閑話㉒ー2 裏で暗躍する人物
「順調に物事が進んでいて退屈ね。もうちょっとハプニングみたいなことが起こってくれても面白いんだけど」
瑛士があっさりホーンラビットを倒した様子がモニターに映し出されると、退屈そうに欠伸をする飯島。そして、近くにあったリモコンを手に取ると、画面には他の階層の様子が映し出される。
「さてと、実験を任せたフロアの様子はどんな感じかしら? たしか七階層くらいだったと思うけど……」
飯島がヘッドセットを付け、キーボードを操作しながら話し掛ける。
「こちら飯島よ。頼んでおいて悪いけど、実験は順調かしら?」
「はい、マスター。ご指示いただきましたようにモンスターへの装着が完了いたしました」
飯島のヘッドセットに無機質な音声が届き、思わず笑みがこぼれる。
「ふふふ、順調で何よりね。やはりあなたたちに頼んで正解だったわ。ヤツラにやらせて前みたいに失敗されるとたまったもんじゃないし。三階層の時みたいにね」
飯島の脳裏に浮かんだのは、ある犯罪者を利用して実験を進めようとした時のことだった。途中まではうまく進んでいたが不測の事態が発生し、思うように実験が進められなかったのだ。さらに、瑛士たちと鉢合わせした時に機械の一部を失っただけでなく、謎の襲撃者によって社員に犠牲者まで出てしまったのだ。
「ホント使えないヤツラ……もう少しちゃんと教育をすべきだったわ。おかげでスケジュールが大幅にずれ込んだんだから」
飯島の表情に悔しさがにじみ、歯ぎしりをする音がモニタールームに響く。すると異変を察知したのか、ヘッドセットに音声が届く。
「マスター、異常な心拍数の上昇と呼吸の乱れを感知しました。医療従事者を手配いたしましょうか?」
「あ? 別にいらないわよ。ちょっと嫌なことを思い出しただけだから。それで、そっちの進捗はどうなの?」
「はい、今のところ問題なく機能しているかと思います」
「それなら問題ないわ。装着が完了したら五階層へ戻りなさい」
報告を聞いた飯島が満足げな表情を浮かべ、指示を飛ばす。すると、再びヘッドセットに無機質な音声と共に疑問の声が響く。
「イエス、マスター。ご指示のもとに動きます。装着したモンスターの回収と処分はいかがいたしましょうか? 対象の人物以外が接触する可能性はゼロではありません」
「ふふふ、なかなか上出来な疑問ね。安心しなさい、対象者以外が七階層まで侵入することはないわ……なぜなら、探索者が入場できるのは明日以降だから」
「失礼いたしました。それではすぐに五階層へ向かいます」
「よろしく頼んだわ」
飯島が返事を終えると、短い機械音が響いて通信が切れる。小さくため息を吐き、ヘッドセットを机に置くと椅子にもたれ掛かりながら考えを巡らせる。
(今のところは順調ね。やっぱり呪われた子供たちを使って正解だったわ。それにわざと探索者用の案内を細工したかいもあったけど……何か引っかかるのよね)
目を細めながら暗闇に浮かぶモニターを見つめる飯島。すると、三階層を映すカメラにネコのような影が一瞬映りこむ。
「ん? 今、奇妙な影が映りこまなかったかしら?」
体を起こし、三階層のモニターを凝視する飯島。しかし、映し出されているのは何の変哲もないフロアの様子だった。
「おかしいわ、見間違えじゃなかったと思うんだけど……五階層に向かわせた二号機に調査させようかしら?」
画面を見つめたまま、顎に手を当てて眉間にしわを寄せる飯島。しばらく考え込んでいると、今度はスマホが通知音を鳴らす。
「まったく……今度はスマホなの? この忙しい時に……もしもし、飯島よ」
しぶしぶといった様子で通話を繋ぐと、電話口から紀元の焦ったような声が聞こえてくる。
「ようやくつながった……博士、どこにいるんですか?」
「は? モニタールームにずっといたわよ。こっちは忙しいんだから手短に用件を言いなさいよ」
「どうせモニタールームでおやつ食べていただけでしょ……」
「あ? 何か言った?」
思わず口を滑らせた紀元の声を聞き逃さず、電話越しに圧をかける飯島。
「え、あ、何でもないです……それよりも、博士に至急相談しなければならない事案が発生したのですが……」
「へぇ、アンタがそんなに焦るなんて珍しいじゃない。いいわ、話を聞いてあげる……その代わり、一階層のソフトクリームを買ってきなさい。もちろんトッピングもつけて」
「は? 何を言っているんですか?」
思いがけない言葉を聞いた紀元が電話口で固まっていると、畳みかけるように飯島が声を上げる。
「だーかーら、ソフトクリームを持ってこいと言っているの。疲れた時には甘いものが必要でしょ? わかったらさっさと動く! あと制限時間は十分だからね。よろしく」
「は? ちょ、ちょっと博士! まだ話は……」
電話口で叫ぶ紀元を無視し、一方的に通話を終える飯島。
この時、三階層で異変が起こっている様子をモニターが映していたのだが――彼女は気が付いていなかった。




