閑話㉔-1 一方七階層では
瑛士とルナが六階層で勝敗についてケンカを繰り広げていた頃、七階層に続く廊下を歩く音羽の姿があった。
「まったく……どっちが勝っても変わらないのに。男の子って変なところにこだわりを持つんだからね」
呆れたように大きなため息を吐き、薄暗い通路を歩く音羽が異変を感じ取る。
「へえ、こんなところに罠を仕掛けてくるなんて……よっぽど進ませたくない意思を感じるわ」
音羽が右足を踏み出すと、床に敷き詰められたタイルの一つがほんの僅かに沈む。すると暗闇が広がる天井がわずかに光ると、矢柄が真っ黒に塗られた無数の矢が一斉に彼女に襲いかかる。
「ずいぶん殺傷能力が高そうな物を仕掛けているなんて……まったく、普通の探索者だったら反応できずにお陀仏よ。でも……相手が悪かったわね」
降り注ぐ矢が迫る中、目を閉じるとその場で構えを取る音羽。一切無駄のない動きで柄に手を添えた時だった。十字に閃光が走ると、彼女に迫っていた矢が細切れになり、次々と床に落ちていく。
「まだまだね。私を仕留めたいのであれば、もっと工夫しなさい」
音羽が刀を振り抜いて鞘に収めようとした時、背後から一本の矢が迫る。彼女はその存在に気がついていないのか、何事もなく一歩踏み出した時だった。音もなく背後から迫った矢が正確に彼女の心臓を貫いた……はずだった。
「不意打ちを仕掛けてくるとは、ほんと姑息な手段しか使えないのね……私もずいぶん舐めたことをしてくれるわ」
矢が音羽を貫いた瞬間、通路に金属音が響き渡るとまるで霧が無くなるように霧散する。そして、貫かれた彼女の姿が揺らぐとすぐ隣から本体が姿を現す。
「まったく、興ざめだわ。せっかく褒めてあげたのに……まあ、作戦としては悪くないけど、このお礼はたっぷりしてあげないといけないわね」
音羽が不敵な笑みを浮かべると、まるで氷の世界に迷い込んだかのように通路内の空気が冷えていく。全身から凍てつくような怒りのオーラを醸し出し、何事もなかったかのように七階層へ向かって歩みを進める。
「さてと……罠はあの一回のみで七階層に到着しちゃったじゃない。もうちょっと歯ごたえのある仕掛けを考えられないの?」
不貞腐れたような表情で呟くと、七階層の入口に立ち、フロアを見渡しながら呟く。
「ほんと六階層と同じような感じなのね……まあ、潜んでいるモンスターは可愛くないけど」
わざとらしく大きな声を上げると、草むらの中から複数の影が動き始める。すると一斉に音羽に向かい、殺気だった視線が突き刺さる。
「ふふふ、畜生どもにしてはいい感じじゃない。でも単細胞なのは間違いなさそうだけど」
煽るようにさらに声を上げると、次々と鳴き声が響き始める。
「ブモォォォ!」
「はいはい、張り切ってくれて嬉しいわよ。でも……つぎはもう少し頭を使えるモンスターに生まれ変わってきなさいね」
小さく息を吐いた音羽が笑みを浮かべ、腰を落として柄に手を添える。
「じゃあ、始めましょうか……そうね、時間は十秒以内で終わらせるわ」
目を細めて呟いた次の瞬間、音羽の姿が僅かに揺れる。すると先程まで威勢の良い鳴き声を上げていたモンスターが、断末魔の叫びを上げる。そして、緑の生い茂るフロアが赤く染まっていった。
「ふう。時間は九秒ね……久しぶりに本気を出したことを考えれば、及第点ってところかしら。まあ、返り血を浴びなかっただけ良しとしましょうか」
汚れを落とすように刀を振り払うと、鞘に収めて大きく息を吐いて振り返る。
「あー! しまった……ちょっとやりすぎちゃった。せっかく返り血を浴びないように駆け抜けたのに!」
真っ赤に染まる草むらを見て悲鳴のような声を上げる音羽。すると彼女から見て右側の一部が、緑色のまま残っていることに気がつく。
「ちょっと遠回りになるし、飛び跳ねなきゃいけないけど……背に腹は変えられないわ。まあ……どこかで監視している人に見せつけるにはちょうどいいでしょ」
視線を動かしてフロアの天井付近をチラ見すると、小さくため息を吐いて呟く音羽。
「さて……私の挑発に乗ってくれると期待しているわよ、飯島女史」
わざとらしい笑い声を上げ、目当ての草むらに向かって歩き始める。彼女がフロアからいなくなると、草むらの中から一台のドローンが現れる。そして、誰もいなくなったフロアに起動音だけが虚しく響き渡っていた……
最後に――【神崎からのお願い】
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