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政略結婚の旦那様の暗殺を命じられましたが、いい人すぎて私には殺せません  作者: てるてる坊主


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5/10

一難去ってまた一難

 食事を終えるころには、セラフィーナもぽつぽつと話すようになっていた。


 嫁ぎ先から届いた肖像画のこと。語学の教師が厳しいこと。持っていきたい本が多すぎると、侍女に困った顔をされたこと。


 泣いて、嫌だと言いながらも、覚えるべき言葉を覚え、持っていくものを選んでいる。


 ただわがままを言っているだけのお姫様だと思っていたけれど、それは少し違ったらしい。


 彼女の話に相槌を打ちながら、暗殺組織・黒百合で潜入の訓練を担当していた先生の言葉を思い出した。


 腹を割って話すと、意外といい方向に転がることがある。だから、窮地に陥ったときの最終手段として覚えておくように、と。


 まさか、嫁いだ翌朝に使うことになるとは思わなかったけれど。


 奥の手を切るには早すぎた気もするが、終わりよければすべてよし、ということにしておこう。


 食事が終わった後は二人で席を立ち、食堂の扉へ向かう。


「嫁ぐのは、まだ先なんでしょ?」


「ええ。出立は半年後の予定です」


「それまで、私でよかったら愚痴でも聞くしさ。嫌なこと、全部ためておかなくてもいいんじゃない」


 隣の足音が止まった。


 振り返ると、セラフィーナがまた顔をゆがめている。


「お姉さま~……!」


「ちょっと。今、拭いたばっかりでしょ」


 勢いよく腕に抱きつかれ、私はよろめいた。


 その勢いで扉を開けたものだから、廊下に立っていたアルベルト様と不意に目が合った。


「……アデリア」


 彼は私を見て、それから私の腕にすがるセラフィーナを見た。


 セラフィーナの赤い目に気づき、わずかに表情をこわばらせる。


「君を信じて待とうと思ったけれど……やっぱり心配で」


 私は背筋を伸ばした。


 肘掛けにだらしなくもたれて会話していたなんて、気づかれてはいけない。


「ご心配ございませんよ。このとおり、仲良くなりました」


「お姉さまと、お話ししていたのです」


 セラフィーナが私の腕を抱く力を強める。


 それを見て、アルベルト様の顔から、ようやく緊張がほどけた。


「セラフィーナがあれだけのことを言ったのに、向き合ってくれてありがとう。君はとても寛大な人だね」


 寛大。


 褒められて悪い気はしない。アルベルト様から向けられた言葉をかみしめていた私の耳に、聞きなれない声が入ってきた。


「そう、わたくしたちすごく仲良くなったんですのよ」


 セラフィーナが一層体を寄せてくる。


「……僕の妻なんだけどな」


 思わず顔を上げると、アルベルト様が少しすねたようにこちらを見ていた。


 その表情は、なんですか。


 そんな顔をされたら、政略結婚だということを忘れてしまいそうになる。


「陛下」


 見知らぬ声が聞こえ、私は廊下の先へと目を向けた。


 艶のある黒髪を首の後ろで束ね、細い銀縁の眼鏡をかけた男が静かにこちらに歩いてきていた。整った顔立ちだが、切れ長の目が鋭く、微笑んでいない口元と相まって、近寄りがたい


 濃紺の上着には皺ひとつなく、脇には書類挟みを抱えていた。


「どうしても様子を見たいというわがままを聞いて、仕事を抜け出してここに来たのです。もう仕事に戻っていただけますね?」


「ああ、すまない。急いで戻る」


 アルベルト様は素直に頷き、私へ向き直った。


「今日は忙しくて、こんなふうに顔を出すくらいしかできなくて、ごめん。夜にゆっくり話そう」


「はい。お仕事、頑張ってくださいませ」


 彼は名残惜しそうに微笑むと、廊下の先に控えていた従者を伴い、足早に去っていった。


 黒髪の男だけが、その場に残る。


「忙しくしたんですよ。俺が、ね」


 低い呟きが聞こえた。


 見ると、男の口の片端が持ち上がっていた。笑っているのに、目は少しも笑っていない。


 ……今、何か不穏なことを言わなかった?


「この短い時間で、セラフィーナの懐柔に成功したのですか」


 眼鏡の奥の目が、私を捉える。


「昨日は震えていて、ただの小娘かと思いましたが。なかなかやりますね」


 いきなりなんなの、この男は。


 私が返事をするより早く、セラフィーナが一歩前へ出た。


「懐柔だなんて、失礼なことを言わないで。お姉さまは、わたくしのお話を聞いてくださったのよ」


「それは何よりです。あなたも人の話を聞けたのなら、なおよいのですが」


「話を聞くことくらいできるわよ!」


「おや。それは失礼」


 まるで失礼だと思っていないような声だった。この二人は相当に仲が悪いらしい。


 セラフィーナの眉が、きりきりとつり上がる。


 男はそんな彼女からあっさり視線を外すと、私に向かって、形ばかりは申し分のない礼をした。


「さて、アデリア様。ご挨拶が遅れました。私は陛下の従弟であり、この国の宰相を務めております、ローデリクと申します」


 この男が例の宰相ね。『ずいぶん支えてもらっている』と初夜にアルベルト様が話していた、あの……。


「ぜひ、この私にこの城をご案内する栄誉をいただけないでしょうか」


 さっきは小娘呼ばわりしたくせに?


 態度からすると、敬う気持ちなどかけらもなさそうだが、言葉遣いだけは仰々しい。


「案内なら、わたくしがしますけど」


 セラフィーナが、すかさず言った。


 ローデリクは笑みを保ったまま、彼女を見下ろした。


「アデリア様とお話がしたいので、邪魔者はどいてくれますか?」


「邪魔者って何よ!」


「宰相命令ですよ」


 セラフィーナが口を開きかけ、止まる。


 私の腕に添えられた手が、ぎゅっと強くなった。


 どうやら彼女にも、この男の言葉を突っぱねられない事情はあるらしい。


「……分かったわよ!」


 勢いよく言い返してから、セラフィーナは私へ身を寄せた。


「お姉さま、あいつは超性格悪いので、気をつけてくださいね!」


 小声のつもりなのだろうけれど、十分に聞こえる。


「忠告が済んだのなら、お引き取りを」


「はいはい、もう行きますよ!」


 去り際にもう一度、心配そうな目を私に向けてから、セラフィーナは廊下を歩いていった。


 その背中が角を曲がるまで見送り、私は隣の男へ目を戻す。


 ローデリクは、当然のように私が歩き出すのを待っていた。


「では、参りましょうか。アデリア様」


 丁寧な呼びかけなのに、背筋がぞわりとする。


 せっかく、セラフィーナと普通に話せるようになったと思ったのに。


 朝から二連続で厄介ごとは、勘弁してちょうだい……。

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