閑話㉔-5 裏切りの末路――斎藤 賢治の場合――
「アイツは……誰と話しているんだ? まあいい、俺には関係のないことだ……」
遥香が空間内に響く声と会話をしているそばで、賢治は地面に座り込んだまま項垂れていた。そして、連日襲い来る後悔の念に悩まされていた。
「俺はいったいどこで間違えた……こんなはずじゃなかったんだ、本当ならバカな金持ちどもから回収した金で豪遊していたはずなのに……」
迷宮に閉じ込められて数日間、遥香と共に脱出する手段を探し回った。しかし、どれだけ歩き回っても大声で叫んでも誰も助けに来ない。それどころか叫んだ声が暗闇に吸収されていくような錯覚に陥り、徐々に気力と体力も失われていった。その後、遥香と毎日のようにお互いを罵り合ったりもしたが、すぐに無意味だと悟って話す事すらなくなっていた。日の光も届かない暗闇で、定期的に届けられる食事のみが時間感覚を保つ唯一の手段だった。
(いったい何のために俺は生かされているんだ? いっそ殺してくれたほうが楽なのに……)
閉じ込められてどれほど時が経ったのかわからない。もう生きる気力すら失われ始めた時だった。謎の声が空間内に響き、話しかけてきた。
(久しく人の声を聞いたな……いよいよ俺にもお迎えが来たのか?)
まったく働かない頭でぼんやりと考えていると、いつの間にか遥香がいなくなっていたことに気が付く。
「いつの間にいなくなったんだ? むやみに歩き回ったところで体力を消耗するだけなのに……バカなヤツだ」
自分には関係ないと言い聞かせながら再び項垂れた時、視線の先に見慣れない革靴がある事に気が付いた。
「いつまでそうやって被害者面をしているつもりだ?」
「ほかっておいてくれ……アンタが誰だか知らないが、俺はもう終わった人間だ……」
顔を上げることなく前に立つ人物に答えると、声の主は鼻で笑って声を上げる。
「は? どう考えようと俺の知ったことではない。お前にはまだ価値があるからここに来た……ただそれだけだ」
「気休めはやめろ。俺のようなゴミくず人間に価値なんざあるわけがない……」
「お前がどう感じようが好きにしろ。俺は用事があると言っているのが聞こえないのか?」
賢治が話す言葉を遮りながら、強い口調で話しかける男性。
「好きにしろ……外に出たところで極刑は免れられない俺に何の用事があるんだ? 話くらいは聞き流してやるから好きに話せ」
聞く耳を持たない男性の態度に呆れ、ため息を吐きながら答える賢治。
「そうだな、もし……お前にもう一度やり直すチャンスをやると言ったら、どうする?」
口元を吊り上げながら悪魔のように囁く男性に対し、乾いた笑いを浮かべながら答える。
「はは、やり直すチャンスだと? 寝言は寝てから言え……」
「寝言かどうかはお前次第だ。俺はチャンスをやるとしか言っていない。やらないのであればここで野垂れ死ぬがいい……女のほうは目を輝かせながら出ていったがな」
「遥香が出ていったのか……」
力なく答える賢治を見て、男性がもう一度強い口調で問いかける。
「どうするんだ? 人生を完全にリセットできるうえに、さらに死ぬまで金に困らないんだぞ?」
「そ、そんなことができるわけがないだろうが!」
今まで廃人同然だった賢治の耳に届いた悪魔のささやきに、思わず声を荒げる。すると、待っていたと言わんばかりに男性の顔が怪しく歪む。
「なんだ、ちゃんと反応できるじゃないか。それで俺が聞きたいのはイエスかノーのどちらかだ……どうする? チャンスを生かすか野垂れ死ぬか……お前次第だ」
「くそっ……さっき言っていた人生をやり直せるのは本当だろうな?」
「ああ、チャンスをつかみ取れるなら間違いなく約束しよう」
男性の言葉を聞き、賢治の目に光が宿り始めるとゆっくり立ち上がって顔を上げる。
「チッ……野垂れ死ぬくらいならやるしかないだろ……」
「交渉成立だな。残された時間は少ない、早く立て。案内してやるからついてこい」
賢治が立ち上がったことを確認すると、スーツを着た男性が背を向けて歩き始める。慌ててその後ろを追いかけ始め、少し進んだところで賢治が問いかける。
「おい、アンタの名を聞いていなかった……なんというんだ?」
「ああ、俺は紀元だ。この迷宮の管理部門を統括している」
一切後ろを振り返ることなく紀元が告げると、暗闇の中を歩き続ける二人。
(紀元か……チャンスをくれた事には感謝する。絶対成功してここから逃げ出すんだ……それと、遥香……裏切りやがって……お前だけは絶対に許さねぇぞ……)
何も知らない賢治が恨みを募らせながら憎悪を煮えたぎらせていると、その様子に気が付いた紀元が不敵な笑みを浮かべる。
(くくく……二人揃って引っかかってくれるとは好都合だ……お前たちにチャンスなんざあるわけがないのにな)
迷宮の暗闇に二人の歩く足音が響き渡る――地獄への片道切符であるとも知らずに……
最後に――【神崎からのお願い】
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