閑話⑳ー6 寝耳に水の配信者バトル
雫や飯島が裏で動いていることなど知らない紀元は、従業員控室を出たところで慌てている部下を落ち着かせるように声をかける。
「何か焦っているのはわかるが、少しは落ち着け。いったいどうしたんだ?」
「すいません……予想外の人が並んでいて、どうしていいのかわからないんです」
「は? そりゃ今日は再オープン初日だし、たくさんの来場者がいてもおかしくないだろ」
部下の言っている意味が全く分からず、呆れたように聞き返す紀元。
「それはそうなんですが……想定していた数よりも多すぎるのもあるんですが、気になることを聞きまして」
問いかけられた男性は困ったような表情で、言い淀んでしまう。その様子を見た紀元は、諭すような口調で話しかける。
「気になることってなんだ? 言いにくいことかもしれんが、お前がきちんと報告してくれなければ対応もできん。被害を最小限に抑えるにはどうしたらいいかわかっているだろ?」
「それは、その……はい……おっしゃる通りです……」
紀元の話を聞いて言い訳をしようと試みるが、言い返す言葉が見つからない部下。力なく項垂れて消えそうな声で返事をする様子を見て、ため息を吐くと声をかける。
「はぁ……お前が頑張っているのはわかっているが、いつも言っているだろ? 自分一人で抱え込むなと。何のために俺のような役職者がいると思う?」
「それは……我々のような一般社員が、手に負えないことを解決するためでしょうか?」
「うーん、まあ、それもあるな」
返答を聞いた紀元は乾いた笑いを浮かべ、少し困ったような表情で話し始める。
「たしかに個人の裁量で手に負えない事案は山のようにある。だけど、会社というのは組織なんだ。いろんな得意分野を生かせるように配置を考え、管理する立場が俺だ。そして、一人では手に負えない案件でも、いろんな視点から見れば意外な解決法が見えるかもしれない……簡単に言えば、チーム戦のようなもんだ」
「な、なるほど……」
話を聞いていた部下が納得したように表情が明るくなると、紀元も安心したように小さく息を吐く。
(何とか納得してくれたみたいだな……まったく、コイツは真面目過ぎるのが長所であり欠点なんだよな。責任感が強いのは心強いが、何でもかんでも抱え込もうとするから)
目を輝かせて頷いている部下を眺めながら、紀元が考えを巡らせている時だった。
「本部長、私が間違っていました! 誰かに相談して、相手の時間を奪うのであれば何とかしようとずっと考えていました。でも、これからはもっといろんな人に頼っていきたいと思います!」
「おおう……わかってくれたのであれば良かった……」
(なんか引っ掛かるけど、大丈夫か?)
少し引っかかるものを覚えた紀元だが、やる気になっているので何も言わないように押し黙る。すると、何かを思い出したように部下が口を開く。
「そういえば肝心なことを忘れていました。本部長に相談したかったのは、並んでいる来場者が言っていたことなんですが……なんか、超有名な配信者が現れたそうです」
「超有名な配信者? ああ、たしか迷宮攻略を主体にして人気を集めているヤツは何人かいたな」
「その配信者が言っていたそうなんですが、なんでも配信者同士でバトルがあるとかないとか……」「は? なんのバトルをするつもりなんだ?」
話を聞いた紀元は意味が分からず、口を開けて固まってしまう。そんな彼の様子を気にすることなく、部下は言葉を続ける。
「どうやらいーちゃんが主催のイベントで、配信対決で彼女が勝ったら豪華な賞品がもらえるとかなんとかって言っていました」
「……なんだと?」
「外に並んでいる人もいーちゃんとかいう配信者のグッズ目当てらしいんですよ。いつの間にそんな大型配信者と契約して、グッズ展開までしていたとは……ほんとすごいですよね!」
目を輝かせている部下に対し、我に返った紀元が恐る恐る問いかける。
「なあ……今の話は本当なのか?」
「え? いーちゃんとの契約の話ですか?」
「違う、そこじゃない! 配信者バトルの話だよ! そんなキャンペーンやるなんて聞いて……」
驚いた紀元が声を上げようとした時、先日の飯島博士との会話が頭の中をよぎる。
(あれ? 博士がなんか奇妙なことを言っていなかったか? 俺が配信にどうとか……)
「本部長? どうされたんですか? 話は聞こえていますか?」
黙り込んで俯く紀元を見て、不思議そうな顔で声をかけた時だった。
「おい! まだ来場者の入場は始まっていないよな?」
いきなり顔を上げた紀元が、勢いよく部下に問いかける。
「え? あ、はい。まだ入場時間ではないので……」
「そうか。できる限り入場できる時間を遅らせろ。できないのであれば入場制限をかけて、時間を稼げ!」
「え?」
豆鉄砲を喰らった鳩のような顔で固まる部下を置いて、関係者出入口に向かって走り出す紀元。
「ほ、本部長? どこに行かれるんですか?」
訳も分からず置き去りにされた部下の叫びも虚しく、紀元に届くことはなかった。
「博士……いったいどういうつもりかしっかり聞かせてもらいますよ!」
恨み節のような言葉を呟きながら走る紀元。
はたして彼は神出鬼没の飯島を捕まえることはできるのだろうか?
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