閑話⑳-1 音羽の忘れ物
瑛士たちが男性と別れて迷宮の入口に向かって歩き始めた時、音羽が急に立ち止まった。
「ん? 音羽お姉ちゃん、どうしたのじゃ?」
「うん、ちょっと気になることがあってね……」
俯きながら少し困ったような表情を浮かべる音羽を見て、ルリが近くに駆け寄ろうとした時だった。黙ってやり取りを見ていた瑛士が口を開く。
「音羽らしくないな。忘れ物でもしたのか?」
瑛士の言葉を聞いた音羽が慌てて顔を上げる。すると、笑みを浮かべいてこちらを見つめる彼に気がつく。
「え? あ、そうそう! ちょっと忘れ物をしちゃったの!」
慌てて話を合わせるように言葉を返すと、わざと大きな声で返す瑛士。
「それは大変だ。幸いまだ時間に余裕もあるし、取りに行ってきたらどうだ?」
「うむ、それがいいのじゃ!」
二人のやり取りを聞いていたルリが、手をたたきながら笑顔で同意する。そして、音羽に向き直ると心配そうな表情で声を掛ける。
「しかし、先程あんなことがあったばかりじゃし……何かあってからでは大変じゃ。わらわも一緒に忘れ物を探しにいこうかのう」
「ありがとう、ルリちゃん。せっかくの提案だけど、私一人で大丈夫よ」
「そうなのか? じゃが……」
提案を聞いた音羽が笑顔で断ると、寂しそうな表情で食い下がろうとするルリ。するとその様子を見ていた瑛士が彼女に声を掛ける。
「ルリ、音羽は忘れ物を取りに行くだけだから大丈夫だと思うぞ。それにここは迷宮とは言え、公園エリアだ。なにか目立った行動をすればすぐに人が集まるし、下手に手を出してくるようなことはないだろう」
「言われてみればそうじゃのう。治外法権とかいうやつは、適用されないか?」
「ああ、治外法権なのはあくまでも迷宮の内部だけだ。今の公園エリアは普通に法律の適用内だ。だからなにか騒動を起こせば、直ぐに警察が飛んできて大変なことになるぞ」
「はーなるほどなのじゃ」
話を聞いていたルリが感心したように大きく頷いていると、音羽が優しく声を掛ける。
「ルリちゃん、ありがとう。そういうことだからよっぽど大丈夫だと思うわ」
返答を聞いて安心したルリが、何かに気がついたように瑛士に問いかける。
「音羽お姉ちゃんの件は理解したのじゃが……その間わらわたちはどうするんじゃ?」
「そうだな……ここでずっと待っているのもあまり良くないからな。一旦観光エリアに戻っておやつでも食べながら待つか?」
「おやつじゃと! それはいい考えなのじゃ!」
瑛士の提案を聞いたルリの目が輝き、一気に花開くように明るくなる。
「音羽お姉ちゃんが戻るまでにきちんとリサーチをせねばならぬ……これは重大ミッションなのじゃ」
「いや、そこまで時間はかからないと思うが……」
鼻息荒く張り切るルリの様子を見て、呆れたように声を掛ける瑛士。しかし、おやつという言葉で頭がいっぱいになった彼女に届くはずもなく、腕を組んで真剣な顔で考え始める。
「みたらし団子体験は先日やったのじゃ。たしか、リンゴ飴を中心にフルーツ系の飴を取り揃えた店もあったのじゃ。そして、わらわのためにできたようなはちみつソフトクリームの店もオープンしたそうじゃし……起き上がり最中の有名店もある……どこから攻めたら良いのか悩みどころじゃのう」
「いや……どこから攻めるとかじゃなくて、無理やり全部回る必要はないと思うが……」
呆れた瑛士が声を掛けると、目を見開いたルリが声を荒げる。
「何を言っておるのじゃ! 数少ないチャンスを物にするのが、カリスマたるものなのじゃ! 次があると思った瞬間に負けが確定する厳しい世界なんじゃ!」
「いや、誰に負けるんだよ……そもそも誰と勝負してるんだ……」
あまりの勢いに圧倒された瑛士が後退りしながら答えると、頬を膨らませたルリがさらに捲し立てる。
「これだから素人は困るのじゃ。こうしている間にも日々鍛錬を重ねているのが、配信者というものなのじゃ。しかも、音羽お姉ちゃんにおすすめをするという重大ミッションを……忘れておらんか?」
「……そんな重大ミッションしらねーよ……」
大きなため息を吐きなら瑛士が項垂れていると、いつの間にか歩き出していたルリが大声で呼んでいた。
「ご主人、何をしておるのじゃ? 早くミッションを完遂しにいくのじゃ! 遅れることは許されないのじゃ!」
「あーもうわかったわ! 追いかけるから先に行ってくれ……」
「仕方がないのう。早くこないとわらわが全部食べつくしてしまうのじゃ」
ルリの高笑いが響くと同時に光の速さで姿が見えなくなる。その様子を見て、大きなため息を吐くと真剣な表情で音羽に向き直って声を掛ける。
「お前なら万が一はないと思うが……任せたぞ」
「うん。瑛士くんも気をつけてね」
「ああ、ヤツの企みを暴いてやろう……」
握りしめた右手を軽く当てると、反対方向に向かって歩き始める音羽と瑛士。
迷宮の関係者エリアで爆発が起こったのは――この後直ぐだった。
最後に――【神崎からのお願い】
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