第6話 ルリの意図と幻影魔法
「そのうち分かるから大丈夫じゃよ」
不思議そうに顔を傾げている音羽に対し、ルリは笑みを浮かべて答える。すると瑛士が歩いていった方向ではなく、反対方向へ進み始める。
「ちょ、ちょっとルリちゃん!」
光とはまったく違う方向へ歩き始めたルリを見て、慌てて声をかける音羽。
「ん? どうしたのじゃ?」
「どうしたのじゃって……ルリちゃんはいったいどこに行こうとしているの? そっちには何もないわよ」
声をかけられて立ち止まったルリが振り返ると、顔を傾げて呆気にとられたように答える。
「ああ、そのことならわかっておるのじゃ」
「そう、わかっている……ってどういうことよ! だって光があるのはまっすぐ行った方向だし、ルリちゃんが進もうとしている場所は草が生えているだけというか……」
音羽が指摘したように進もうとしている先は、先ほどの爆発に巻き込まれなかったエリアだった。一見するとただの草原が広がっているように見え、何かおかしな点があるようには見えなかった。そんな彼女の考えを見透かしていたのか、ルリは小さなため息を吐いて答える。
「はぁ……音羽お姉ちゃんなら違和感に気がつくと思っておったのじゃが、少し難しかったかのう?」
「は? 違和感? なんのことを言っているのかさっぱりわからないわよ……」
掌を空に向けて胸のあたりで振るルリに対し、豆鉄砲を食った鳩のような顔をしている音羽。まったく話が通じない様子を見て、呆れた様子で話しかける。
「まあ、いろいろあったから音羽お姉ちゃんも混乱しておるのじゃろう。そうじゃな……今立っているところで、フロアを見渡すように一回転してくれんか? できる限りゆっくりで大丈夫じゃ」
「え、うん……わかったわ」
ルリに促されてその場でゆっくり回り始める音羽。
(別におかしなところなんてなかったと思うけど……ルリちゃんは一体何を言っているのかしら?)
彼女が言っていることが理解できず、言われるがまま視線を動かす。するとゆっくり体を回し始めた時、すぐに違和感が襲いかかってきた。
(あ……れ? なんかすごく変な感じがする……瑛士くんって私たちがいたところから、まっすぐ歩いていったはずよね? なんで反対方向にいるの? それにルリちゃんが向かおうとしていたところだけきれいな草原が残っているってどういうこと?)
半周したところで意味がわからず固まってしまう音羽。何度首を振って状況を整理しようとしても、まったく頭が追いついてこない。そんな彼女の様子を見て、ルリが笑みを浮かべて話しかける。
「音羽お姉ちゃん、どうしたのじゃ? すごく不思議そうな顔をしておるぞ」
「えっと、まったく意味がわからないんだけど……私は最初にいた場所から、一歩も動いていないわよね?」
「うむ、動いておらんのじゃ」
ルリの返答を聞き、ますます意味がわからなくなる音羽。
(やっぱり私は動いていない……ということは、景色のほうが動いているってこと? でもルリちゃんがいる場所は変わっていないし……一体何が起こっているの?)
目を見開いて焦ったような表情に変わり始めると、腕を組んだルリが口を開く。
「ふむ、音羽お姉ちゃんもご主人もまんまと魔法に引っかかったようじゃな。八階層に入った時に邪眼猿と目が合ったじゃろ? ヤツらの幻影魔法に引っかかったというわけじゃ」
「は? 私がモンスターごときの魔法に引っかかっていたの?」
ルリの言葉を聞き、素っ頓狂な声を上げてしまう。そんな音羽の姿を見て、ルリは思わず吹き出してしまう。
「仕方がないのじゃ。ヤツらの魔法は知っていなければ、防ぐことは不可能じゃしな。本当であればこっそり教えるつもりじゃったが、そんな時間もなくて申し訳ないのじゃ。それでは解除するから、しっかりその目で見てほしいのじゃ……解呪」
短く呟くと同時に、全身から何かが抜けていくような感覚を覚える。すると、視界が急に歪み始め、ふらつきながら思わず目をつぶってしまう。慌ててルリが駆け寄って支えると、安心させるように呟く。
「ちょっと強めの魔法を使って申し訳ないのじゃ……でも、もう大丈夫じゃから目を開けてほしいのじゃ」
ルリに促されて音羽が恐る恐る目を開けると、先ほどとは違った光景が目に入ってきた。瑛士が進もうとしているところは、地面に穴が開いているだけで光も何もない。それどころかルリが向かおうとしていた場所に、天へ伸びる白い光の柱が立っていたのだ。そして、穴と光の中央のあたりに、黒焦げになったモンスターの屍が横たわっていた。
「ど、どういうこと? 光の柱ってあんなところになかったわよ……」
「そういうことじゃ。視界を歪まされておったのじゃよ。まあ、あの黒い塊が邪眼猿じゃったのじゃが……自慢の目を損傷し、自らの魔法に翻弄されるとは、なんとも言えない光景じゃのう」
「そうだったのね……それで、瑛士くんはあのままでいいの?」
何もない穴へ向かって意気揚々と歩く瑛士を見て、音羽が問いかける。すると、黒い笑みを浮かべたルリが呟く。
「あのままでいいのじゃ。少し前にわらわの許可なく勝手にアイスを食べおったのじゃ……少し痛い目に遭わせないと気がすまないのじゃ」
目の笑っていないルリを見て、背筋に冷たいものが走る音羽。
「食べ物の恨みは怖いっていうものね……」
「そういうことじゃ。さて、光のもとに進んで目的のものを回収するのじゃ」
胸を張って意気揚々と歩き始めるルリ。
はたして光の柱がある場所に何が眠っているのだろうか?
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