感覚は、暗殺直前の集中状態に近かった。その感覚にシュウが動きを止めた時、声をかけたのはザックだった。
「辛いか?水、飲めよ。」
ザックは水の入ったカップを差し出した。シュウは頷きながら、それを受け取り飲んだ。水だけは、いつもと変わらない味がした。ザックと話したのは、この日はこれが最後だった。
シュウが食事の手を止めた頃、料理人の恰好をした男が巨大なワゴンを押して来た。男は円卓をひっくり返して空き皿をまとめ、円卓の着地と同時にワゴンから料理を取り出し配膳した。その動きは素早く、緻密で、皿のぶつかる音は周期的なリズムを刻んで、瞬く間に円卓は再び料理で埋め尽くされた。一部の住人は活気を取り戻していた一方、シュウはもう食欲を失っていた。
そしてシュウは再び、住人たちの観察を始めようとした。しかしその瞬間、レオが立ち上がり、シュウの方へと歩み寄ってきたことで注意はそちらへと集中した。
「鍛えてるか?」
レオは尋ねた。シュウは鍛えていなかったので、そう伝えた。
「やっぱりそうか。鍛えようとは思わないのか?」
レオは重ねて尋ねた。シュウは鍛えようとは思っていなかったので、そう伝えた。
「筋肉が必要になったら、俺に頼れよ。」
レオはそう言って離れた。変な人間だが、攻撃性や悪意を感じない。昨晩の暴力的な魔力から得る印象と比べて、かなり穏やかだ。レオが離れた直後、先ほどの料理人が空き皿の片づけを終えてこちらに来た。その手には小さな皿があった。
「どうも、新人君。アイスクリームは好きか?」
「アイスクリーム?それのこと?」
「ああそうだ。食ったことないか。お前牛乳は飲めるか?飲める?なら大丈夫だ食ってみろ。美味いぞ。」
間髪入れずに話したため、シュウは頷くことしかできず必然的にそれを受け取った。
「見た目は…例える物も浮かばないな。」
一言呟き、一口。ちょっとした爽やかな香りと冷感が口に広がり、飲み込むとじんわりと馴染み消えていく。ミントアイスに近いそれは、シュウの口に合ったようだ。
男は豪快な笑みで強く頷いた。
「改めまして、俺はビリー=クック!!俺がこの世界で生み出した料理は1000品以上!!古今東西、異世界まで!ありとあらゆる料理を網羅した史上最高の料理人だ。よろしくな!!」
楽しそうに自己紹介をして、ビリーは去った。そのまま席に着くかと思いきや彼は一度部屋を出て、すぐ戻ってきて、次の料理を振る舞おうとした。それらもまた円卓の上に並ぶ料理と同様に多様で美味しそうだったが、もう満腹なシュウは丁重に断った。そして今度は悲し気に、ビリーは去った。シュウはそのまま、残りのアイスクリームを食べた。あれからほとんど時間が経っていないと言うのに、卓上は再び空の皿で埋め尽くされかけていた。
「新入り!!アイスは美味いか!?」
円卓の反対側から声が聞こえた。鼓膜がビリビリと震えるようなあまりに大きい声だった。その声の主は、一跳びでシュウの目前に躍り出て、卓上から見下ろした。派手な赤みがかった金髪に、レオに勝るとも劣らぬ筋量、そして立ち上る熱気、ウーナの見透かすような瞳とは違い、殴りつけてくるような視線。圧力の塊だった。
「お前、全然食ってないじゃん。腹減ってないのか?」
「俺は十分食べた。」
「じゃあ、一戦やるか!」
この瞬間、ザックが突然割り込んだ。
「おいホムラ。お前のそれは悪い癖だ。時と場合を選べ。」
「ああ?新入りはやりたがってるかもしれないだろ?」
「顔見ろ。あと【気炎】が声に乗っててうるせえ。」
「それはごめん。」
そして、ホムラと呼ばれたその女は卓上に座った。天井を仰ぎながら、ホムラは顎に手を当て、頭に手を当て、首を捻り、口をポカンと開けて何かを考えている様子だった。
「よし。酒だ。新入り酒呑め。これならいいだろザック。」
「まあ、酒ならいいか。」
これより後のことは、シュウは思い出せなかった。そして、シュウの頭痛はより酷くなっていた。




