第9話 まだ見たことがない瑛士の本気
「……で、これはどういう状況なんだ?」
二階層の入り口から中を覗いた瑛士が目にしたのは、見たことも無い数のホーンラビットの群れだった。緑色の草原が見えなくなるほど集結しており、全員が入口の方を見つめて座っていたのだ。
「おお、これは壮観じゃのう!」
「壮観じゃねーよ! 全部のホーンラビットが集まってるんじゃねーのか?」
「どうじゃろうな。しかし、こうしてみると実にモフモフで可愛く見えるのう……飛び込んでモフりたい衝動に駆られてしまうのじゃ」
恍惚とした表情を浮かべて話すルリを見て、額に手を当てて大きなため息を吐く瑛士。
「……モフる前に串刺しにされるのがオチだろうが……」
「そんなことはわかっておるのじゃ! いちいち現実に引き戻すとは、ご主人は夢がないのう……」
ルリが両手を空へ向けて肩を竦めた時だった。瑛士のスマホがけたたましく鳴り響き始める。
「この通知の鳴り方は……スゲー嫌な予感しかしないぞ……」
恐る恐る取り出したスマホを見ると、おびただしい数のコメントが並んでいた。
《チャットコメント》
『ご主人がルリ様の夢を全否定しやがった!』
『なんということだ……これは由々しき事態だぞ……』
『なぜ現実に引き戻す必要が……ご主人は人の血が通ってないのか?』
『ご主人が全部角を叩き折れば問題ないんじゃね?』
次々と流れる人格否定の混じったコメントを見て、頬を引きつらせながら固まる瑛士。そんな彼の様子を見て、不敵な笑みを浮かべたルリが声をかける。
「ほれほれ、ご主人? あんまり現実を見た発言はよろしく無いようじゃぞ」
「え? 俺が悪いの? ってか、コイツ等は今までの攻略配信も見てるだろうが!」
スマホを握りしめながら、肩を震わせながら声を上げる瑛士。すると、黙って配信を見ていた音羽が近づき、優しく肩を叩きながら話し掛ける。
「瑛士くん、いちいちリスナーの煽りに反応したらダメよ。彼らは反応を面白がっているだけなんだから」
「……そうだな、音羽の言う通り……」
瑛士がいつも通り反応を返そうとした時、肩に置かれた手に一気に力が込められる。
「イデッ! 何をするんだよ!」
「いい? 今は配信中なの。私はミルキーで通っているのを忘れた?」
「それは忘れてないが……たまたま間違え……いだだだ!」
瑛士が言い訳をしようとすると、さらに力が入ってどんどん肩に指がめり込んでいく。
「返事はごめんかすみませんでしょ? いい、『ミルキー様の言う通りです』って、大きな声で復唱しなさい。できるわよね?」
「だからなんでそんなことにこだわ……」
「で・き・る・わ・よ・ね?」
「は、はい……ミルキー様の言う通りです……」
有無を言わせない圧力を感じた瑛士が、音羽の言葉を復唱する。その言葉を聞いた彼女は、満足げな声を上げて話し始める。
「大変よくできました。みんなも聞いたかしら? ミルキーさんの言う通りですって言っていたわよね?」
音羽が声を上げると、コメント欄が一気に盛り上がり始める。
《チャットコメント》
『おお! ミルキーさんもいたんだ!』
『ほんとだ! 全員勢ぞろいしてる! たしかにご主人が言ったの聞こえたよ!』
『今日の神配信になるんじゃない? ワクワクが止まらない!』
『この後何かが起こることに期待!』
一気に盛り上がるコメント欄を見て満足げな表情を浮かべる音羽に対し、瑛士は何とも言えない顔でスマホを見つめていた。
「あら? 瑛士くんどうしたのかしら?」
「……もう好きにしてくれ……」
「なんだかよくわからないけど、元気出しなさいよ。これからが本番なんだから」
「……」
音羽の言葉を聞いて、大きく項垂れたまま動かなくなる瑛士。そんなやり取りを見ていたルリが、笑顔で声をかけてくる。
「ご主人、落ち込んでいる暇はないぞ? ヤツラはやる気満々のようじゃしな」
ルリが二階層のフロアに視線を送ると、おびただしい数のホーンラビットが入口を睨みつけていた。まるで、今から来る侵入者を待ち構えているかのように……
「チッ、やっぱり見逃してはくれないか。この数を相手にするのは、少し骨が折れるが……たまには本気を出すしかないな」
小さく息を吐くと、真剣な表情で呟く瑛士。普段とは違う彼の雰囲気を感じ取ったルリが、腕を組みながら感心したように声を上げる。
「お? ようやくやる気になったようじゃのう。ご主人の本気はまだ見たことがないから楽しみじゃ」
「ああ、この先にどんな罠が待ち受けているかわからないしな……」
両手で頬を叩いて気合を入れなおすと、ホーンラビットの軍団が待ち受けるフロアに降り立つ瑛士。すると、ルリの背後に近づいた音羽が声をかける。
「ルリちゃん、ここからは瞬き厳禁よ……瑛士くんが本気を出す姿を見れるのは、滅多にないことだから……」
「そうなのか? しかし、ご主人は魔法を封じておるのじゃぞ」
「その答えはすぐにわかるわよ。なんで瑛士くんが魔法を使わなくても大丈夫なのかも……ね」
言っている意味がさっぱり分からず、顔を傾げるルリ。すると、入口で立ち止まった瑛士が振り返り、音羽に声をかけてくる。
「音……じゃなくてミルキー。タイムを計っておいてくれないか?」
「はいはい、わかってるわよ。短剣を抜いたところからスタートでいい?」
「ああ、そのタイミングで頼む」
軽く頷いて返事をすると、腰に差していた短剣に手を伸ばして深呼吸する瑛士。
「さて……始めるか」
短い言葉をつぶやくと短剣に手を伸ばし、ホーンラビットの待つフロアへ瑛士が駆け出す。
この直後、ルリとリスナーたちは驚愕の光景を目の当たりにすることになる……
最後に――【神崎からのお願い】
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