第3話 ルリの思惑
呟きにひっかかりを覚えた音羽が聞き返すと、気まずそうに顔を背けるルリ。そして、目を合わせぬまま、とぼけたような声を上げる。
「あーうん、まあ、いろいろ事情があるということじゃよ……たいしたことではないわけではないのじゃが……」
俯きながら徐々に小声になるルリを見て、眉間にしわを寄せた瑛士が声をかける。
「お前さ、何か隠しているんじゃないだろうな?」
「な、何のことかわからないのじゃ。わらわが隠し事をしたことなんぞ今までにあったかのう?」
「あからさまに怪しいだろうが。だいたいお前は何か言いにくいことがあると、すぐ挙動不審になるんだし」
「そ、そんなことはないのじゃ! ただちょっと、八階層にある物が隠されて……あっ!」
瑛士から指摘され、必死に反論しようとしたルリが思わず口を滑らせる。その言葉を二人が聞き逃すはずはなく、鋭い視線が向けられる。
「な、なんじゃ? 二人とも目が怖いのじゃが……」
「ねえ、ルリちゃん? 八階層に何が隠されているのかしら?」
「な、何のことかサーッパリわからんのじゃ。迷宮じゃから珍しいものでもあるのじゃなかろうか」
「ふーん、瑛士くん。どう思う?」
優しく問いかけるが、目を泳がせながらしらを切り通そうとするルリ。すぐに音羽が視線を瑛士に送ると、軽く頷いて口を開く。
「そうだな。迷宮だからお宝が眠っていてもおかしくないもんな」
「そ、そうじゃぞ! 現実ではありえない貴重な書物とかがあるかもしれん。古代に封印された本とか……」
「うんうん。そういえばうちの倉庫にも封印された珍しい本があったりしたよな」
「な、なんじゃと? そんなことがあり得るのか?」
話を聞いていたルリが目を見開き、驚いた様子で聞き返すと、瑛士が僅かに口を吊り上げる。
(かかったな……)
「ああ、凄い本だぞ。なんでも雷に打たれたら擬人化したもんな。それに、抜け落ちたページが迷宮にあるとか言っていたぞ」
「……」
言葉を聞いたルリが口を開けたまま固まっていると、瑛士が畳みかけるように話し始める。
「やけに八階層にこだわるところを見ると、よほど重要なページが隠されているんだろ?」
「……いや、あの、それはじゃな……」
言い淀むルリを見て、瑛士が語気を強めて声を上げる。
「俺たちに迷惑かけたくないとか、アホなこと考えているんだろ?」
「アホとはなんじゃ! わらわがどれほど悩んで、実行に移そうとしていたかわからんくせに!」
核心を突かれたルリが顔を真っ赤にして叫ぶと、その声を遮るように瑛士が怒鳴りつける。
「大バカ野郎! また一人で突っ走ろうとするんじゃねーよ!」
「だって、そうじゃろうが! わらわの探し物なのに……関係のないご主人たちを巻き込むわけにはいかんのじゃ!」
「あ? 何を言っているんだ? 誰を巻き込むって? いい加減目を覚ませ!」
再び瑛士の怒号が響き、ルリが思わず目を閉じた時だった。温かい何かに包まれる感覚が全身に広がっていくと、耳元に優しい声が聞こえてくる。
「ほんと抱え込み過ぎよ……ルリちゃん」
恐る恐る目を開けると、音羽に抱きしめられていることに気が付く。
「お、音羽お姉ちゃん?」
「まったく……もうちょっと私たちを頼ってくれていいのよ。もうルリちゃんは家族以上の存在になっているのに……」
「家族以上の存在じゃと……」
「そうよ。そうじゃなければ瑛士くんも本気で怒ったりしないわ。まあ、本人は照れくさくてぜったい言わないと思うけど」
小さくため息を吐いた音羽がルリを抱きしめたまま、視線を向けると気まずそうに顔を背ける瑛士。
「でも、でもなのじゃ……もし、万が一のことがあったら、わらわは……」
「また悪い方に考える。その万が一を限りなくゼロに近づけるために、私たちがいるんでしょ?」
「うっ……」
胸の中に顔をうずめると全身を震わせ、声を押し殺して泣き出すルリ。そんな彼女を優しく包み込むように抱きしめ、頭を撫でる音羽。
「無理しなくていいのよ……」
しばらくして落ち着いたルリが顔をうずめたまま声を上げる。
「もうちょっとこうしていたいのじゃが、よいかのう……」
「ふふ、気の済むまで構わないわ。それに、いざとなったら瑛士くんが危険を全部引き受けてくれるし」
「は? 何で俺が全部引き受けることになっているんだ?」
音羽の口から飛び出した言葉に対し、すぐに聞き返す瑛士。
「あら? 聞こえていたの? ほんと地獄耳よね……」
「いやいや、普通に聞こえるぞ! そんなことよりも、さっきみんなで立ち向かうって話していただろうが!」
「ええ、みんなで協力するのは本当よ。でも……こんなか弱い女の子に危険なことをさせるの?」
「……お前のどこがか弱いんだよ……」
話を聞いていた瑛士が額に手を当て、項垂れながら呟く。そんな彼のことなど気に留めることも無く、悲劇のヒロインのような顔で音羽が声を上げる。
「そんな……私やルリちゃんのように箸より重いものを持てない女子なのよ」
「いやいや、普通に持っているよね? なんなら日本刀を帯刀してバシバシモンスターを倒しているじゃん!」
「そうだったかしら? でも、『苦労は勝手でもやれ、美味しいところは女の子に譲れ』って名言もあるでしょ?」
「そんな話は聞いたことないわ!」
瑛士の絶叫が室内に響き渡ると、落ち込んでいたルリに笑顔が戻る。
「ふふふ……やっぱりこの二人と出会えてよかったのじゃ……なんとしても八階層で見つけねば……わらわの核心部分である欠片を」
心の中で強いケツイをみなぎらせるルリ。
しかし、彼らは気が付いていなかった――同じ八階層を目指し、動き始めた勢力が近づいていることに……
最後に――【神崎からのお願い】
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