閑話㉖-8 Xデーまでのカウントダウン③
飯島が迷宮内で暗躍していたころ、桜井が拠点を置く警察署内をあわただしく走り回る部下の姿があった。
「すいません、桜井課長を見かけませんでしたか?」
「いや、今日は見ていないな」
廊下をすれ違った刑事に声をかけるが、桜井の姿を見た者はいなかった。あまりの慌てようを不審に思い、部下の男性に問いかける。
「どうしたんだ? いつもの会議室にいるんじゃないのか?」
「自分もそう思ったのですが、書類を広げて電気もついたまま、忽然と姿を消したんですよ。この後、打ち合わせをする予定だったのですが……」
「ふむ。あいつがやりっぱなしでいなくなるのは、いつものことだからな。おおかた上の人間に呼び出されたとかじゃないか? 始末書キングって有名だろ」
「そうっすね……」
笑いながら話す刑事の言葉を聞き、複雑そうな表情を浮かべる。なんと返事をしていいのかわからず、乾いた笑いを浮かべていると背後から聞き覚えのある声が響く。
「誰が始末書キングだって?」
部下の男性が後ろを振り返ると、笑みを浮かべた桜井が腕を組みながら立っていた。彼の姿を見た刑事の男性は、ばつの悪そうな顔で声をかける。
「あ、やべ、聞こえていたのかよ」
「ばっちり聞こえているぞ。別に何を言ってもかまわんが、本人のいないところで話せよ」
「いや、まさかいるとは思ってなかったんだよ。それでどこに行っていたんだよ?」
「資料を探していてな。まあ、目的のものは見当たらなかったが」
問いかけられた桜井は一瞬目を逸らし、小さく息を吐くと答える。
(ん? この感じは……)
桜井の様子を見た部下がわずかな違和感を覚えるが、刑事の男性は気が付くことなく声をかける。
「そうか。何を探していたのかは知らんが、勝手にいなくなるのは良くないと思うぞ」
「そうだな。まあ署内にはいるんだから大目に見てくれ。それより、こんなところで油を売っていてもいいのか?」
桜井が笑いながら腕時計を指しながら話しかけると、不思議そうに時間を見た男性の顔から一気に血の気が引き始める。
「あ……やばい、会議があったことを忘れていた。げっ、あと三分しかない……じゃあ、またな!」
真っ青な顔をした刑事が廊下を駆けていく様子を見ると、桜井は大きなため息を吐いて呟く。
「まったく、人の心配をする前に自分のスケジュールくらい把握しとけっての」
呆れたように声を上げる桜井に対し、部下の男性は何かを確信したように話しかける。
「課長……なんで会議の時間を把握していたんですか?」
「ん? たまたまだ……それがどうかしたのか?」
一瞬だが言い淀んだ様子を見て、予測が確信に変わると一気に畳みかける。
「偶然じゃないですよね? だって他人のスケジュールなんて興味のない課長が、たまたま知っていたなんてありえないです。何を企んでいるんですか?」
「ちっ……昔から洞察力はピカ一だな……アイツが迷宮の捜査に首を突っ込もうとしていたから、刑事課の課長とちょっとお灸を据えてやっただけだ」
あっけらかんと話す桜井を見て、大きく口を開けて固まる部下。その様子を見て頭を掻きむしりながら、面倒くさそうに答える。
「あー実はむこうの課長から相談されていてな。未熟な若手が暴走しかけているから、協力してほしいと。飯島の件に関して、俺が闇を暴くと粋がっていたそうだ」
「あーなるほど……一筋縄でいくような相手じゃないのに……」
「そういうことだ。将来有望な若手をこんなところで潰すわけにはいかないからな」
遠い目をしながら呟く桜井を見て、感心したような目で見つめる部下。
(まったくこの人は……って、ん? 有望な若手?)
先ほど言った言葉に引っ掛かりを覚えた部下が、冷めた目線を向けて桜井に問いかける。
「課長、先ほど将来有望な若手と言っていましたが、自分もまだ若手だと思いますが?」
「……そんなこと言ったかな?」
露骨に目を逸らしてすっとぼける桜井。その姿を見て、淡々と問い詰めていく部下。
「飯島の事件に関わって、潰されたら困るって話ですよね? 自分はがっつり関わっているんですが、その点について詳しくお聞かせ願えませんか?」
「あーうん、そうだな……しまった! 急ぎの仕事が飛び込んできたことを忘れていた! こうしちゃいられない!」
目を泳がせながら答えていた桜井が急に手を叩き、反対方向へ一気に走り出す。
「あ! 逃げるのは卑怯ですよ!」
慌てて桜井の後を追いかける部下。署内を走り回る二人だが、たまたま出張から帰ってきた署長と鉢合わせて大目玉を食らうことになるとは……まだ気が付いていなかった。
――迷宮の家宅捜索まで残り五日――
最後に――【神崎からのお願い】
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