閑話㉔-7 翠の大冒険④
瑛士や音羽が迷宮内でひと悶着をしているころ、薄暗い通路をたった一人で歩く小さな姿があった。
「まったく、ご主人もルナさんもまたケンカしているし、音羽さんもどこかに出かけちゃうからほんと暇なんだけど。もうちょっとかまってくれたっていいんだよ?」
ほほを膨らませ、文句を次々と口にする翠。怒りに任せて歩いていると、周囲が見覚えのない景色に変わっていたことに気が付いた。
「あ、あれ? ここどこだろ? さっきまで岩だらけの通路を歩いていた気がするんだけど……」
慌てた翠が周囲を見渡すと見慣れた通路ではなく、レンガのようなものが敷き詰められた道が広がっていた。壁は草花が生い茂り、心なしか空気も涼しく感じられる。そして今まであった松明はなくなり、花の一部が発光して通路を照らしていた。
「わー! 何これ? 光る花なんて初めて見た! どんな仕組みになっているんだろ?」
目を輝かせながら見つめていると、もっと近くで見たい好奇心がどんどんわいてくる。
「少しくらいならよじ登っても大丈夫だよね?」
どうしてもその目で見たくなった翠が腰を高く上げて、壁を駆け上がろうと猛然と走り出す。そして、壁の草に爪をひっかけようとした時だった。まるで油でも塗られているかのように手が滑り、そのまま地面に落下する。しかし、猫の身体能力の高さから激突寸前に体を翻し、見事な着地を披露する。
「危なかった……って、どういうこと? なんで草が滑るの? 誰が油を塗って嫌がらせしたの!」
全身の毛を逆立てながら怒りをあらわにする翠。そして、再び腰を上げて別の壁に向かって駆け出す。
「ふふふ、一か所だけいたずらしても意味ないんだからね! よほど見られたくないのであれば、何としても暴いてやる!」
先ほどよりも勢いをつけて駆け出すと、全身をばねのように使ってさらに高い位置に向かって飛び跳ねる。そして、先ほどよりも頭一つ高い草の根元へ爪をひっかけようとした。
「これなら絶対に滑らな……」
狙い通りの場所に手を伸ばした時、信じられない出来事が起こる。壁に生えている草がホログラムのように壁ごとすり抜けたのだ。翠の両前足はむなしく空を切り、再び地面へ向かって急降下を始める。
「なんで? どうして掴めないのー!」
またもや地面に激突寸前で体を翻し、華麗な着地を決める翠。あまりの理不尽さに怒りがこみあげてきて、思いっきり大声を上げる。
「もー! 怒ったぞ! バカにするのも大概に……そうか! いいこと思いついちゃった」
怪しげな笑みを浮かべると、小さく息を吐いて呟く翠。
「ここまで邪魔をするのであれば、ぶっ壊しちゃえばいいんだよ? そうだよ、最初からそうすればよかったんだ」
小さく息を吐くと壁を睨みつけ、怒りをあらわにする。すると、翠の全身からどす黒いオーラがあふれ始める。
「さあ、全て壊れちゃえばこっちの勝ちだもんね! 怒らせた代償はきっちり……」
溢れ出す黒いオーラが一気に爆発しそうになった時だった。突然、立っていられないような地響きが起き、驚いた翠はその場にうずくまってしまう。しばらくすると何事もなかったように、迷宮は静けさを取り戻す。
「いったい何が起こったんだろ? すごい地響きだったけど……後ろのほうから聞こえてきたよね?」
あっけにとられていた翠が左右に顔を振ると、後ろを振り返り困ったような表情になる。
「戻ったほうがいいのかな……でも、この先に何があるのかも気になるし……」
「ウ、ウガアァァァァ!」
翠が戸惑っていると、正面の暗闇から獣のうめき声のような声が響き渡る。
「ひっ! これ以上進むのは危険すぎる! は、早く逃げないと!」
驚いた翠が全身の毛を逆立て、その場で飛び跳ねるとそのまま来た道を一目散に走り出す。そして、そのまま光が漏れる出口に駆け込むとさらなる衝撃の光景が目に飛び込んでくる。
「……えっと、これはいったい何があったの? モンスターは血まみれで倒れているし、なんか地形も変わっているような……」
変わり果てた迷宮の様子に呆然と立ち尽くす。
思考停止して固まった翠が真相を知るのは、もうしばらく後のことだった。
最後に――【神崎からのお願い】
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