第9話 既視感を覚える瑛士
「ご、ご主人! 何を血迷っておるのじゃ!」
「え、瑛士くん! 何があったのかわからないけど、早まっちゃダメ!」
底の見えない大穴へ向けて歩き始めた瑛士に対し、ルリと音羽が次々と声を上げ始める。しかし、当の本人はまったく気にする様子もなく、そのまま穴に向かって進み続ける。
「だ、ダメじゃ! ご主人、奈落の底へ落ちてしまうのじゃ。今すぐ引き返すのじゃ!」
悲痛な声で叫び続けるルリに対し、大きくため息を吐くと額に手を当てて振り返る瑛士。
「お前らな……もうちょっと静かに見守るとかできんのか?」
眉間にしわを寄せ、少し苛立ったように声を上げる瑛士。すると真っ青な顔をした音羽が訴えかけるような声で叫ぶ。
「なんでそんな冷静なのよ! 黙って奈落の底へ落ちていく様子なんか見たくないの!」
「だから、なんで俺が落ちる前提で話が進んでいるんだよ……」
「どう見ても道なんてないし、あのまま進んだら大穴に真っ逆さまでしょ!」
必死に訴える音羽を見て、大きなため息を吐いた瑛士が呆れたように言い返す。
「あのな……じゃあ、穴の中心にいるルナはどう説明するんだよ? お前らの言い方だと説明ができないじゃないか?」
瑛士が指した先にいたのは、穴の中央付近で四つ足をついて顔を傾げているルナの姿だった。三人が大声で話している様子を不思議そうな顔で見つめていた。
「キュー? キュキュ?」
「あ? 自分がどうかしたかって? 何でもないからそのまま待っていろ、すぐにそっちに行く」
「キュー」
返事を聞くと短く鳴き声を上げ、その場でおとなしくなるルナ。その姿を見ると、瑛士が音羽に問いかける。
「それでもう一度問うが……なんであいつのことは何とも思わないんだ?」
彼が問いかけると、少し焦った様子で音羽が答える。
「それは……あれよ! ルナちゃんは特別な訓練を受けているから大丈夫なのよ!」
「特別な訓練ってなんだよ! そんな訓練を受けていたなんて聞いたことがねーぞ!」
音羽の言葉を聞き、思わず声を荒げる瑛士。すると今度は黙って聞いていたルリが声を上げる。
「ご主人、落ち着くのじゃ。たしかにルナは特別な訓練を受けたことなどないのじゃ」
「そりゃそうだろ……」
呆れたように言い返す瑛士に対し、腕を組んで頷きながらルリは語り始める。
「まあ、普通のウサギよりも少しだけ運動神経と知能が高いのは知っておるじゃろ?」
「……少しどころじゃないと思うが?」
「細かいことは気にするでないぞ? そんな問題は些細なことなのじゃ」
胸を張って答えるルリに対し、大きく肩を落としてため息をつく。すると彼女は急に真剣な声で声を上げる。
「ご主人、これはすごく大事な問題じゃから心して聞いてほしいのじゃ」
「な、なんだよ……急に真剣な顔になって……」
あまりの豹変ぶりにただならぬ気配を感じ、思わず身構える瑛士。ルリの迫力に圧され、音羽も真剣な表情で見つめている。そんな二人の視線を受け、小さく息を吐いて口を開く。
「ご主人、もし大穴に落ちてしまったら……」
「落ちてしまったら?」
「誰がわらわのモーゲンダッツや部屋の掃除をするのじゃ!」
拳を握り締めて大声を叫ぶルリに対し、豆鉄砲を食らったような顔になる瑛士。
「自分でやれや! なんで俺がアイスを補充することになっているんだよ!」
すぐ正気に戻った瑛士が大声で叫ぶと、ルリが不思議そうな顔で問いかける。
「は? なんでそんなに怒っておるのじゃ? わらわのアイスがなくなったら大変じゃろうが」
「自分で買ってこいや! だいたいなんで俺が部屋の掃除までやらなきゃいけないんだよ! 普段でも『配信で忙しいから入るのは禁止じゃ!』って言っているじゃねーか!」
「ふむ……わらわのような美少女の部屋に勝手に入るには、許可がいるのじゃよ。ね、音羽お姉ちゃん?」
ルリが黙って聞いていた音羽に声をかける。すると彼女は深く頷くと、口を開く。
「そうね、ルリちゃんの言っていることは間違っていないわ。私たちのような年頃の部屋に、異性が無断で侵入するなんて言語道断……ちゃんと事前に申請書を出して、許可を受けてもらいたいものだわ」
「申請書ってなんだよ! そもそも許可もくそもお前らは居候の身だろうが!」
フロアに瑛士の絶叫が響くと、二人が大きく頷きながら話し続ける。
「ルリちゃん、聞いた? 居候の身だって」
「うむ、聞こえたのじゃ。まったく……立場というものをわかっておらんようじゃのう」
わざと聞こえるような声で話し始める二人に対し、大きく口を開けて固まる瑛士。そんな彼のことなど気に留めることなく、会話を続けるルリと音羽。
「だいたい、私たちのような美少女と一緒に住んでいるだけでもご褒美なのに」
「本当にわかってないのじゃ。下僕どもが聞いたら発狂して収拾がつかなくなるというのにな」
「そうよ。私たちは間借りしてあげているだけなのにね」
なぜか盛り上がり始める二人の会話を聞き、大きく肩を落としながらため息を吐く瑛士。
「なんで家の主人より、同居人のほうが強いんだよ……」
大きなため息を吐き、ヒートアップする二人を見ると何かを決心したような顔になる瑛士。
「さてと……アイツらに付き合っていたら終わるものも終わらないからな」
顔を左右に振り、ほほを両手で叩くと二人を無視して動き始める瑛士。
動き出した彼の行動は吉と出るのか凶と出るのか?
最後に――【神崎からのお願い】
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