閑話㉕-3 飯島博士の意外な弱点?
「はいはい、開いているわよ」
モニタールームをノックする音を聞き、気だるそうに返事を返す飯島。紀元が訪ねてきたと思い、すっかり気を抜いて椅子にもたれかかり、背筋を伸ばした時だった。
「失礼します。飯島博士、頼まれていた取材の件で……」
「へ? 紀元じゃない……って、わ、ちょっと待って!」
訪ねてきた人物の顔を見ると、大慌てで姿勢を正そうとした飯島。しかし、思いっきり後ろに体重をかけていたため、バランスを崩してしまう。そのままのけ反るように後ろに倒れ、床に思いっきり頭をぶつけてしまった。
「は、博士! だ、大丈夫ですか? ああ、どうしよう……救急車を呼ばないと!」
「いたた……って、そんな大げさにしなくても大丈夫よ。私が油断していただけだから、ね? 雫ちゃん」
モニタールームを訪ねてきたのは雫だった。彼女は迷宮各所の取材などを行っており、飯島に確認と相談をしようとしていたのだ。
「でも、思いっきり床に打ち付けていましたし……念のために大学病院をはじめ、最先端医療が受けられる施設を予約したほうが……」
「ちょっと待って! そこまで大ごとにするようなことじゃないから! 本当に大丈夫だからね」
「博士がそこまでおっしゃるなら……いや、でも飯島博士の天才的な頭脳に万が一のことがあったら……」
「本当に大丈夫だから! ……病院だけは行きたくないの……」
ドンドン暴走を始める雫を何とか止めようとする飯島。ここまで必死になるのは、彼女が大の病院嫌いだからである。特に注射に関しては、幼少期の体験がトラウマとなっていた。
「博士……なんかすごく嫌がっておられますね? まさか……」
尋常ではない取り乱し方を見て、雫が思わず呟く。すると飯島の額から滝のような冷や汗が流れ始める。
(や、ヤバい……もしかして病院、いえ、注射が怖いのがばれた? な、何とかごまかさなければ、私の威厳に関わるし……紀元に知られてしまったら、間違いなくネタにされる……それに絶対今年は予防接種に連行されてしまう)
何とかして最悪の事態を回避しようと、頭をフル回転させる飯島。何か言葉を発しなくてはという衝動に駆られ、口を開こうとした時だった。彼女より早く雫が声をかける。
「博士、わかりました……病院の予約は取りやめます。博士のお気持ちがよくわかりました」
(え……バレた?)
飯島の顔から血の気が引き始めた時、雫の口から予想外の言葉が飛び出す。
「飯島博士のような権威あるお方が、一般市民と同じ病院に行くわけがないですもんね!」
「へ?」
「そりゃそうですよね。飯島博士が病院の待合室にいたら、大騒ぎになるに決まっています。それに下手な医者に見せて症状が悪化してはいけません」
「あ、うん、そうね! 間違いないわ!」
「きっと専属の医療チームがいらっしゃるはずですし、万が一の事態が起こる前にきっと駆け付けるはず……だからこそ、博士は大丈夫とおっしゃったんですよね?」
「そ、そうよ! 私の健康こそ宝なんだしね!」
(なんかすごい勘違いしているわ……そもそも専属の医療チームなんていないけど……ここは話を合わせておきましょ)
腕を組み、深く頷きながら一人で勝手に納得する雫。なんだかよくわからないが、命拾いした飯島はゆっくり立ち上がると胸を張って口を開く。
「雫ちゃん、心配してくれてありがとう。あなたのように慕ってくれる部下を持てて、私は幸せよ」
「そんな……博士の為なら当然じゃないですか……」
飯島から投げかけられた感謝の言葉を聞き、恍惚とした表情を浮かべている雫。
(なんか話がおかしな方向にずれちゃったけど……雫ちゃんも納得しているみたいだから結果オーライよね?)
自分に言い聞かせるように心の中で唱える飯島。何とも言えない異様な空気がモニタールームを支配し始めた時、最初に雫が訪ねてきた時のことを思い出して問いかける。
「そういえば雫ちゃん? 私に何か相談したいことがあったんじゃないの?」
「え、今名前で呼んでいただけた? ああ、もう今日は何という日なの……もしかして、夢でも見ているのかしら?」
名前を呼ばれたことに感激し、意識が飛びかける雫。寸でのところで何とか意識を繋ぎとめ、いたって冷静だとアピールするように答える。
「どうされたのでしょうか? 飯島博士」
「いや、聞いているのはこっちなんだけど……」
「申し訳ありません。ちょっと意識が別時空へ飛びかけていただけですから、気になさらないでください」
「は? それはダメなヤツじゃないの? ねえ、大丈夫?」
「はい、もう戻ってこられたので大丈夫です。以前より思考もクリアになっております」
「そ、そう……それならいいけど……」
真剣な表情で答える雫を見て、顔を引きつらせる飯島。小さく息を吐くと改めて彼女に問いかける。
「私に相談したいことがあるって言っていたけど、何か問題でも起きた?」
「いえ、問題というほどでもありませんが……」
雫が少し困った表情で口を開こうとした時、再びモニタールームの入口をノックする音が聞こえる。
彼女に続き、今度は誰が訪ねてきたのだろうか?
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