第5話 三階層で起きた異変
「テメー、待ちやがれ!」
「キュー、キュキュ」
「追いつけるもんなら追いついてみろ、ノロマだと!」
前をいくルナは笑みを浮かべながら振り返ると、必死に追いかける瑛士を煽る。その言葉を聞くとどんどん顔が赤くなり、走る速度を一段上げる。
「……いいだろう、俺も本気を出すときが来たようだ。この先は三階層だ……どんな手を使ってでも追いつめてやる!」
怪しげな笑みを浮かべた瑛士から声が漏れると、その後ろを走っていた音羽が大きなため息を吐いてあきれたように呟く。
「ほんと頭に血が上って何も考えられなくなっているわ……三階層がどんなフロアだったか忘れてない?」
「うむ、二階層の草原と違って岩だらけでまともに走れないのじゃ。むしろルナにとっては有利すぎるような気がするのじゃが」
「そうね。どう考えてもルナちゃんの跳躍力は、普通のウサギとは比べ物にならないし。追いつめるとか言っているけど、追いつめられるのが関の山じゃない?」
顔を真っ赤にして息巻く瑛士を見て、大きなため息を吐くルリと音羽。すると、三階層の入り口をくぐったルナが、突如急停止する。
「わっ! 急に止まるんじゃねーよ!」
俯きながら全力で走っていた瑛士が、急停止したルナの存在に気が付くのが遅れる。ぶつかりそうになりながら寸でのところで避けるが、そのまま足がもつれて盛大に地面へダイブする。
「ご主人はいったい何をしておるのじゃ……」
「ちゃんと前を見ていないから、反応が遅れるのよ」
「うむうむ、何を考えて笑っておったのか知らんが……自業自得じゃのう」
顔面から地面にダイブし、体をくの字に曲げたまま固まっている瑛士。そんな惨状にもかかわらず、三階層の入り口に到着したルリと音羽は容赦ない言葉を投げつける。
「まあ、ルナを避けてくれたのは良かったのじゃ。あのまま激突していたら怪我では済まなかったかもしれんからのう」
「ほんとルナちゃんが無事でよかったわ。特に怪我とかしてない? 大丈夫?」
「キュー!」
地面に顔を打ち付けている瑛士には目もくれず、ルナの元に駆け寄る二人。心配する声をかけられたルナは元気よく鳴き声を上げる。その様子に気が付いた瑛士が起き上がると、二人に対して大声を上げる。
「お前ら……少しは俺のことを心配したらどうなんだ! 思いっきり顔面を地面にぶつけたんだぞ!」
「あーそうじゃったのう。まあ元気じゃから大丈夫じゃろ」
「何を言っているの? 瑛士くんは男の子なんだから少しは我慢しなさい」
抗議の声を上げる瑛士を一瞥すると、呆れたように話しかけるルリと音羽。そして、その二人の言葉を聞いて勝ち誇ったような表情をしているルナと目が合った。
「この野郎……わざとやりやがったな?」
「キュー? キューキュキュ」
「あ? 何を言っているんだ? 前をよく見ていないからだろ。このマヌケ……だと? この野郎……なんとしてでも引導を渡してやる!」
言葉を聞いた瑛士が鬼の形相でルナに跳びかかろうとした時だった。
「ぶべっ」
ルナの目前まで迫った時、突如見えない壁のようなものに思いっきり顔を打ち付ける。すると、呆れたような表情のルリが声をかける。
「ご主人も落ち着くのじゃ。今はルナとケンカしておるような状況ではないのじゃぞ」
「ルリ……お前の魔法なのか? さっさとこの壁を解除しろ! そこの畜生と雌雄を決するほうが先なんだ!」
「あーもう、人の話を聞けと言っておるのがわからんのか? 自分たちが置かれている状況をしっかり把握した方が良いぞ……」
真剣な表情で語りかけるルリを見て、思わず黙り込む瑛士。
「ようやく話を聞く気になったようじゃな。ご主人、そのまま後ろを振り返って周りの景色を見てみるのじゃ」
「周りの景色だと? 何を言って……な、なんだこれは!」
ルリに促されて瑛士が振り返って周囲を見渡すと、信じられない光景が目に飛び込んできた。以前訪れた時は大きな岩に囲まれ、その隙間を縫うように道が整備されていた。しかし、彼の前に広がっているのはほぼすべての岩が砕け、モンスターもろとも瓦礫の山となったフロアの様子だった。
「ど、どうなっているんだ……なんで崩壊しているんだよ……」
あまりの光景に呆然としていると、魔法を解除したルリが近づいてくる。
「驚いたじゃろ。さっき、凄まじい爆発音がしたのは覚えておるか?」
「ああ、通路にいた時に聞こえたヤツだろ? たしかにすごい音だったが、ここまで崩壊するとは思ないぞ」
ありえない惨状に対し、目を見開いて固まる瑛士。すると、黙って話を聞いていた音羽が腕を組みながら二人に話しかける。
「瑛士くんが言う通りだと思うわ。ここまで徹底的に破壊したらあの程度の振動や音で終わるわけがないわね」
「そうだろ? 災害級の大爆発でも起きなければ、フロア全体が崩壊するとは思えんのだが」
音羽の声を聞いて我に返った瑛士が、同意するような声を上げる。すると彼女は小さく息を吐き、さらに言葉を続ける。
「常識で考えれば絶対に不可能……なんだけど、妙な魔力反応を感じるのよね」
「は? 妙な魔力だと? モンスターたちのじゃなくて?」
瑛士が不思議そうな顔で聞き返すと、険しい表情で遠くを見つめる音羽。
「私の予感が正しければだけどね……瑛士くんは感じないの?」
視線をはるか先に向けたまま淡々と問いかける音羽。
いったい彼女には何が視えているのか?
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