閑話㉒-5 ルナと翠の作戦会議⑧
飯島たちや公安がそれぞれの思惑を巡らせていた時、迷宮の二階層で怪しく動く影が二つあった。
「さてと、二階層に来たわけだが……モンスターどもがやけに大人しいのはなんでだ?」
ルナが呆れたような顔で問いかけると、翠が不思議そうに答える。
「なんでだろ? ルナさんが『準備があるから適当に遊んでいろ』って言われたから、ちょっと追いかけっこしただけなんだけど」
「いや、アレは追いかけっこと言うか……明らかに狩る側の目をしていただろ……」
無邪気な笑顔で話す翠を見て、大きなため息を吐くルナ。
「どうしたの? ルナさんも遊びたかった?」
「いや、俺はいい……同情するわけじゃないが、ホーンラビットたちには申し訳ない気がするな……」
ルナが草むらの方を見ると、ホーンラビットたちが一斉に身震いして飛び跳ねていく。なぜなら、モンスターを追いかけ回していた翠の目は血走り、明らかに獲物を狩るオーラを振りまいていたからだ。全身からみなぎる強者のオーラが空間を支配し、一瞬で序列を塗り替えてしまった。
「むー、ご主人様から聞いていたのと違って、ちょっとつまらなかったんだよね。目が合うと向かってきて構ってくれるって言っていたのに!」
「いや瑛士が言っていることは間違っていないし、実際にアイツらは見かけによらず超攻撃的な性質なんだが……」
「えーそうなの? 逃げ回ってばかりでちっとも遊んでくれなかったもん!」
「……初対面であのオーラを当てられたら俺でも逃げ出すぞ……」
頬を膨らませながら文句を言う翠を見て、大きく項垂れながら呟くルナ。二匹のやり取りをホーンラビットたちが遠巻きに見守っているという奇妙な光景が誕生していた。
「なんかめっちゃ注目されているけど……どうなってるんだ、コレ?」
「あ、本当だね! みんな集まって来てくれたし、今なら遊んでくれるのかな?」
嬉しそうな顔をした翠が周囲を見渡すと、草むらに隠れていたホーンラビットが一斉に毛を逆立てて逃げ始める。
「あー! ちょっと待ってよ! 追いかけっこなら負けないぞ!」
「おい、ちょっと待て……って、もう遅かったか」
その様子を見た翠は前足を伸ばすと、地面を蹴って逃げたモンスターたちを追いかけ始める。慌ててルナが制止しようと声をかけるが、すでに姿はなくなっていた。そして、草むらのあちこちから悲鳴に似たホーンラビットの鳴き声が響き渡る。
「あーアイツ等には申し訳ないが、もうちょっと時間を稼いでくれよ。俺もやることがまだたくさんあるからな……」
背後で凄まじい叫び声と刈り取られた草が舞う中、ルナは何かの準備を黙々と進めていた。そして数分が経った頃、聞き覚えのある声がフロアに響き渡る。
「げっ……この声は……もうすぐそばまで来たのか……」
声を聞いたルナが後ろを振り返ると、先程まで響き渡っていたホーンラビットの悲鳴は無くなっていた。それどころか二階層の入口付近にモンスターたちが一斉に集まり始める気配を感じた。
(どういうことだ? ヤツラは基本的に群れることはない……一応ボスのような存在はいるが、統率が取れているわけではないのになぜ? 瑛士の声に反応したとしても奇妙な光景だな……)
ルナが顔を傾げながら見守っていると、先程まで感じていたある気配がなくなっていることに気がつく。
(ん? そういえば翠の気配はどこだ? さっきまでモンスターたちを追いかけ回していたはずなのに……)
目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、翠の気配を探るが一向に感じ取ることができないルナ。その表情にだんだん焦りの色が滲み始める。
「マジかよ……たしかに遊んでいろとは言ったけど、どこに消えたんだよ。まさか気配を消して、三階層に? いや、そんな器用なことが……」
ルナがあたりを見渡しながら呟いていると、二階層の入口のほうが急に騒がしくなる。
「チッ……もう来たのか。ホーンラビットたちに引き止められるとは思わないし、仕方ない……翠を探すのは後回しだ」
ルナは目を閉じると大きく息を吐き、集中力を高めていく。
(まったく瑛士のやつ、何を張り切っているのか知らんが……ちょっと痛い目に合わせておいたほうが良さそうだしな。気味の悪いヤツラが動き始めた以上、少しでも時間を稼いで遭遇しないように頑張らないとな。音羽さんを助けるためにも……)
静かに目を開けてまっすぐ二階層の入口を見据えるルナ。
(ほんとに翠のやつはどこにいったんだよ……余計なことをしなければいいが)
姿も気配も消えた翠に対し、愚痴をこぼすルナ。
この直後、想像を絶する事態が待ち受けているなど――知る由もなかった。
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