第11話 動き出す影と迫る異変
フロア全体が地震のような地響きとともに揺れ始めると、目の前に広がっていた大きな穴が少しずつ縮み始める。ありえない光景を目の当たりにした瑛士が、その様子を呆然と見つめていた時だった。隣にいたルナが颯爽と飛び出し、穴に向かって駆け出していく。
「お、おい! 穴の中に自ら飛び込んでどうするんだ! 戻ってこい!」
驚いた瑛士が右手を伸ばしながら必死に叫ぶが、ルナに届くことはなかった。そのまま穴の端に立つと、先の見えない暗闇に向かって勢いよく飛び込む。
「ル、ルナ!」
ルナのもとに駆け寄ろうと頭ではわかっているが、なぜか次の一歩が踏み出せない。瑛士の呼びかけも虚しく、飛び込み自殺でもするかのように黒い穴へ吸い込まれていく様子を見届けるしかなかった。
「な、なんで俺は……止める方法なんていくらでもあっただろ……」
衝撃的な光景を目の当たりにし、膝から崩れ落ちると両手をついて項垂れる瑛士。すると次の瞬間、思わぬ声が耳に届く。
「キュー、キュキューキュ」
「ははは……ルナの幻聴まで聞こえるのか……」
暗闇の中に吸い込まれるように消えたルナの鳴き声が聞こえ、瑛士が項垂れたまま呟く。すると今度はさらに大きな声が響き渡る。
「キュー! キュキュキュ! キューキュキュ!」
「どこを見ているんだ? 幻聴じゃないからちゃんと穴の中を見ろって、聞こえるな……光も届かない穴の中なんて見てもしょうがないだろ……」
「ギュー! ギュギュ!」
「いいから早くしろ! 勝手に殺すな……って、まあ幻聴だろうがルナの生き様はしっかり見届け……」
落ち込む瑛士が渋々顔を上げ、視線を送ると信じられない光景が目に飛び込んできた。なんと、真っ黒な穴の中央にルナが堂々と立っていたのだ。その隣にはしおらしく頭を下げ、小さくなって座っている翠の姿があった。
「……は? ルナが宙に浮いているだと? そんで隣になんで翠がいるんだ……しかもめっちゃ落ち込んでいるし……なんで?」
突然現れた二匹の様子にわけが分からず呆然としていると、ルナが怒ったような鳴き声を上げる。
「ギューギュギュ!」
「は? 何をボケッとしているんだ? 早くこっちへ来いって……お前な、今の状況わかっているのか?」
困惑して固まっている瑛士の姿を見て、前足を勢いよく叩きつけて怒りをあらわにするルナ。
「ギュー! キューキュキュキュ」
「い、いや……言いたいことは分かるんだけど、今の状況がまったく整理できていないというか……」
「ギュー? ギューギュ!」
「つべこべ言わずに早くしろって……わかったよ、そっちに行くから待っていてくれ」
あまりの迫力に圧され、渋々立ち上がると二匹のもとへ向かって歩き始める瑛士。未だ細かい振動は続いているため、ふらつきながらなんとか穴の手前までたどり着く。そして、足元に広がる暗闇を目の当たりにし、思わず足がすくんでしまう。
「いや、ほんとにここから進んでも大丈夫なのか……前は足場ができていたけど、今回も同じだろうか?」
穴の前で立ち止まっている瑛士を見て、ルナがさらに前足を叩きつけて鳴き声を上げる。
「ギューギュギュ!」
「いいから早く進めって、言われても……だが、ここで怯んでいてはダメだ! 行くぞ!」
意を決した瑛士が一歩踏み出すと、不思議な感覚に襲われる。たしかに床のようなものがあるのだが、以前のような地面のような感じではなく、空中に浮いているような感覚だった。
「な、なんだコレ? 地面を踏みしめている感覚はまるでないが、妙な安心感がある……とりあえず進むか」
なんとも言えない感覚に戸惑いながら、一歩ずつ歩みを進めていく瑛士。しばらく歩くと、穴の中心で待ち構えていた二匹のもとにたどり着く。
「待たせたな。それで、どういう状況なんだ?」
「キュー、キューキュキュキュ、キュー」
「やっと来たか。まったく待ちくたびれたぞ……じゃねーだろ。少しはどういう状況なのか説明しろって」
呆れたように鳴き声を上げるルナに対し、少し苛立ったように話しかける瑛士。そんな彼のことなど気にすることなく、畳み掛けるように話しかける。
「キューキュキュキュ!」
「は? 説明している暇なんて無いんだよ。さっさとこのバカを連れて五階層に向かうぞ、だと? いやいや、意味がわからないって言っているだろうが!」
「キュ? キューキュキュ」
「あーわかった、わかった……翠、なんかすごく落ち込んでいるが、大丈夫か?」
「ニャ……」
心配した瑛士が優しく声をかけるが、力なく鳴き声を上げるのが精一杯の翠。その様子を見てため息を吐くと、膝をついて両手で抱き上げる。
「まあ、何があったのかはよくわからんが……とりあえずここにいてもしょうがないから、五階層へ向かうか」
「キュー」
ルナが誇らしげに鳴き声を上げ、瑛士たちを先導するかのように穴の上を跳ねるように進んでいく。後を追うように歩き始めると、先程まで続いていた微振動が止まる。
「ん? 急に収まっただと……まあ、進みやすくなったからいいか」
少し引っかかりを覚えるが、いろいろなことが起きすぎて感覚が麻痺している瑛士が気に留めることはなかった。そのまま四階層の出口へ彼らが進み、姿が消えると物陰から動き出す影があった。
「マスターへ報告、四階層で謎の魔力反応と監視対象が動き始めました。これより調査を開始します……許可の判断を」
無機質な声がフロアに響き、再び景色に溶け込むように姿が消えようとした時だった。閃光がフロア全体に走り、金属がぶつかり合う音とともに爆発音が響き渡る。
「異常事態発生! 緊急防御プログラムを……発動……」
警告のような声が響き始めた時、フロアの中央で光が収縮するように輝く。次の瞬間、熱風と耳をつんざくような爆発音が響き渡り、周囲が煙に包みこまれていく。
「……マ、マスターにほ、報告……を……」
壊れた機械のように繰り返す音声がフロア内に響き渡り、しばらくすると何事もなかったような静寂が訪れる。
瑛士たちの知らないところで動き始めた影……静かに、そして着実に魔の手が忍び寄っていることを彼らはまだ知らなかった……
最後に――【神崎からのお願い】
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