閑話㉒-4 関係者に向けられる包囲網
飯島と紀元がモニタールームで打ち合わせをしていた頃、迷宮からほど近い警察署の一室から怒号に近い声が響いていた。
「なぜ証拠が出てこないんだ! 飯島が関与しているのは明白だというのに!」
大声を張り上げていたのは、公安課長の桜井だった。その様子を見た部下の一人が慌てて止めに入る。
「課長、落ち着いてください……この件は、上層部から黙認するように言われているじゃないですか」
「そうだったな……すまない」
「頼みますよ……ただでさえ、この件に関しては上からも手を出すなときつく言われていますし……」
「わかっている、わかっているのだが……」
部下から窘められ、苦虫を噛みつぶしたような顔でこぶしを握り締める桜井。彼がここまで悔しそうに感情を露わにするのは、以前担当したある事件が関係していた。それは飯島が以前所属していたディバインカンパニーの研究所で起きた大規模失踪事件が発端だった。
「あの事件でも飯島と敵対するような人物が次々と消息を絶った……しかも、全員が研究所にいた飯島の元を訪ねた日に――どう考えてもおかしいだろうが!」
「そうですね。でも、どれ程家宅捜索をしても、髪の毛一本すら見つからなかったじゃないですか。それに、当の本人はそんな人物が来た記録も記憶も無いと言っていましたし……」
「入館記録を捏造したに決まっているだろうが! 周辺の防犯カメラには、被害者が研究所に向かって行く様子がしっかり映っていたんだ!」
「でも、研究所の守衛室、その他防犯カメラの記録には一切残っていなかった……その後、研究所で爆発事故が起き、証拠もろとも全て消え去って捜査は打ち切りでしたもんね」
冷静に話す部下の言葉を聞いて、何も言えず黙り込む桜井。彼が家宅捜索に入った数日後、研究所で爆発が起きて多数の被害者を出した。その後、被害者への賠償が膨らんだことによりディバインカンパニーは倒産し、責任者であった飯島も忽然と姿を消した。
「もっと強引にでも捜査をしていれば……」
拳を握りしめ、目の前にある机をたたく桜井の顔には悔しさがにじんでいた。そして、奥歯が軋むほど食いしばりながら、感情を押し殺したように呟く。
「飯島を逃がさなければ……あの人が犠牲ならずに済んだんだ」
事件のことを世間の記憶から薄れ始めたある日、突如事態が急変することになる。落雷と共に出現した謎の構造物『迷宮』の出現で、国中が大混乱に陥った。この時、第一線で捜査していたのが、入庁してから苦楽を共にした恩人ともいえる先輩だった。しかし、迷宮の調査で内部に入ったきり、二度と戻ってこなかった。
「何度も探しに行こうと上に掛け合ったが、誰も動かなかった。それどころか、手を出すなと言われたんだぞ!」
「知っていますよ。なぜか頑なに先輩を遠ざけていましたし……一説では飯島が裏で手をまわしたとも言われていますから」
「そうなんだ! そうでなければあんな決定が通るはずが……」
桜井が項垂れると、怒りで肩を震わせる。その理由は、彼が上層部に掛け合った直後、国から『迷宮内で起きたすべてのことは治外法権である』という決定を下されたからだ。そして、ディバインカンパニーの捜査に関連した人物が、捜査の第一線から閑職へ移動となった、彼を除いて……
「まあ、あからさまに不自然でしたからね。課長も異例の昇進に見せかけて、上層部の監視下に置くというのが見え見えでしたし」
「ああ、だからこうして秘密裏に動いているんだろうが……まあ、逆に俺にとっては好都合だがな」
先ほどまで怒りに肩を震わせていた桜井が顔を上げると、怪しげな笑みを浮かべていた。その様子を見た部下は、少し呆れたような表情で話しかける。
「ほんととんでもない上司をもったものですよ……監視の目を逆に利用して、マスコミに情報をリークさせるなんて」
「その方がいろいろとやりやすいだろ? 上層部と関係があったと噂された迷宮管理組合前理事たちが、失踪した事件の捜査がこっちに回ってきたんだからな」
不敵に笑い熱弁を奮う桜井を横目に、小さくため息を吐く部下。
(課長は飯島しか見えてないけど……こっちの人物が気になるんだよな)
目の前に置かれた資料を数枚捲り、手を止めて目を細める。そこには最重要関係者として、三名の名前が書かれていた。
(川崎瑛士くんに綾瀬音羽、そして謎の留学生で人気急上昇中の配信者ルリ・サラサか……早い段階で彼らに接触したほうがいいのかもしれないな)
そんな部下の様子を気に留めることなく、身振り手振りを交えて他の捜査員に話し続ける桜井。
(この事件……もっと深い闇が隠れていそうだな。それに、近いうちに何か大きなことが起こりそうな予感がする……)
小さくため息を吐くと、再び資料に目を向ける。
はたして部下の予感は的中するのか――その答えはすぐに明らかとなる……
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