閑話㉗ー8 Xデーまでのカウントダウン④
飯島や賢治たちが迷宮で暗躍していた頃、会議室で黙々と書類を作っていた桜井の元に血相を変えた部下が飛び込んできた。
「か、課長! 大変です!」
「なんだ? 部屋に入る時はノックしてから入れと言われているだろうが!」
いきなり飛び込んできた部下に対し、明らかに苛立ったように返事をする桜井。あまりの迫力に慌てていた部下も一瞬怯んだが、顔を左右に振って改めて話しかける。
「す、すいません……それよりも課長、なんでそんなに苛立っているんですか?」
「あ? 見てわからないか? これだよ、これ!」
不機嫌そうな顔で部下の前に書類を突き出す。そこに書かれていたのは、先日捜査中に壊した備品の始末書の山だった。
「あーまた壊したんですか……しかも備品じゃなくてお客さんの商品までやるとは。さすが始末書キングの名は伊達じゃないですね」
「あ? その不名誉な名前で呼ぶんじゃねーよ」
納得したような顔で話しかける部下に対し、桜井は鋭い眼光を向けると声を荒げる。しかし、彼はそんな視線を気にすることなく、ため息を吐きながら口を開く。
「今に始まったことじゃないですか。今までどれだけ自分がフォローしてきたと思っています?」
「う……」
「フォローしなかったらこんな枚数で済まないですよね? だいたい課長は実力がある癖に、周りを見る目がなさすぎるんですよ……この間も迷い猫を捕獲したと思ったら、ケージの反対側を締め忘れて逃げられ……」
「や、やめてくれ! アレは違うんだ……」
頭を抱えて机に突っ伏してしまう桜井。数日前、飯島の件で関係先に聞き込みをしている時に、飼い猫が逃げてしまって泣いていた子供に声をかけたことがあった。もともと正義感の強い彼は、子供が泣いている姿を見過ごすことはできなかった。その日の予定をすべてキャンセルし、猫探しに奔走することになった。
「まったく……あのときだって、所轄の交番に相談して動かせばよかったじゃないですか」
「……仕方ないだろ、やるって言ってしまったんだし」
気まずそうに顔を背け、小声になっていく桜井。しかし、部下は腕を組むと大きなため息を吐きながら話を続ける。
「ほんとケージも無く、捕まえに行こうとするし……まあ、幸い本署が近かったのですぐに取りに帰れたから良かったですが」
「ま、まあ結果オーライじゃないか……」
「どこがですか? 後先考えずに動くのは今に始まったことじゃないですが」
部下からの火の玉ストレートに何も言えなくなる桜井。
「それにやっと見つけて俺が捕まえようとしたのに……大声を出してびっくりさせるわ、ケージは開けっぱなしで逃がすわ……もうちょっと落ち着いて行動できないんですか?」
「……」
正論パンチを喰らい過ぎて何も言い返せず、椅子にもたれかかる桜井。そんな彼の姿を見た部下は、小さくため息を吐いてフォローし始める。
「まあ、何事にも全力で取り組もうという姿勢はみんなわかっていますが……」
「そ、そうだろ! だから少しくらい……」
「その少しが少しじゃないって言っているんです!」
「は、はい……すいません……」
桜井の顔が明るくなり調子に乗ろうとしたタイミングを見逃さず、しっかり切り捨てる。もうどちらが上司かわからなくなってきたタイミングで、何かを思い出したように部下が声を上げる。
「まったく、こんなことを話している暇はないんですよ……ちょっと、飯島関連のことを洗っていたらこんな配信動画を見つけたんです……」
部下がスマホを差し出すと、そこには迷宮内部の様子が映し出されていた。
「これは……迷宮か? しかし、モンスターみたいなのが集まっている様子しか映ってないぞ?」
「画面を切り替えるのでよく見てください……」
部下がスマホの画面をスクロールさせると、見覚えのある男女が対峙している様子が映し出される。
「な……コイツらは!」
「ええ、行方不明になっている二人です……どうやら迷宮内に逃げ込んだみたいですね」
「なんということだ……それにしてもなんか険悪な雰囲気だぞ? 仲間じゃないのか?」
画面に映し出された二人は殺気立った様子で対峙しており、とても仲間であったとは思えない雰囲気だった。そして、桜井たちが画面を見つめていると、突然咆哮が響き渡って画面がブラックアウトしてしまう。
「お、おい! 何が起こったんだ?」
「わ、ちょっと課長! スマホを取り上げないでください!」
部下の持っていたスマホを取り上げようとした桜井に対し、体をひねって躱す。
「叩いたら直るかもしれないだろ?」
「そんなわけないですから! 大人しくしてください!」
暴れる桜井を躱しながら部下がスマホを見ると、驚いたような声を上げる。
「え、は? 課長! ちょっと落ち着いて見てください!」
慌てた部下が桜井の前にスマホを突き出すと、そこに映し出された光景に思わず言葉を失う。
「い、いったい何があったんだ……なぜ二人とも血まみれで……」
画面に映し出されていたのは、血まみれになって地面に倒れた二人の姿だった。その映像を見た桜井は長年の経験から、もうすでに手遅れだと直感的に感じ取った。
「い、いったい迷宮の中で何が起こっているんだ……」
桜井の理解を超えた光景にやっとの思いで言葉を絞り出す。着々と迫る家宅捜索の日を前に、彼らは深層にたどり着けるのだろうか……
最後に――【神崎からのお願い】
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