第6話 何かがおかしい八階層
彼女たちが八階層の入り口に立った時、目に飛び込んできた光景に思わず言葉を失ってしまった。草原のように遮るものがない空間の中央に、円陣を組むかのように猿に似た魔物が陣取っていたのだ。そして、その近くには鮮やかな赤い液体が飛び散った跡が残されている。
「なんでここにいるんだ? しっかり結界を張ったはずだぞ……」
彼女たちに怒号を浴びせたのは、こぶしを握り締め、全身を小刻みに震わせていた瑛士だった。
「なんでって……あんな結界で私を足止めできると思ったの?」
「時間稼ぎくらいにはなると思った……だが、二重に張った結界をこんな短時間で突破されるとは、想定外だったな」
少しいら立ったような口調で問いかける音羽に対し、苦虫を噛み潰したような表情で答える瑛士。すると、彼女は不思議そうに顔を傾げて声を上げる。
「は? 二重に結界を張った? 何を言っているの? 私たちが引っ掛かったのはループする結界だけよ」
「え? どういうことだ? 俺はそんな結界を張った覚えはないぞ……」
音羽が話した言葉を聞き、眉間にしわを寄せて聞き返す瑛士。話がかみ合わないことに疑問を覚えた彼女は、強い口調で問いかける。
「何を言っているのよ! 私とルリちゃんが何回ループしたと思っているの? 五分以上同じ場所を回らされたのに!」
「いや、ちょっと待て……俺がそんな高度な結界を張れるわけがないだろ! 俺がやったのは合わせ鏡のように姿が何重にも映ることで錯覚させるものと、素手では壊せない防壁を用意しただけだぞ?」
「へ? そんな結界なかったし、そうやって私のことを騙そうとしているんでしょ?」
「そんなことするわけがないだろうが! だいたい俺が魔法嫌いなのはお前がよく知っているだろうが!」
「そんなことくらい知っているわよ! じゃあ誰があの結界を……」
音羽と瑛士がヒートアップし始めた時、二人の横を素通りしたルリが悲鳴のような声を上げる。
「た、大変なのじゃ! モンスターの近くに誰か倒れているのじゃ……」
ルリの声を聞いて瑛士が額に手を当てながら、苦しそうな声を上げる。
「チッ……見られてしまったか……」
「ご主人、どういうことじゃ? 早く助けなければ!」
「はぁ……その気持ちはわかるが、状況をよく見てから物事は判断したほうがいい」
焦ったような声を上げるルリに対し、わざとらしくため息を吐いて答える瑛士。そんな彼の様子を見て、さらに苛立ったように声を荒げる。
「何が状況を見てから判断しろじゃ! もうご主人に任せてなんておれん!」
怒り狂ったルリがそのまま駆け出そうとしたとき、瑛士が彼女の両肩をつかんで引き留める。
「ご主人、離すのじゃ! わらわはいかねばならぬ!」
「そうじゃねーよ! 倒れている人物をよく見てから言え!」
両手足を動かして大暴れするルリに対し、大声で一喝する瑛士。今まで聞いたことのない怒号に思わず全身をびくつかせ、そのまま泣き声を上げ始める。
「ご、ご主人に怒られたのじゃ……わらわはなにも悪いことはしていないのじゃ……」
「……ったく、めんどくさいな」
泣き叫ぶルリと呆れたように額に手を当ててため息を吐く瑛士に見かねて、音羽が声をかける。
「もう、見てられないわ……瑛士くん、たしかに見られたくないものがあったかもしれないけど、ちょっと言いすぎじゃない?」
「そんなこと知るかよ……音羽だって、この状況を見たら同じ言い方になるだろ?」
気まずそうに顔をそむける瑛士が視線を向けた先にいたのは、地面に血を流して倒れる男女の姿だった。
「まあ、たしかに気持ちはわかるわよ。だけど、ルリちゃんだって何とかしなきゃって動こうとした結果じゃない? ただ……状況としては最悪としか言えないけどね……」
音羽が視線を向けたのは、男女のすぐ後ろに控える猿のようなモンスターの集団だった。
「よりによって凶猿王を筆頭に邪眼猿と影猿が取り囲んでいるとはね……ボスだけなら大したことないんだけど……」
眉間にしわを寄せた音羽が悔しそうに呟く。中央に陣取っている凶猿王の攻撃力は高くないため、そんなに強いモンスターではない。しかし、非常に頭が切れるため、ほかのモンスターを従えて戦いを挑むことがある。ましてや、目が合った者の理性を失わせる邪眼を持つ邪眼猿と、素早さと奇襲を得意とする影猿が数匹ずつ円陣を組んでいるのが厄介なのだ。
「わかったか? 今のところあいつらが何か仕掛ける様子もないし、敵意を俺たちに向けているわけではないからいいのだが……問題はその手前の二人だ。罠なのか本当にけがをしているのかがわからん……」
「確かにね。けがをしているのは間違いないけど、モンスターにちょっかいをかけたせいでこうなったとなると……慎重に行動しないといけないわね」
状況を飲み込めた音羽が険しい顔で答えた時、泣きわめいていたルリが落ち着きを取り戻して話しかける。
「うう、ひっく……なんじゃ? あの猿たちがそんなに厄介なのか?」
「ルリちゃん、大丈夫? 瑛士くんのことなら後でしっかり締め上げておくから気にしないでね」
「おい! なんで俺が締め上げられる前提なんだよ!」
怒りの声を上げる瑛士を無視し、ルリが音羽に声をかける。
「うーん……おそらく心配せんでも大丈夫みたいじゃぞ。むしろ早くあの二人を回収してほしそうじゃし……」
「は? どういうことだ?」
ルリの口から飛び出した言葉に思わず聞き返す瑛士。
彼女はどうしてそんなことを言い出したのだろうか?
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