閑話㉔-4 裏切りの末路――佐藤 遥香の場合――
「いつになったらここから出ることができるのかしら……」
真っ暗な暗闇が広がる中、遥香は力なく顔を上に向けると呟く。
「こんなことになるんだったら、コイツの口車に乗ることはなかったのに……」
ため息を吐きながら視線を向けた先にいたのは、地面に座り込んでいる賢治の姿だった。以前のような勝気な態度はなく、念仏のように意味不明な言葉を呟き続けている。なぜ彼らがこんな場所に閉じ込められているかというと、全ては三階層で起きた事故が発端だった。
「……もっと早く引き返していれば……」
頭を抱え、後悔の言葉を口にする遥香。しかし、彼女たちに残された道はそう多くなかったのだ。外の世界で闇バイトの指示役などさんざん悪事を働き、捜査の手が自分たちに伸びかけたある日のことだった。スマホにある一通の通知が届いた。それはある調査に協力し、成功した暁には未来永劫の安全を約束するという物だった。普段であればそんな怪しげな通知に手を出すはずもないのだが、冷静さを欠いた二人には魅力的に映った。その調査こそ、飯島が仕掛けた迷宮内での作業だった。
「今考えれば怪しすぎるのにね……でも、捕まったらおそらく極刑は免れないし、運よくシャバに出られたとしても裏社会の人間が黙っているわけもないし……どうしてこうなったんだろ」
顔を上げると虚ろな目で何かを呟き続ける賢治の姿が目に入り、徐々に怒りがこみあげてくる。
「そもそも……コイツがまだいけるとか言うからこんな目にあったのよ! 無理しなければ……外に出て高額の報酬も手に入れられたのに……」
憎しみのこもった目で遥香が睨みつけるが、賢治から反応が返ってくることはない。
「なんでこんな奴についてきちゃったんだろ……私一人でも逃げていれば……」
激しい後悔が彼女を襲い始めた時だった。突然、真っ暗な空間に聞き覚えのある声が響き渡る。
「あら? もう廃人になっちゃったかしら? せっかくのチャンスを持ってきてあげたのにね」
「チャンス? 今、チャンスって言ったわよね? ねえ! 聞こえているわよ!」
大声を上げた遥香が聞き返すと、声の主が少し驚いたような反応を示す。
「あら? まだおかしくなっていない人がいたんだ。元気そうで何よりね」
「ねえ、今チャンスをあげるって聞こえたんだけど?」
「ええ。大失敗を犯した罪人さんに、もう一度ビッグチャンスを与えてあげようかなって思ったのよ」
空耳ではなかった言葉に目を輝かせ、遥香が顔を上げて声を張り上げる。
「こんな機会を逃すわけがないじゃない……そのチャンス、私が受けて立つわ!」
「ふふふ、そこの廃人みたいなのはどうするの?」
「……」
賢治にも声をかけるが、全く聞こえていないのか反応は返ってこない。すると遥香が声を上げて必死にアピールする。
「コイツはもうダメよ。使い物にならないと思うわ……私だけでも受けるから!」
「その必死さは素晴らしいわ。じゃあ、あなたに任せようかしら? あ、ただし、失敗したらこの世とお別れすることになるけどいいかしら? その代わり、成功報酬は迷宮の外での新しい戸籍と生涯にわたる支援……そうね、別人になるための費用を全部でどうかしら?」
「は……なによそれ……」
提示された報酬は遥香にとって願ってもいない物だった。もう一度ゼロから、しかも様々な支援が付いた状態でやり直せる最高のプレゼント。
(声の主は何者なのよ……まさかと思うけど、なろう系の主人公みたいな再スタートができるじゃん。それに私だけなら失敗するようなへまはしない……こんな勝ち馬を逃すわけにはいかないわ)
遥香の脳裏には成功した後の人生しか浮かんでいなかった。そして、目を輝かせながら自信たっぷりに声を上げる。
「その仕事を受けるわよ! 私が失敗するわけがないから」
「あら? ずいぶん自信たっぷりね? まあ、その方がこちらとしても都合がいいわ……」
「何を言っているのかよくわからないけど、報酬は間違いなくもらえるんでしょうね?」
生気を取り戻した遥香が暗闇の中に向かって話しかけると、不敵な笑い声をあげながら声の主が答える。
「あはは、そのくらい貪欲じゃなきゃ面白くないわ。ええ、必ず報酬は約束する……生きて成功したらね。じゃあ、そのまま真っすぐ歩きなさい。詳しい話は外に出てからしましょうか」
「わかったわ……」
言い終えると同時に真っ暗な空間を歩き始める遥香。すると、座り込んでいた賢治が、彼女の足首を掴もうと手を伸ばす。
「鬱陶しいわね……あなたにもう用はないの。野垂れ死ぬなり好きにしなさい!」
賢治の手を振り払うように足を大きく振り、暗闇の中を歩き続ける遥香。彼女の姿が消え、再び彼が一人取り残されると謎の声が響く。
「あらあら仲間割れかしら? まあいいわ……どうせあなたたちは生きて迷宮から出ることなどできないんだし。さあ、始めましょうか」
再び暗闇に静寂が戻ると、賢治の姿も完全に消え去ってしまう。
この後、遥香にも取り返しのつかない事態が待ち受けるのだが――彼女が知ることはなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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