閑話㉔-6 桜井の苦悩は続く
飯島と紀元がそれぞれ迷宮で動きを見せていたころ、最寄りの警察署内にある会議室でため息を吐く桜井の姿があった。
(クソッ……何の圧力かわからんが、迷宮が関係する事案について監視の目が厳しすぎる……いったい何が隠されているんだよ!)
窓の外に映る迷宮を睨みつけながら、近くにあったパイプ椅子を蹴とばす。すると、大量の書類を抱えた部下が会議室へ入ってきた。
「課長、頼まれていた資料を持ってきましたよ。ストレスがたまるのはわかりますが、備品を壊すと始末書ですからほどほどにしてくださいね?」
「わかっている……これまでどれだけ書かされてきたと思っているんだ……」
「まあ検挙した事件の数もすごいですが、始末書の数もトップクラスですもんね」
持ってきた書類を机に置き、整理しながら軽口をたたく部下。聞き捨てならない言葉を聞き、少しいらだったように聞き返す。
「お前……ケンカ売っているのか?」
「何を言っているんですか? ちゃんとほめているじゃないですかー」
「どこがほめているんだ? 後半は嫌味にしか聞こえないぞ……」
睨みを利かせながら問いかける桜井に対し、全く気にすることなく黙々と書類を並べる部下。しばらく何とも言えない沈黙が続いていたが、突然書類をさばく手を止めて声を上げる。
「課長! ようやく見つかりましたよ!」
「あ? 何の話だ? 見つかったって、なんか未解決事件でもあったのか?」
冷めた目で見つめる桜井に対し、少しいらだったように部下が言葉を返す。
「何を言っているんですか? 自分の担当していた事件くらい覚えていてくださいよ。ほら、少し前に発生した特殊詐欺グループによる強盗事件ですよ」
「あーそんなのあったな。末端とその上は捕まえたってやつだったよな? 元締めが雲隠れして逃げ回っているんだっけ?」
「それですよ! なんでそんなに興味なさげなんですか……」
心底面倒くさそうに答える桜井を見て、額に手を当てて大きなため息を吐く部下。すぐに顔を上げ、書類で机を叩きながら声を上げる。
「この事件の担当は桜井課長じゃないですか! もうちょっとやる気を出したらどうですか?」
「そんなこと言われてもな……どうせ指示役の奴らは海外に高飛びしているか、雲隠れしていてしっぽがつかめないんだよ。それに俺よりも優秀な人たちが血眼になって探しているし、俺は余計なことをするなと言われていてだな……」
遠い目をしながら無気力に呟く桜井に対し、部下が資料の中から一枚の紙を取り出して勢いよく机にたたきつける。
「これを見てもそんなことを言えますか?」
「何が言いたいんだよ。こんな紙切れ……」
たたきつけられた書類を手に取って目を通すと、桜井の目つきが一気に鋭くなる。
「おい、これはどういうことだ?」
「ふふふ、ほめてくれていいんですよ? 監視の目をかいくぐって聞き込みを進めた甲斐がありました」
「やるじゃないか! それよりもここに書いてあることは本当なのか?」
桜井が書類を指したところに書かれていたのは、元締めに近い指示役の詳細だった。一連の特殊詐欺を含む事件の指示役として、二人の人物が怪しいと書かれていた。その人物は先日、迷宮のすぐ近くの早田町で起きた盗難事件の重要参考人として挙がり、行方不明になっていた賢治と遥香の二人だった。
「まさかこいつらが指示役だったなんて……しかも、迷宮方面へ走り去って行方をくらましたはずだろ? でも雲隠れしていれば安全のはずなのに、なぜわざわざこんなちんけな事件を起こしたんだ?」
「そこがポイントなんですよ。実はこの二人……裏社会の人間から相当目をつけられていたみたいで……どうやら関与した犯行の一つが堅気じゃないところだったようです」
「なんだと?」
話を聞いていた桜井が目を見開いて驚く。すると部下が神妙な面持ちで口を開く。
「よりによって海外の組織も絡んでいるところにも手を出していたみたいで……実行役やその上はすでに行方不明ですね。そして、奴らが追っていたのが……」
「こいつらだということか……しかし、迷宮に逃げ込んだところで、追跡の手を免れるのは……ま、まさか?」
「ええ、これは表に出ていない情報ですが……どうやら飯島が絡んでいるような感じなんです……」
部下の言葉を聞き、桜井の目が一層鋭くなる。そして、手に持っていた書類を握り締めながら、絞り出すような声で問いかける。
「それは本当か? あとこの情報は誰が知っているんだ?」
「そんなの課長しかいませんよ。上に報告したところで握りつぶされておしまいですし……それで、どうしますか? ここから先は本当に茨の道です……もしかしたら地獄への片道切符かもしれませんが、それでもあなたは進みますか?」
真剣な目をした部下が問いかけると、間髪入れずに桜井が答えを返す。
「決まっているだろ。地獄だろうが何だろうが突き進む、それ以外の選択肢はない……たとえ命を狙われようとも全員逮捕するだけだ!」
力強く言い切った桜井は窓の外に目を向け、静かにたたずむ迷宮を睨みつけながら呟く。
「ようやく舞い込んできたチャンスだ……絶対お前の元までたどり着いてやる、飯島!」
先ほどまでのような気の抜けた姿はなく、強い決意が桜井にみなぎっていた。
しかし、彼はまだ知らなかった――数日後、彼のもとに信じられない悲報が届くことを……
最後に――【神崎からのお願い】
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