閑話㉑ー5 音羽の潜入作戦(後編)
壁に開いた穴に頭を突っ込んだまま震える二匹を見て、音羽が小さく息を吐くと優しく声をかける。
「あれ? なんか壁なのにすごく出っ張っているところがあるわね」
声を聞いた二匹の体が跳ね上がるように大きく揺れると、全身の毛が逆立ち始める。その様子を見た音羽は必死に笑いをこらえる。
(ぷっ! 面白すぎるでしょ。震えながら一気に毛を逆立てて……必死に隠れているつもりなのが可愛すぎる! もう今すぐ後ろから抱きついてモフりたいわ。でも、驚かせて嫌われたら嫌だし……)
小刻みに揺れながら必死に身を隠そうとする後ろ姿に悶絶する音羽。しかし、すぐに真顔になると、腕を組んで考え始める。そして、ズボンのポケットに手を突っ込むとある物を取り出して、わざとらしく声を上げる。
「あれれ? なんでかな~ネコとウサギ用のチュールが出てきちゃったぞ。でも、こんなところにいるわけないもんね」
チュールという単語を聞いた二匹の反応は面白いほど素直だった。逆立っていた毛が一瞬で収まると、その場で体を揺らして必死に耐えようとしている。その様子を見た音羽は口に手を当てながら、必死に笑いをこらえる。
(た、耐えるのよ……反応が予想通り過ぎて面白いけど、ここで誘惑に負けたらダメ! ルナちゃんや翠ちゃんが自ら飛び込んできてくれるように仕向けないと)
体を震わせながら必死に耐えていると、翠の後ろ脚が僅かに動いたのが見える。その動きに呼応するかのようにルナが体を押し付け、制止する姿が視界に映る。
(なるほどね。翠ちゃんが耐えられなくなって動こうとしたのを、ルナちゃんが必死に止めているってわけね。『翠、動くな! おやつは魅力的だが…罠かもしれないぞ!』とか話しているのかしら?)
二匹が必死に攻防戦を繰り返す様子を見て、音羽はその場にしゃがみ込むと微笑ましく眺めている。しばらく見ていると、落ち着きを取り戻したのか全く動かなくなるルナと翠。すると、彼女はチュールの封を切るという最終手段に出て、わざとらしく声を上げる。
「あーどうしよう。間違えて封を切っちゃった! 私が食べるわけにいかないし……どこかにネコちゃんとウサギちゃんはいないかしら?」
「ニャー!」
言い終えると同時に耐え切れなくなった翠が穴から飛び出し、光の速さで音羽の胸の中に飛び込む。その直後、慌てたルナが追いかけるように飛び出してくる。そして、二匹の突撃を喰らった音羽はその衝撃で尻もちをついてしまう。
「グフッ! ちょっと……二匹揃って勢い良すぎじゃない……」
みぞおちあたりに直撃を受けた音羽は、その場にうずくまると悶絶したまま動けなくなってしまう。そんな彼女の様子を気にすることなく、右手に握られたチュールを夢中で食べ続ける二匹。そんな奇妙な光景は彼女が落ち着きを取り戻すまで、しばらく続いていた。
「なんか思っていたのと違うけど……まあ、ルナちゃんと翠ちゃんが無事でよかったわ」
「キュー!」
「ニャー!」
チュールを堪能し終えた二匹は、苦笑いを浮かべている音羽の前に並んで座って鳴き声を上げる。すると、音羽の服装を見たルナが不思議そうに顔を傾げながら鳴き声を上げる。
「キュー? キュキュ?」
「ふむふむ。『なんでそんな恰好をしているの?』って聞いているのね」
「キュー、キュキュ」
返事を聞いたルナが首を縦に振りながら鳴き声を上げる。その姿を見た音羽が笑みを浮かべながら答える。
「いいでしょ? 調達するのは大変だったけど、関係者用エリアを怪しまれずに行き来できるからね。まあ……飯島女史とか上層部に見つかるとマズいけど」
「キュー。キュキュキュ」
「え? ルナちゃんたち飯島女史とすれ違ったの?」
話を聞いていたルナが鳴き声を上げると、驚きの声を上げる音羽。
「よく無事だったわね。あれ? 私はすれ違ってないけど……どこを通っていったのかしら?」
顎に手を当てて顔を傾げていると、足元に翠が近寄ってきて体を擦りつける。
「どうしたの、翠ちゃん?」
「ニャー、ニャニャ」
「もっと遊んでほしいって言っているのね。うーん、でもこの通路に長居するのは危険だし……どうしたらいいんだろ?」
翠の頭を撫でながら考えを巡らしていると、壁に掲げられた案内看板が目に入る。そこに書かれていたのは、一階層の通用口と二階層に続く階段への行き方だった。
「そうだ! ルナちゃん、翠ちゃん、ちょっとこっちに来て。あのね……」
二匹を呼び寄せると小声で何かを話し始める音羽。すると、話を聞いていた二匹の目が徐々に輝きを増し始める。
「……っていうことだから、二階層で遊んでいてくれないかしら? そうそう、ルナちゃんは瑛士くんが現れたら、大暴れして大丈夫だからね」
「キュー! キュキュキュ!」
「ニャー、ニャニャ!」
「うんうん、いい返事ね。あ、くれぐれも本人にばれないように立ち回るのよ。それじゃあ、またあとで会いましょう!」
「キュー!」
「ニャー!」
二匹が楽しそうな声を上げると、二階層に続く階段に向かって走り出す。その姿を見送った音羽は、小さく息を吐くとゆっくり立ち上がって呟く。
「さてと、これで面白くなりそうね。私もさっさと着替えて瑛士くんたちと合流しないと」
音羽は帽子を取ると、愛用している狐のお面を付けて一階層の通用口へ続く薄暗い通路を歩き始める。
彼女が瑛士たちと二階層に向かっていた頃、従業員の間である噂話が流れ始める。関係者用通路で狐のお面のような亡霊が徘徊していると……
最後に――【神崎からのお願い】
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