閑話㉕―1 紀元の企みと見ていた人物
瑛士たちが六階層と七階層で騒動を起こしていた頃、迷宮内の秘密通路を歩く人影があった。
「さて……男のほうはうまくいったが、いったい女はどこへ消えたんだ?」
灯も少なく薄暗い通路を歩きながら紀元は顎に手を当てて考え込む。
(たしかに男は任せるとは、博士から言われていたが……女の姿が全く見えないのは不気味だな。まあ、あっちの方がまだ一癖ありそうだったから手間が省けたが)
突然足を止め、顔を傾げながら考えを巡らせているとある推測が浮かんでくる。
(そういえば、博士が言っていたな……まだ利用価値があると。もしかして、俺より先に動いていたのか?)
目を見開いて立ち止まったとき、断片的でしかなかった情報の欠片がパズルのピースのように次々と組みあがっていく。
「ははは、さすが博士だ……自ら手を汚さずとも適切に処理を施すとは……」
静かな通路に紀元の笑い声が響き始めた時、胸ポケットに入れていたスマホが着信を知らせる。画面を見ると口角を吊り上げ、画面をタップすると部下の声が聞こえてくる。
「お疲れ様です、本部長。今お時間宜しいでしょうか?」
「おう、ご苦労さん。どうした? 何か問題でも起きたか?」
「いえ、今のところは順調です、怖いくらいに……指示された通りに例の男性とも合流しました」
「そうか、それなら問題ない」
部下からの報告を聞き、思わず笑みがこぼれる紀元。
「これからの手順は、メールで頂いた指示書の通りにやらせればよいのでしょうか?」
「ああ、その手順で間違いない。重要なことを言い忘れていたが、お前は指示だけ出したらすぐに一階層へ戻るように」
紀元の口から飛び出した言葉を聞き、電話口の向こうで驚いたような声をあげる部下。
「え? あの男に任せていいんですか? ちゃんと遂行できるかどうかもわからないのに……」
「ああ、何も問題はない。それにお前がやることは現地までの行き方を指示し、手順を指示することだからな」
「はあ……でも、万が一逃げ出したり、失敗するリスクもあるのでは?」
話を聞いてもまだ不安材料が拭えない部下は、心配そうに問いかける。しかし、紀元から帰ってきた返事は意外なものだった。
「安心しろ、逃げ出すことは絶対にありえないから大丈夫だ。それに万が一失敗したとしてもお前の責任ではない……いいか、ここは迷宮だ。何が起こっても自己責任だということを忘れるな」
「は、はい……わかりました」
今の一言ですべてを察した部下は、短く返事をするとそのまま黙り込む。そんな心中を察してか、優しい言葉をささやく紀元。
「そんなに気にすることはない。全ての責任は指示を出した俺にある。お前はあくまでも指示に従って動いていただけだ。それに……部下にリスクを負わせるわけにはいかないだろ?」
「たしかに……本部長の指示に従ってですもんね」
「そうだ。それに合流した男にも話してある……やるかやらないかは自分で決めろと。だから最終決定をしたのはアイツ自身だ」
力強く言い切ると、部下の声色にも少し元気が戻ってくる。
「たしかに……自分は必要な資料と行き先を聞かれただけでした。では、指示の通りに資料を渡して話をします」
「ああ、それでいい……頼んだぞ」
部下の言葉を聞いた紀元は通話を終えると小さく息を吐き、画面を見つめたまま笑みを浮かべる。
「ふはは、そうだな。最終的にやると決めたのはアイツ自身だ。俺はそれに見合った報酬を提示しただけ……何が起ころうと、関係ない」
天を仰ぐように顔を上げると、心の底から笑いがこみあげる紀元。そして、今まで見せたことのない黒い笑みを浮かべて呟く。
「まあ、アイツに選択肢なんてないけどな。せいぜい最期は人の役に立ってくれよ……すべては博士の成功につながるんだからな」
紀元の声が響き渡ると、暗闇の広がる通路を歩き始める。
「さて、念のためにモニタールームに寄って博士に報告しておくか……別に悪い話ではないからな」
静寂が戻った通路に上機嫌で歩く紀元の足音が響き渡る。彼の姿が完全に見えなくなった時、暗闇の中を動く影があった。
「ふーん、何か面白いことをしているじゃない。博士絡みか……私を差し置いて勝手なことをしようなんてそうそうはいかないわよ……悟兄さん」
口元を吊り上げると紀元の消えた通路の先へ早足で駆けていく人影。
このとき彼は気が付いていなかった――一番聞かれてはならず、面倒くさい人物が秘密通路に潜んでいたとは……
最後に――【神崎からのお願い】
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