閑話㉗ー7 裏切りの末路――最期の時――
瑛士たちや飯島が動き出す少し前、真っ暗な通路を何かを呟きながら歩く女性の姿があった。
「ふう、思ったよりも遠かったわね……」
先に八階層に足を踏み入れたのは遥香だった。彼女が現れたのは九階層に続く出口であったが、そんなことを知る由もなかった。久々に感じる光に顔をしかめると、周囲を見渡しながら状況を確認する。
「今まで暗いところにいたせいか、めちゃくちゃまぶしく感じるわね……でも、あんな閉鎖空間とおさらばできてよかったわ」
目を細め、久しぶりに感じる緑の匂いや風を感じていると、すぐに顔を左右に振って真剣な顔になる。
「もっとゆっくり味わっていたいけど……ここから脱出すればいくらでも感じられるんだもん……もし、私の計画を邪魔するものがいれば、全員排除すればいいわ」
野心に満ちた目でフロアの中央に陣取るモンスターを睨みつけると、怪しげな笑みを浮かべて呟く。そして、飯島から託された機械を持ち、フロアに足を踏み入れる。次の瞬間、招かれざる侵入者に鋭い視線を向けたモンスターたちだが、すぐに興味を失ったように振り返る。その姿を見た彼女は悔しそうに唇をかみしめると、怒りをあらわにする。
「は? どういうこと……私の存在に気が付いていながら、興味がないってこと? モンスターの分際で、人間様をバカにするとはいい御身分ね」
遥香の目には怒りの炎が宿り、飯島から受けた警告などすっかり吹き飛んでいた。
「飯島とかいうやつは『刺激しないように』とか言っていたけど……あからさまにバカにされたら黙っていられないでしょ……どっちが上位の存在なのか、はっきりとわからせる必要があるわ!」
頭に血が上った遥香は飯島の忠告など気にも留めず、殺気を乗せた視線を飛ばす。しかし、モンスターたちは彼女のことなど気に留めることなく、無視を決め込んでいた。その態度が彼女の怒りを爆発させた。
「ふざけないでよ! こうなったら意地でもわからせてやらないと……」
ズボンのポケットに手を入れると、隠し持っていた携帯用ナイフを取り出す。銀色に輝く刃を出し、モンスターたちのもとへ駆け出そうとした時だった。
「は、遥香なのか? お前、いったい何をしようとしているんだ……」
背後から聞き覚えのある声が聞こえ、思わず振り返るとそこには廃人となっていた賢治が立っていた。
「誰かと思えば……廃人同然になっていたあんたがいまさら何の用なのよ?」
「お前、まさかそんなナイフだけでモンスターに襲い掛かろうとしているんじゃ……」
「だったら何よ? あんたには関係ないでしょ。私は早く終わらせてすべての自由を手に入れるんだから!」
乾いた笑みを浮かべながら話す遥香を見て、目を見開いて固まる賢治。
(ほ、ほんとにあの遥香なのか……こんな欲望に忠実に動くような奴じゃなかったはずだ)
目の前にいる彼女の変わりようを受け入れられず、口を金魚のように動かす賢治。何か声をかけようと試みるが、まるで言葉にならない。そんな彼の姿を見て、遥香は標的をモンスターから彼に変える。
「何が言いたいのかわからないけど……あんたも私の邪魔をしに来たのね。邪魔者は全員排除しないと……飯島も言っていたけど、ここなら証拠も何も残らないってね!」
「な……お前、まさか飯島と話したのか!」
遥香の口から飛び出した人物の名を聞き、賢治が驚いて叫ぶ。すると、不敵な笑みを浮かべて上機嫌そうに彼女は答える。
「そうよ! アイツから直々に依頼されたの……腑抜けていたアンタと違ってね!」
「チッ……そういうことか。俺に依頼してきた奴も飯島の手先というわけか」
「は? あんたに依頼するなんてよほど間抜けがいたようね……でもいいわ、ここは治外法権……モンスターごと目撃者を葬り去ればいいだけよ!」
言い終えた遥香の顔は狂気に歪み、かつてのような優しい雰囲気は消え去っていた。手に持ったナイフを口元に当てると、舌で舐めるように刃先をなぞる。
「どうにかしてお前を止められないかと思っていたが……手遅れか。だが言っておく……お前も俺もヤツに騙されているんだ!」
「だから何? そもそもアンタが私を狂わせたんでしょ? もう遅いのよ! 騙されているというのであれば、アイツも排除すればいい……それだけよ! 邪魔をしないで!」
狂ったように叫んだ遥香が頭を左右に振ると、ナイフを左手に持ち替えて飯島から渡された機械を取り出す。そして、そのままモンスターの群れに向かって駆け出すと、ナイフを振りかざす。
「バ、バカ野郎!」
駆け出した姿を見て、すぐに賢治も後を追って走る。しかし、落ちた体力と草むらが相まってどんどん差が開いていく。
「あはは! こんな猿のようなモンスターに私が負けるわけがない! 見てなさい、私が勝つ……」
「キシャ―!」
勝ち誇ったように彼女が声を上げた瞬間、それまで興味なさげにしていたモンスターが一斉に咆哮を上げる。すると、二人の視界が一気に暗転し、全身を切り刻まれるような感覚と激痛が襲う。
「う……そ……でしょ……わ、私はこんなところで……」
「は、遥香……し、しっかりしろ……」
全身から血を流しながら意識が途絶える賢治と遥香。そのまま地面に倒れ込み、微動だにしなくなり、再びフロアが静寂に包まれる。
いったい二人の身に何が起こったのか? この時、一台のドローンカメラがすべてを録画していたとは――誰も知らなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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