閑話㉔-3 狂気の実験
飯島が指したモニターに視線を向けた紀元の目に映ったのは、真っ暗な空間で項垂れる男女の姿だった。
「博士? この男女はいったい誰なんですか?」
「あー説明していなかったっけ? ほら、バイトに応募してきたヤツラよ。まあ、表でいろいろやらかして追われている身のヤツだけど」
画面に映っていたのは以前三階層で行方不明になった賢治と遥香の二人だった。以前のような気力はなく、まるで廃人のような姿で項垂れていた。その姿を見た紀元が、不思議そうな顔で飯島に問いかける。
「博士。コイツ等が表の世界に出ることができない人間なのは聞いていましたが、なぜ廃人同然になっているのでしょうか? 以前、スタッフの説明会で一度顔を合わせたことがありますが、もう少し生き生きしていたような……」
「あー人間って狭く暗いところに閉じ込められると、精神が崩壊するって言うでしょ?」
「ええ、まあ……どこかの企業が一か月間、音が全く響かない空間に閉じ込めたら賞金を出すって実験をしていましたっけ? 最長でも一週間も持たなかったような気がしますが……」
顎に手を当てた紀元が顔を傾げていると、呆れたような顔をした飯島が呟く。
「そうね、そんな実験をした企業もあったわね。でも、今回はちゃんと音は響く空間だし、水と食料の配給をしていたんだけどね。ま、自分たちの周りは見えるようにしていたけど、基本的には出口のない真っ黒な部屋だけど」
「……真っ黒な空間って……そっちの方がおかしくなりそうじゃないですか。そもそも、食事とかどうやって運んでいたんですか?」
話を聞いていた紀元が口を開けたまま固まっていると、ある矛盾点に気づいて問いかける。
「え? 普通に通用口から届けさせていたわよ。まあ、向こうからは絶対に見えない隠し通路だけど」
「どこからツッコんでいいのかわかりません……でも、表で犯罪をするようなヤツラですよ? 隙を見せればいつ反旗を翻すか……」
「それは大丈夫よ。だって……絶対に逃げることはできないから」
「は?」
意味が分からないという顔で紀元が聞き返すと、飯島が勝ち誇ったような顔で声を上げる。
「アイツ等が本当に欲しいものってなんだと思う?」
「本当に欲しいもの……お金とかでしょうか?」
「まあ、間違いではないわ。でも、ヤツラが本当に欲しいのは自由よ。誰にも追いかけられない、好き勝手に生きられること……まあ、迷宮で生き残って脱出が出来たら、外の世界での自由を保障してあげるって言ったの」
「……」
何も言えずに紀元が固まっていると、飯島が不敵な笑みを浮かべて話しかける。
「彼らの自由に対する執念は凄まじいわよ……何が何でも手に入れようと必死なの。だからこう言ってやったの。『三階層の任務を成功出来たら、あなたたちに自由と一生働かなくても暮らせる生活を保障するわ』と……でも、結果は失敗だった。だから、罰として迷宮内に閉じ込めておいたのよ」
「な、なるほど……」
話を聞いた紀元が改めてモニターを見て、全てを理解する。すると、力なく項垂れていた遥香が僅かに顔を上げ、見えていないはずのカメラを見つめる。その姿を見て、飯島が嬉しそうに呟く。
「あら? 女のほうはまだ希望を失っていないって目をしているわね。男のほうはもう使いものにならなさそうだけど」
「た、たしかに……この状況でまだあきらめないとは、どんな精神力をしているんだ……」
言葉を聞いた紀元が再びモニターを見つめると、カメラを凝視している遥香と目が合う。すると、何かを思いついた飯島が手を叩き、楽しそうに話し始める。
「そうだ! 八階層の異変をコイツに調査させればよかったのね。この二人は確か恋人同士だったはずだし、女のほうに調査をさせて成功したら二人とも保護してあげることにすればいいわよね?」
「正気ですか? もしかしたら成功するかもしれませんよ……」
「まあ、それはその時考えればいいでしょ。それに……絶対成功しないから大丈夫よ」
紀元の言葉を聞いて勝ち誇ったように胸を張る飯島。言っている意味が理解できず、顔を傾げていると、彼女が呆れた様子で声をかける。
「あのね、ただ調査させるわけがないでしょ? それに、開発中のある機械の実験テストも兼ねようと思うの」
「ある機械? ……まさか……五階層で使ったやつですか?」
目を見開いた紀元が聞き返すと、不敵な笑みを浮かべて答える飯島。
「ふふふ、面白いことになるかもしれないわよ……」
飯島の不気味な笑い声がモニタールームに響き渡る。
はたして彼女は何を使わせようとしているのか?
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