第10話 目の当たりにした異変と影
瑛士が透明な結界を張り、四階層の入口に到着した時だった。背後からルリと音羽の声が響いてくる。
「いったいどうしたんじゃ! なにか変なものに遮られて前に進めないのじゃ」
「瑛士くんにしてやられたわね……まさか結界を張って行く手を阻むとは……」
「そんな呑気なことを言っている場合じゃないのじゃ! 早くなんとかしないといけないのじゃ!」
「そうは言ってもね……」
焦ったように叫ぶルリと困ったように答える音羽の声を聞きながら、瑛士は小さくため息を吐く。
「ふぅ……思ったよりも上手くいったようだな。万が一、飯島女史の罠であるならば、アイツ等を巻き込むわけにはいかない。ヤツの狙いは俺だから……」
「キュー、キュキュ」
「ああ、そうだな。ルリたちを危険な目に……って、なんでお前がいるんだよ、ルナ!」
瑛士の発した言葉に同意するような鳴き声が響き、慌てて足元を見ると、深く頷いているルナの姿があった。驚いた彼が問いかけると、顔を傾げながら声を上げる。
「キュー? キュキュ―キュ」
「どうしたんだ? 亡霊を見たような顔をして変なやつだな……って、何でルリと一緒にいたお前がここにいるんだよ!」
「キュ? キュキュ―キュ」
「え? 結界をくぐり抜けるなんて朝飯前だろって……」
さも当然のように胸を張り、鳴き声を上げるルナ。その様子を見て、瑛士は目を見開いたまま固まってしまう。すると、彼の様子を見て、呆れたような顔で話しかける。
「キュー、キュキュ」
「何もおかしなことはないだろ。そんなことよりも早く行くぞ……って、色々おかしいだろうが!」
「キュ、キュキュ」
「まあまあ、細かいことは気にするなって言われてもな……」
ルナから返ってきた言葉を聞き、額に手を当ててその場にしゃがみこんで大きなため息を吐く。すると、器用に片方の前足で瑛士の体を軽く叩き、ドヤ顔を披露する。
「あああ……動物に慰められる日が来るって、人としての尊厳が……」
ルナの顔を見た瑛士は頭を抱えてうめき声を上げ、こみ上げてくる思いを抑えきれずにいた。呪詛を唱えるように呟いていると、呆れたような鳴き声が聞こえてくる。
「キュー……キュキュキュ」
「は? 何をしているんだよ……さっさと四階層に行くぞって、何でお前が仕切っているんだよ」
「キューキュキュ」
「いつまでも落ち込んでいるからだろ。早く原因を突き止めに行くぞ、だと?」
瑛士が聞き返すと、すでにルナの姿はなく、数メートル先にある四階層の入口で待ち構えていた。
「キュー!」
「はいはい、わかったよ。まったく……勝手に一人で進むんじゃねーよ……」
立ち上がって大きく息を吐くと、ルナの待つ入口に向かって渋々歩き始める瑛士。しばらくして彼が追いついたことを確認すると、並んで四階層の入口をくぐる。直後、彼らの目に飛び込んできた光景に言葉を失い、その場に立ち尽くしてしまう。
「な、なあ……ルナ。四階層って小川が流れていて、ちょっとした草原というか景観が良かったフロアだよな?」
「キュー、キュキュ……」
「めっちゃ硬い魚とか変なモンスターとかたくさんいたはず……って、やっぱりそうだよな。俺の記憶が間違っているわけじゃない」
「キュー」
「じゃ、じゃあ目の前に広がっているこの光景は、どうなっているんだよ!」
目の前に広がる景色を指差しながら、瑛士が大声で叫ぶ。彼らの前に現れたのは、かつての自然豊かな景観は消え去り、フロアの中央に大きな黒い穴が出現していた光景だった。さらに、あれほどたくさんいたモンスターの姿もなくなっていた。
「あの大穴……どこかで見覚えがあるな。三階層で見た景色と似ているような気がするぞ……」
瑛士が顎に手を当てて考え込んでいると、隣にいるルナの顔が引きつり始める。
「ん? ルナどうしたんだ? やけに顔色が悪くなっているぞ」
「キュ、キュ……」
心配そうな顔で問いかけられたルナは、苦しそうな鳴き声を上げると、思わず顔を逸らす。あまりに不自然な様子に疑問を覚えた瑛士が膝をつき、視線を合わせて声を掛ける。
「ルナ、なにか知っているのか? 分かることがあるなら教えてくれ」
「キュー、キュキュ……」
「エット、ナニモシラナイヨ……タブン……って、絶対知っているだろ」
瑛士の見つめる圧がどんどん強くなり、頭から滝のような冷や汗が流れ始めるルナ。
「キュー? キュキュ、キュー」
「ナンノコトハサーッパリワカラナイナ~じゃねーよ! さっさと吐いたほうが楽になるぞ?」
「キュ……キューキュ」
「な、何も知らないんだもんって、あ! ちょっと待て、逃げるな!」
視線に耐えられなくなったルナが、その場から逃げるように駆け出す。その姿を見た瑛士が慌てて叫び、追いかける。
「キュー、キュキューキュ」
「追いつけたら話してやるよって、ふざけんな!」
脱兎の勢いで逃げ出したルナを追いかけ始める瑛士。
「クソっ、こういうときだけ鬼のように逃げ足が早いんだから……素直に捕まりやがれ!」
「キューキュキュキュ」
彼らが大穴をうまく避けながら追いかけっこを始めた様子を、物陰から静かに見つめている影があった。
「……」
物音を立てずに彼らの様子を見つめていた影は、やがて静かにその場から離れ始める。そして、口元をわずかに動かした瞬間、フロアが地響きを立て始める。
「な、何だ? 一体どうしたんだ?」
地震のような揺れが始まり、困惑した様子で辺りを見渡す瑛士。
いったいこのフロアで何が始まろうとしているのか?
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