閑話㉒-3 一抹の不安とズレ始める計画
一方的に通話を終えた飯島がスマホの電源を落とし、机の上に放り投げると、椅子にもたれかかる。
「ふぅ……なんかめんどくさいことになりそうね……」
目に手を当てて大きなため息を吐くと、考えを巡らせる飯島。
(まあ公安のヤツラがどれだけ動いたところで、真実にたどり着くのは不可能でしょ。そもそも私が関わった証拠なんてどこにもないわけだし)
飯島が絶対的な自信をちらつかせるのには、理由があった。前迷宮理事たちの失踪を含め、一連の事件に彼女が直接手を下したわけではない。さらに言えば、彼らが連れ去られたと思われる時間には揺るぎないアリバイが存在したからだ。
(たしかにアイツらとかなりの確執があったのは事実だし、個人的な恨みは山ほどある……だけど、警戒心が高くて裏社会とつながりのあるヤツに手を出すほどバカじゃないわ)
飯島の口元が釣り上がり、不敵な笑い声が漏れ出す。彼女が自信たっぷりに笑う理由は、彼らが最後に失踪した場所が大きく関係していた。
「ふふふ、まあどれだけ捜索しても絶対に追いきれないわ……だって、最後に目撃された場所は迷宮だもん。ここはどんな法律も権限も及ばない治外法権が存在するからね」
薄暗いモニタールームに不気味な笑い声が響く。すると出入口の扉がノックされる音が聞こえてきた。
「誰? 来客が来るなんて聞いていないんだけど」
「俺ですよ、飯島博士」
「あーあんただったのね……早く入りなさい」
少し不機嫌そうに飯島が答えると、出入口の扉が開いて外の光が差し込んでくる。そして、訪ねてきた人物が声をかける。
「やっと見つけましたよ……今までどこにいたんですか!」
「え? ずっとここにいたわよ。ちょっとジュースを買いに行ったりして、席を外したこともあるけど……」
「ちょっとじゃないですよね? 何度かここに来ましたが、姿が見えなかったですし……」
紀元の鋭い視線が突き刺さると、露骨に目をそらす飯島。
「そ、そんなこと無いわよ……ちょっと新商品を求めて歩き回っていただけだし……」
「やっぱりちょっとじゃないじゃないですか!」
「だってしょうがないじゃない! 新商品の飲料がどの自動販売機も売り切れているんだもん!」
「……今日は迷宮オープン日ですよ。しかも、先行販売の商品なんですから、仕方ないですよ……」
頬を膨らませながらそっぽを向く飯島に対し、額に手を当てて大きなため息を吐く紀元。
「まったく……私が新商品に目がないことくらいわかっているんだし、専用の自動販売機を用意するのは当然じゃない……って、そう言えばなんであんたは、私を探していたの?」
肩を大きく落とし、項垂れている紀元を見た飯島が何かを思い出したように声をかける。
「そうでした。博士、少々やっかいなことが発生しまして……」
「ああ、電話で言っていた件ね。公安が動き始めたとかなんとかって」
飯島が顎に手を当てて考え込むように答えると、険しい顔をした紀元が口を開く。
「ええ、こちらもまだ探っている段階で正確な情報とは言えませんが……」
「ありがと。まあ、心配はないでしょ。どうせ前理事たちの利権絡みが騒ぎ始めただけでしょ?」
「その予想は間違ってないと思いますよ。甘い汁が吸えなくなったヤツラが垂れ込んだ……という証拠は押さえております」
紀元が不敵な笑みを浮かべながら報告すると、満足げな表情を浮かべる飯島。
「さすが紀元ね。仕事が早くて助かるわ……ほんと金に汚いやつらってムカつくのよね。いっそ、力ずくで全員闇に葬ってやろうかしら?」
口元を釣り上げた飯島の目が鋭くなると、慌てて紀元が止めに入る。
「は、博士! さすがに自ら手を下すのはまずいですよ! 相手も公安がマークしている人物が多数含まれていますし、あらぬ疑いを増やすのは……」
「は? なんで私が直接手を下さないといけないの? ようやく迷宮の権限を手に入れたのに、バカどものせいで邪魔されたくないだけよ。それに……ヤツラは利権でつながっているだけだし、ちょっと美味しい話をちらつかせてあげるだけよ」
「なるほど……毒を以て毒を制すということですか……」
「そういうことよ……そうと決まればやることは何をすればいいか分かるわよね」
飯島が怪しげな笑みを浮かべて口を開くと、紀元も同じように口元を釣り上げる。
「ふふふ……そうですね。きっとうまくいきますよ……」
「当たり前じゃない。さあ、準備を始めるわ……そう言えば、雫ちゃんもまだ迷宮にいるんだっけ?」
「ええ、たしか取材を進めているはずですが……アイツを呼ぶのですか?」
雫の名前を聞いた紀元が露骨に嫌そうな顔をすると、飯島が顔を傾げて問いかける。
「あら? なにか不都合なことでもあったの? まあ、私が探してきなさいと言っているんだから……さっさと見つけてきなさい!」
「は、はい! すぐに呼んできます!」
飯島の声がモニタールームに響くと背筋を伸ばし、大声で返事をして飛び出していく紀元。再び室内に静寂が戻ると、椅子に座って不敵な笑い声を上げる。
「ふふふ……私に逆らうとどうなるか見せてあげるわ……」
室内に飯島の高笑いが響き渡る中、壁に並ぶ一つのモニターに映る映像が――一瞬だけ、コマ落ちしたように乱れるとメッセージが表示される。
『コードE 二号機との通信が強制遮断されました……対応をお願いします』
最後に――【神崎からのお願い】
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