第5話 たどり着けない八階層
いきなり走り出した瑛士を慌てて追いかけようとしたルリと音羽だったが、彼の姿は一瞬で暗闇の中に吸い込まれていった。
「ご、ご主人ってあんなに足が速かったのじゃな……」
「あそこまで速くはなかったと思うけど……あの慌てようは、八階層で何かあったのかもしれないわ」
「うむ……いやな予感がするのは間違いないのじゃ」
顔を見合わせると無言で頷くルリと音羽。すると足元から、急かすような鳴き声が響き渡る。
「キュー! キュキュキュ!」
「ニャ―! ニャニャ!」
ルナと翠が聞いたことのないような鳴き声を上げ、体を足に押し付けて何かを訴えかける。あまりに必死な様子に驚いたルリが声を上げる。
「ど、どうしたのじゃ? ちょっと落ち着くのじゃ」
困惑するルリのことなど気に留めることなく、二匹が足首を全力で押し付けて早く行けと促している。そんな様子を見た音羽は、眉間にしわを寄せてルリに話しかける。
「ルリちゃん、この子たちがここまで慌てるなんて普通じゃないわ……それに動物のほうが私たちよりも変化に敏感だし、早く向かいましょう!」
「わ、わかったのじゃ! ルナ、翠、八階層に向かうのじゃ!」
「キュー!」
「ニ、ニャ―!」
ルリが声をかけると、一目散に駆け出していく翠。
「あ、ちょっと待つのじゃ! 勝手に進んだら危ないのじゃ!」
ルリの声を無視して暗闇に駆け出していく翠。その後ろを慌てて追いかけ始める。しかし、子猫の本気走りに追いつけるわけもなく、あっという間に置いていかれてしまう。
「……あっという間にいなくなってしまったのじゃ」
あまりの素早さにルリが呆気にとられていると、隣にいた音羽が小さく息を吐きながら答える。
「まあ、こうなっちゃうわね……でも、そんなに長い通路じゃないし、瑛士くんが先に行っているから大丈夫じゃないかしら?」
「それならいいのじゃが……とにかく二人に追いつかねばならぬ」
余計な雑念を振り払うように顔を左右に振り、再び前を向いてギアを上げるルリ。彼女の様子を見て音羽も安心したように小さく息を吐き、置いていかれないように加速する。そのまま無言で薄暗い通路を走る二人だが、一向に八階層の入口が見えてこない。
「これはどういうことじゃ? 走っても走っても八階層の入口が見えてこないのじゃ……」
「おかしいわね。いくら通路が長いとは言え、とっくに入口に着いていてもおかしくないわ……」
先に異変が起こっていることに気がついたのは音羽だった。彼女たちが走り出してすでに数分が経過しており、今までならとっくに着いているはずの入口がまったく見えてこない。迷宮内の景色は似ていることもあるが、先程からまったく同じ景色を見ているように感じていた。さすがにおかしいと感じた音羽が立ち止まると、驚いたルリが声をかける。
「音羽お姉ちゃん、どうしたのじゃ? 立ち止まっている暇なんぞ無いのじゃぞ」
「そうなんだけど……ルリちゃん、ちょっと先に行ってくれない?」
「え? どういうことじゃ?」
「すぐにわかるから……ルナちゃんも一緒にお願いね」
「キュ、キュー!」
音羽の言葉を聞いてルナが勢いよく返事をすると、ルリと一緒に暗闇に向かって走り出す。そして完全に姿が見えなくなって、しばらくするとおかしなことが起き始める。
「む? 音羽お姉ちゃん! 動かないと言っておきながら、わらわたちよりも先に進んでおるではないか!」
背後から現れてルリが驚いた顔で声をかける。しかし、音羽は眉間にしわを寄せて険しい顔のまま答える。
「ルリちゃん、私は一歩も動いていないわよ……」
「そんなはずはないのじゃ! どんな手を使ったのかはわからないのじゃが、わらわがもう一度追い抜くのじゃ!」
少し苛立ったような顔で前を向き、全力で暗闇に向かって走り始めるルリ。すると、しばらくして、また背後から姿を表す。
「ど、どういうことなのじゃ? たしかにさっき抜いていったはずじゃぞ……ま、まさか、音羽お姉ちゃんは瞬間移動が使えるのか?」
「いや、どうしてそうなるのよ……でも、コレで確信を持てたわ。何らかの魔法か何かで私たちを先に進めないように、結界を張っているようね」
暗闇の先に鋭い視線を向け、音羽が呟く。するとルリが納得したような表情で声を上げる。
「やっぱりそうじゃったか……何か変だなとは思っておったが、わらわを欺くとはなかなかやるではないか!」
「ほんとよね……二人を欺くやり口、絶妙に光が途切れたところをつなぎ合わせるなんて……でも、正体が分かれば対処もできるわ」
目を細めた音羽がルリの一歩前に出ると、柄に手をかけて姿勢を低く保つ。
「ルリちゃん、少し後ろに下がっていて……一瞬で終わらせるから」
振り返ることなく話しかける彼女の言葉を聞き、無言で頷くと少し後ろに下がるルリ。次の瞬間、目にも止まらぬ速さで刀を抜き、空間を切り裂く音羽。すると、無数の切れ込みが光の筋となり、目の前にある景色が一気に崩れ始める。すると、少し先に光が漏れる入口のようなものが姿を現す。
「ふう、思ったより上手く行ったわ。さあ、なにか仕掛けられる前に入口へ飛び込みましょう!」
「わ、わかったのじゃ!」
いろいろ聞きたい気持ちを抑え、音羽に続いて光の漏れた入口へ駆け出すルリ。そして、ようやく目的の八階層に飛び込んだ時だった。
「な、何が起こったのよ……」
目の前に広がる光景に思わず声を失う音羽。
彼女の目に飛び込んできた景色とはいったい……
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