閑話㉑-2 飯島の壮大な計画
「はぁはぁ……クソッ、遅かったか」
息を切らした紀元が従業員通用口についたときには、部下から聞いていた清掃業者の姿はなかった。もしかしてどこかに隠れているのではと考え、周囲をくまなく探してみる。しかし、人の気配はおろか野良猫一匹の姿すら見当たらない。
「いったいどこに消えたんだよ……従業員通用口は専用のセキュリティカードがなければ通れないはずなのに……」
通用口の前まで戻ってきた紀元は両膝に手をつき、苦しそうに息を吐く。その表情には焦りの色が浮かんでいた。すると、目の前のセキュリティランプが青色に光り、鍵が開く音が響く。
「ん? 誰か出てくるのか? ここにいたらまず……ぐふっ」
顔を上げた紀元が一歩後ろに引こうとした瞬間だった。扉が勢いよく開き、そのまま後ろに倒れるように吹き飛ぶ。
「あれ? 何かに当たったような気がしたけど……まあ、いいわ。私の行く手を阻むようにしているのが悪い……って、あれ? 紀元じゃない。こんなところで寝ていると踏みつけるわよ」
「イデデ……外にいるのがわかっていたのであれば、もう少し気をつけてください! 飯島博士!」
紀元の前に現れたのは腕を組み、まるでゴミを見るような目で見下ろす飯島。
「そんなところにぼさっと立っている方が悪いでしょ? だいたいこの扉は外開きなんだし、勢いよく扉が開く可能性があるのは見れば分かるでしょ?」
「そんな勢いよく開ける人はいません! そもそも、そんな勢いで開けて壊れたらどうするんですか! このセキュリティ高いんですよ?」
「は? この程度で壊れる扉が悪いのよ。だいたい私の行く手を遮るものがある方が悪い! そんなに文句があるなら手動じゃなくて、自動ドアにしなさいよね」
「……博士、ここは会社じゃないんですよ? 迷宮の設備を勝手に弄るなんてできるわけないでしょうが!」
言いたい放題言い始める飯島を見て、思わず声を荒げる紀元。そんな声を聞いても、彼女の口は止まらない。
「なんでダメなの? 管理会社はうちの会社でしょ? そう、大人気配信者にして名誉と名声を集める私が言っているの! そんな腐った考えなんて捨ててしまいなさい!」
「アホか! 博士が世界的権威をだったとしても、国を敵に回した時点で全て終わりなんですよ! だいたい、迷宮の管理はしてますけど……所有者は国なんですから……」
大きなため息を吐き、項垂れながら声を上げる紀元。すると顎に手を当て、うつむいたまま考え込む飯島。そんな彼女の様子を見て、恐る恐る声をかける。
「博士、どうされたのでしょうか?」
「そうだったわ……建物は国が管理してるんだもんね。たしかに何か改修するにしても、いちいち申請とか出さないといけないもんね……」
「わかっていただけましたか」
飯島の反応を見た紀元が胸をなでおろした時だった。彼女からとんでもない爆弾発言が飛び出す。
「だいたい何の管理もしていない国の機関が、あれこれ言うのがおかしいのよね。いつも予算が―と言って邪魔ばっかりするし……」
「博士? 何をおっしゃっているのでしょうか?」
「そうだ! 私が官僚と議員どもをすべて掌握すれば済む話ね! あんな頭の硬いジジイどもが牛耳っているからいけないのよ。まず手初めて霞が関一帯を焼け野原にすれば……」
「スト―ップ! 何を考えているんですか! 国家反逆罪どころの話じゃないでしょうが!」
トンデモ発言をし始めた飯島を慌てて止める紀元。なぜ止められたのかわかっていないのか、顔を傾げて聞き返す。
「え? どうしたの? あんたも面倒くさい仕事が一気に減って、楽になる名案だと思うんだけど」
「たしかに面倒くさい手続きも変な書類もなくなって最高! ……じゃなくて、もっと大問題しかないですから!」
「え? そうなの? まあ、ちょっと混乱はあるかもしれないけど、なんとかなるでしょ?」
「なんともならんわ! なんでいつもデッド・オア・アライブの考え方になるんですか……ちょっといいかもと思ってしまった自分が嫌すぎる……」
頭を抱えてその場にうずくまる紀元を見て、飯島が不思議そうな顔で声をかける。
「どうしたの? そんなのもちろん冗談に決まってるでしょ」
「当たり前だ!」
飯島の返答を聞いた紀元の大絶叫が響き渡る。とんでもない声の大きさに、草むらに隠れていた野良猫や鳥が一斉に逃げ始める。
「あーあ、紀元が大きな声で叫ぶから、みんなビックリして逃げ出したじゃない」
「誰のせいだと思ってるんですか! 変なことばかり言わないでください……」
肩を大きく落として項垂れる紀元を見て、飯島が笑い声を上げる。
「あはは! 本当にあんたと話していると飽きないわね」
「それはどうも……そういえば、博士に聞きたいことがあるんですが、ここに来るまでに清掃業者とかとすれ違ったりしませんでしたか?」
少し顔を上げた紀元が問いかけると、目を細めて顎に手を当てる飯島。すると、先程まで吹いていた風が止み、辺りが一気に静まり返る。そして、小さく息を吐くとゆっくり口を開く。
「ふふふ、その答えを知りたいようね?」
不敵な笑みを浮かべると、意味深な言葉を告げる飯島。
彼女は何か知っているのか、それとも……
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