閑話㉖-7 もう戻れない場所へ……
「……というわけで、八階層へ向かわせるように仕向けたのです」
「なるほどね。まあ上出来じゃない」
アイスを頬張りながら上機嫌で飯島が答える。すると険しい顔をした紀元が口を開く。
「博士……人の話をちゃんと聞いていました?」
「ほえ? 聞いていたわよ。あ、ちょっと待って、頭がキーンとして……」
こめかみに手を当てると眉間にしわを寄せて答える飯島に対し、呆れたような顔で紀元が話しかける。
「だから、アイスを食べながらはやめましょうって、言ったじゃないですか……」
「だってアイスに罪はないし、食べないといけない使命があるの。そんなタイミングで話しかけてくるほうが悪いのよ!」
めちゃくちゃな暴論を振りかざす飯島に対し、意に介さずといった様子で適当に相槌を打つ。
「はいはい、そうですねー。それは大変でしたー」
「む? 心底バカにしているように聞こえるんだけど?」
「そんなことないですよー。呆れているだけです」
「きー! やっぱりバカにしているじゃない! 私を誰だと思っているのよ!」
やる気のない返事を繰り返す紀元に対し、スプーンを加えた飯島が金切り声を上げる。すると即座に両手で耳をふさぎ、大きなため息を吐くと反論を始める。
「別にいつものことですから、何とも思っていませんよ。ただ早く本題に答えてほしいだけです」
「本題って何だったかしら? 新発売のアイスレビューについてだっけ?」
すっとぼけたように飯島が答えると、目の前にある机を勢いよく叩いて紀元が声を荒げる。
「違うでしょうが! さっきも言いましたが、賢治とかいう男がいろいろと感づいているって話です!」
「へえ……遥香って女は何も気が付いていなかったけど?」
「そうなんですか? てっきり知っているものだと思っていました……男性のほうは迷宮から出られるとは思っていない感じでしたし」
紀元の話を聞き、アイスを一気に食べ終えると小さく息を吐いて口を開く。
「まあいいんじゃない? 可能性はゼロじゃないんだし……まあ、女のほうが暴走しなければっていうことが大前提だけど」
「は? どういうことですか?」
彼女が言っている意味が分からず、紀元が顔を傾げている。すると怪しげな笑みを浮かべた飯島が口を開く。
「男のほうが何を考えているのかはわからないけど、女のほうは野心むき出しだったからね。隙あらば逃げ出してやろうって」
「うわ……ほんとですか……そんなヤツに任せて大丈夫なんですか?」
顔を引きつらせながら問いかけると、飯島が胸を張って答える。
「大丈夫よ。だって……絶対にうまくいくはずがないんだもん」
「は? どういうことですか? 全然意味が分からないのですが……」
「そんなの簡単よ。二人に渡した機械では、八階層のモンスターを欺くことができないんだもん」
あっけらかんと話す飯島を見て、大きく口を開いて固まる紀元。そんな彼の様子を見て、呆れたように話しかける。
「あの階層だけちょっと磁場が変というか、機械の調子がおかしくなるのよ。何度やっても原因がよくわからなくてね。まあ、こっちから変なことをしなければモンスターどもも襲ってこないし。それに……あの女、男のほうに相当恨みを抱いていたみたいだから、結末は相打ちが妥当なところじゃない?」
「なるほど……たしかに『私は悪くない』って感じでしたもんね」
話を聞いた紀元が大きく頷くと、飯島が笑みを浮かべて話しかける。
「そうそう。なかなかいい性格しているのよね。まあ、あの階層に何かあるのはわかっていたし、犠牲を出すなら奴らで十分よ。どうせ社会のゴミなんだから」
「まあ、その言い方はどうかと思いますが……」
「間違ってないからいいの。それに、瑛士くんたちも何か企んでいるようだし……ちょっと新開発の機械を試してみたかったのよね」
言い終えた飯島から発せられるオーラが一気に変わり、紀元の背筋に冷たいものが流れ落ちる。
(こ、この感じは絶対やばい奴だ……だが、俺は何かを期待している?)
「へえ? あんたも楽しそうじゃない?」
飯島に指摘され、紀元が顔に手を当てると自分が無意識に笑っていたことに気付く。
「あれ? なんで俺は笑って……」
「あんたも分かっているってことでしょ? 瑛士くんたちにちょっかいはかけるけど……お楽しみはそのあとでしょ? 転移装置に引きずり込んでから」
「な……ばれていたのですか?」
言葉を聞いた紀元が口を大きく開けて驚いていると、勝ち誇ったような顔をした飯島が答える。
「当たり前でしょ? 人類未到達のエリアに飛ばしてからが本番よ……私の最高傑作たちが遊んであげるのよ……もちろん、私も行くわ。以前はできなかった実験を試せるチャンスですもの」
飯島の高笑いがモニタールームに響き渡ると、つられて紀元も笑い始める。
「ふふふ、もう戻れないところまで踏み込んでしまいました……博士、何が起こるのかしっかり見届けさせていただきますよ」
「当然よ! まずはあのゴミどもを処分してからね……待っていなさい、瑛士くん。私が直々に声をかけてあげるんだから」
再び笑い声を上げると、立ち上がる飯島。そして、紀元と言葉を交わすと連れだってモニタールームを後にする。後に、この判断が大きな過ちだったと彼らが気付くことはなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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