第9話 賢治が伝えたかったこと
「俺に伝えたいことですか……?」
賢治の言葉を聞き、眉間にしわを寄せて顔をしかめる瑛士。そんな彼の様子を見ると、どこか諦めたような表情になって小さく息を吐く。
「ふっ……いい顔をしているな。まあ、俺みたいな人間が急に伝えたいことがあるといっても、警戒されるに決まっている」
「……」
自虐ともとれる発言だが、瑛士には返す言葉がなかった。賢治のことをよく知っているわけでもなく、ましてやある事件の嫌疑がかかっている人物だ。本当に彼のことを信用してよいのかわからず、唇をかみしめて目をそらすことしかできなかった。そんな気持ちを見透かしたかのように口を開く。
「その表情を見ると、俺の犯したことを知っているようだな」
「……ええ。あなたと会った後、報道されたニュースを見ました」
「そうか……」
瑛士の言葉を聞いた賢治は短く返事をして、大きなため息を吐く。
「……軽蔑するだろ? そんなことをしないと生きてこられなかった情けない人生だ」
「それは……俺が判断することではありません」
「そうだな。今から話すことは信じるか信じないかは任せる……ただ、命の灯が消える前に伝えておかないと思ったんだよ……あの女の罠にはまる前に」
「あの女?」
口から出たあの女という単語を聞き、目をひそめる瑛士。その姿を見て何かを察した賢治は、真剣な表情になると声を上げる。
「その顔を見ると何か訳アリのようだな……まあいい、俺は知っていることを勝手に呟くだけだから……ゲホォ」
「だ、大丈夫ですか! 口から血が……早く手当てをしないと!」
口から血を吐いて肩で息をする賢治を見て、慌てふためく瑛士。そんな彼を制止し、話を続ける。
「……そんなことよりもしっかり聞いてくれ。俺に残された時間はそんなに多くないようだからな」
「そ、そんな……」
悲痛な表情で見つめる瑛士を気に留めることなく、小さく息を吐くと口を開く。
「俺たちは外の世界でいろいろやらかしていてな……そして、追われる身になって高飛びも考えたが、すでに道は塞がれてしまっていた。そんな時にある人物が接触してきたんだ……そいつは見た目こそ中学生のような容姿だったが、ずいぶんと高飛車な女でな。『私の研究に協力する気があるなら、あなたたちの望みをかなえてあげるわ』と言ってきたんだ……」
「……」
賢治の話を聞き、ある人物の姿が脳裏に浮かぶ。そんな瑛士のことなど気に留めることもなく、彼は淡々と話を続ける。
「逃げることに必死だった俺と遥香は、追い詰められていたからな……藁にもすがる思いでその話に乗っかったんだ……しかし、それは大きな過ちだったとも気が付かずにな。法律の届かない迷宮内での生活は快適そのものだった。食うことにも困らず、追っ手におびえる必要もなかった……まあ、モンスターどもと隣り合わせではあったが」
「そうですか……でも、どうして迷宮内で無事だったんですか? 奴らは話が通じるような相手ではないですよ」
賢治の話を聞き、引っ掛かりを覚えた瑛士が怪訝な顔で聞き返す。すると、彼はため息を吐いて、ズボンのポケットから小さな機械を取り出す。
「この機械があったからなんだ……仕組みはよくわからないが、これを持っているとなぜかモンスターどもに存在を認知されないんだ」
「しかし、八階層のモンスターには効果がなかった?」
「ご名答だ……おそらくヤツが何かしら細工をしたんだろうな。俺たちを相打ちにさせて、葬り去るために……」
すべてを悟ったような顔で語る賢治に対し、苦虫を嚙み潰したような表情になる瑛士。無言でこぶしを握る姿を見て、小さく笑うと語り掛ける。
「悔しい気持ちはわかる……だが、これは俺がまいた種だ……その表情を見る限り、話を持ち掛けた奴らと何か因縁でもありそうだな?」
「ええ。おそらく同一人物かと思いますが……」
肩を震わせて答える瑛士を見て、賢治は諭すように言葉を続ける。
「気持ちはわかる……しかし、俺のように人の道を踏み外すようなことはするな。二度と戻れなくなってからでは遅い……お前が恨みを抱いている人物と一緒かわからないが、ヤツは人間じゃない……悪魔そのものだ」
「ええ、わかっています……」
「それだけわかっておきながら、なぜ……立ち向かうんだ?」
どんどん膨れ上がる瑛士の殺気に押され、思わず賢治が聞き返す。すると彼はまっすぐな視線を向け、迷いのない言葉を告げる。
「自分と仲間を守るためです。たとえ人の道を踏み外しそうになっても、引き戻してくれる……だからこそ、やり遂げなければいけないんだ!」
あまりにも真剣に訴える瑛士の姿を見て、思わず目を見開く賢治。
「ふっ……俺にもこんなにまっすぐな時があっただろうか……本当にどこで道を間違えてしまったのだろうな」
脳内に過去の記憶が走馬灯のように流れ、思わず呟く賢治。
「瑛士くんだったか……最期に君に伝えておこう。俺に話を持ち掛けてきた人物の名を……」
「……」
真剣な視線を向けて訴える賢治を見て、並々ならぬ覚悟を感じると無言で頷く瑛士。
「俺に話を持ち掛けてきた人物の名は……飯……」
彼が名を告げようとした瞬間、一筋の光が二人の間を駆け抜ける。そして、そのまま賢治の額を撃ち抜き、一瞬で命の灯が消え去る。まるでスローモーションを見ているかのように力が抜けていく。その姿を見た瑛士が彼の体をゆすりながら必死に声をかける。
「賢治さん! しっかりしてください!」
いくら瑛士が声をかけても、賢治から反応が返ってくることはなかった。
彼の身に何が起こったのか……
最後に――【神崎からのお願い】
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