第2話 八階層の謎
「なあ、ルリ。ちょっと引っかかるんだが……時間が無いってどういうことだ?」
呟きを聞いた瑛士が眉間にしわを寄せ、聞き返す。すると、腕を組んでいたルリが顔を傾げながら答える。
「んー説明するのが難しいのじゃが……まあ、この床の傷を見れば意味がわかるかのう」
ルリが視線を向けた先にあったのは、なにか大きな物を引きずったような跡だった。その傷へ近づいた瑛士は、膝をついてまじまじと見つめながら話し掛ける。
「ふむ……この傷は妙に新しいな。しかも無理やり引きずったような感じだ……」
「そうなんじゃよ。さっき言っていた妙な機械を拾ったのもこの辺りじゃったからのう」
床を見つめて考え込んでいる瑛士の後ろに立ち、覗き込むように話しかけるルリ。
「なるほどな。わざと落としたとは考えにくいし、この痕跡を見る限り相当急いでいたんだろうな……さっき時間がないと言っていたのは、何者かが戻ってきて鉢合わせになるかもしれないということか?」
「そういうことじゃ。まあ、あとは単純にさっさと先に進みたいというのもあるがな」
意図をくみ取ってもらえたことがわかり、上機嫌で話すルリ。すると、二人の会話を黙って聞いていた音羽が口を開く。
「ルリちゃんの心配することもわかるわ。十中八九、飯島絡みの人間がやったことだと思えるし……なるべく顔を合わせたくはないもんね。それでどうする? いったん体勢を整えるか、このまま一気に突き進むのか……」
真剣な表情をした音羽が問いかけると、瑛士とルリが顔を見合わせて声を揃えて答える。
「決まっているだろ、このまま一気に突き進む」
「もちろん決まっているのじゃ! 二度目のエリアボスまで一気に攻略するに決まっておるのじゃ!」
「そ、そう……って、一気に進むの?」
二人の返答を聞いた音羽が驚いたような声を上げると、二人が不思議そうに聞き返す。
「ありゃ? そんなに意外な回答だったかのう?」
「意外だな。音羽なら『さっさと攻略して終わらせましょう』とか、言いそうなんだけど」
揃って顔を傾げていると、音羽が額に手を当てて大きなため息を吐く。
「あのね……いくら私でもそこまでイケイケじゃないわよ。そんなことより、ちょっとは警戒心ってものはないの?」
「何を警戒するんだ? 関係者と鉢合わせしたとしても、何とかなるんじゃないのか?」
「うん、まあ、そうなんだけど……」
あっけらかんと話す瑛士を見て、複雑な表情を浮かべながら答える音羽。そんな彼女の様子を見て、ルリが不思議そうに問いかける。
「何をそんなに警戒しているんだ? 今までも何とかなってきたんだし、これからも大丈夫だろ」
「それならいいんだけどね……」
煮え切らない音羽に対し、わざとらしく大きなため息を吐いたルリが声をかける。
「ハァ……音羽お姉ちゃん、何を弱気になっておるんじゃ? たとえヤツラが何か仕掛けてきたとしても、わらわがいれば何の問題も無いのじゃ! それに、ここは迷宮の中じゃ。予想外の出来事が日常的に起きる……ということは、奴らの思い通りに行くとは限らんということじゃ」
自信たっぷりに話すルリを見て、呆気に取られた音羽が思わず吹き出す。
「ぷっ、そうね。ルリちゃんの言う通りだわ。常識が通用しない迷宮の中……ということは、何をしてもお咎めなしってことだし……瑛士くんを好きにしても大丈夫よね?」
怪しげな光が目に宿り、獲物を狩るような視線を向ける音羽。その視線に気が付いた瑛士が、身震いしながら叫び声を上げる。
「音羽さん? いったい何を考えているのでしょうか?」
「え? たいしたことじゃないのよ……瑛士くんにまとわりつく害虫どもを駆逐する方法を思いついただけだから。そう、私の所有物であると明確にするために!」
「俺は物じゃねーよ! そもそも、いつからお前の所有物になったんだよ!」
「え? そんなの昔からに決まっているでしょ? 大丈夫、ちょっと配信を通じて全世界に見せつけるだけだから……コワクナイヨ」
「十分怖いわ! ちょ、こっち来るな!」
怪しげな笑みを浮かべ、両手を体の前に構えて動かしながら、鼻息荒くにじり寄る音羽。あまりの圧に押され、後ろに少しずつ身を引く瑛士。次の瞬間、彼女が身を低く構えて跳びかかろうとした時、ルリが声を上げる。
「二人ともいい加減にするのじゃ! 仲が良いのはよくわかったのじゃが、自分たちが置かれている状況を考えるのじゃ!」
ルリの言葉を聞いた二人が我に返ると、彼女に視線を向けて固まってしまう。
「まったく……わらわたちは迷宮攻略に来たのじゃぞ。それに早く配信を再開してくれと、ファンからのメッセージも多数来ておる。どうせやるなら下僕どもが見ている前で、イベントとしてやった方が同接数を稼げるという物じゃ」
「……は?」
ルリの口から飛び出した言葉を聞いて、豆鉄砲を喰らったような顔で聞き返す瑛士。そんな彼のことなどお構いなしに、大きく頷きながら話を進める。
「まあ、ご主人がみんなのおもちゃというのは周知の事実じゃからのう。どうせならとことんやった方が面白いと言うヤツじゃ。それに……わらわの用事があるのは八階層じゃしな。早く進みたいから秒で攻略するのじゃぞ。任せたのじゃ」
「ちょっと待て! いつからおもちゃになったんだよ! ふざけんな!」
抗議の声を上げる瑛士を完全に無視し、腕を組んで大きく頷くルリ。話を聞いていた音羽が、彼女に恐る恐る問いかける。
「ねえ、ルリちゃん……今言っていた、わらわの用事があるのは八階層ってどういうこと?」
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