ミュラーの策略
「君のことはこっちで上手く処理しておくから、もう生徒会長には捕まらないこと。わかったかい?」
ミュラーはやけに距離が近く、私の耳に髪をかけながらそう言いつける。
「わか……り、ました。」
返事をすると、ミュラーはゆっくりと廊下の奥に消えていった。
録音ができたかもしれないと期待して貝殻を取り出し叩いてみる。
「エメリヒ・ミュラー……」「可哀想に……」「捕まらないこと……」そんな途切れた断片が再生され、顔をしかめた。
注いだ魔力が足りなかったようだ。
私は3つに魔力を注ぐのをやめ、1つだけに注ぎポケットに忍ばせる。
あのミュラーという教師が黒幕である証拠を見つけられれば、後はノアがなんとかしてくれるはずだ。
(絶対証拠を掴んでやる!)
……
それから授業が終わるとすぐに、ブレンダから声がかかる。
「ねえ、早く来て。会長があなたを探してる。」
言われるがまま旧校舎へ駆けて行く私たち。一瞬、人混みの中であのピンクブラウンの髪が視界にちらついた気がした。
そういえば会長は、どうしてミュラー先生を警戒してたのだろう……?
旧校舎に到着すると、ブレンダは鬼のような険しい顔で振り返る。
「聞いたわよ。あなた、1人だけ生徒会長に連行されたらしいわね。」
「ご、ごめんなさい……」
すぐに頭を下げる私。するとブレンダは声のトーンを下げ「……大丈夫だった?」と尋ねてきた。
「……え?」
「だから、大丈夫だったかって聞いてるの!退学処分とかになったら、もうあなたにミッションを渡せなくなるでしょ?」
口ではそう言いつつ、ブレンダの態度はいつもより柔らかい。
検査に引っかかったことで、警戒が薄れたのか……
「大丈夫……でした。心配してくれて、ありがと。」
そう伝えると、ブレンダの顔がまたみるみる赤く染まっていった。
(この人にも、色々事情があるんだろうな。やり方は擁護できないけど。)
「ま、無事ならいいのよ。生徒会長にあなたがチグリジアってバレたのは痛いけど、最後リリーの信用さえ得られればこちらとしては問題ない。もし会長がリリーに告げ口することがあれば、『潜入してた』とか説明しておけば一旦大丈夫よ。」
(説明せずとも、リリー様は知ってるんだけどね。)
「そうだ、リストの項目を追加しておいたから書き写しておいて。」
ブレンダに言われ、新しい項目に目を通す。
好きな食べ物に色、デートで行きたい場所……?また奇怪な項目だ。
「ねえブレンダねえさま、よかったらそろそろ教えてくれない?私が毎日埋めてる情報リスト、これは何に使う物なの?」
尋ねると、ブレンダは少し躊躇ってから「……だめよ、あなたには言えない。」と言った。
(あなたには……?他には言えると?)
私は笑顔で「今日も頑張って聞いてくるね!」と答え一度旧校舎を後にする。
そしてまたトイレで着替えると、もう一度旧校舎に戻った。
「……ブレンダ様、ごきげんよう。」
ペコりとお辞儀してから挨拶する。するとブレンダは「ああ、あなたね。」とだけ呟き資料の整理を始める。
「何か私に手伝えることはありますか?」
「え?そうね……じゃあ、メンバーの名簿をもう一度目を通してくれない?ここ、新しい人が次々入ってくるから覚えられないのよ。『マリアンナ』より後に加入したメンバーがいたら読み上げて。」
ブレンダが指さした棚に入っていた名簿に目を通すと、女性の名前ばかり書いてあった。
「マリアンナの後は1人もいません。」
淡々と答えると、ブレンダは「そう、じゃあ勧誘にでも行ってらっしゃい。」とつぶやく。
女子しかいないのに、理想の男性を作り出す計画を立てている……?このチグリジアに男なんて……
そこまで考えてハッとする。
……いた。ミュラーがいるではないか。
「……それにしても、ミュラー先生も大変ですよね。あんなわがままな巫女の為にあのような努力をされて。」
ハッタリをかますと、ブレンダはため息をつき「本当にね。本来あんな小娘に興味なんかないはずなのに。」と苦言を呈した。
ほぼ当たりだ。あの男、あのリストを使ってリリーの理想の男を演じるつもりなのだ。
(うわあ、ちょっと引く。)
1連のやりとりを録音できたことを確認し、私はそそくさと旧校舎を後にする。
そして次に私はあのアッシュピンク色の髪を探し学園を歩き回った。
「会長、お疲れ様です。」
しばらく探してやっと、裏庭で何かを探しキョロキョロ周囲を見渡している会長を見つけ声をかける。
「あ、ああ!ユキ嬢……。君は今日も白雪のように美しい。」
なんとか笑顔を取り繕い、キザなセリフをこちらに投げかけてくる会長。
「……今、お時間大丈夫、ですか?少しお尋ねしたいことが。」
「一緒したいのはやまやまだけど、人を探していてね。君、焼けた肌をした布製の腕飾りを大量に付けている爪の鋭いスカート丈の短い部族を見なかったかな。」
(部族だと思われてたの?)
「ああ、それってアキコ嬢ですね。それなら先程校門で見かけたから帰ったんじゃないでしょうか。」
嘘をつくと、会長は渋い顔で「行き違いになったか……」と呟いてから「なら、君の用件を聞こうか。どうしたのかな?」と微笑む。
「ミュラー先生についてなんですけど……あの人やけに女子生徒と距離が近いというか、ボディタッチが多いしなんだか怪しい気がして。友達がミュラー先生にかなり心酔してるから心配なんです。」
「ああ、あの人か……」
会長は眉をひそめ、周囲を見渡した。そして静かに口を開き
「明らかに動向は怪しいよ。チグリジアの生徒を問い詰めていると必ずといっていいほど現れるしね。」と説明してくれた。
「あの人、モテるからギリギリ問題になってないけど、俺以上に女子への距離感がおかしいのは感じてる。それにね……彼の専攻は魔法薬。で、彼は元々化粧品メーカー勤め。……君も聞いてるだろ?妙な化粧品が流行している件。」
「何か……関連があると?」
私が尋ねると、会長は「憶測の域を出ないが、かなり怪しいね。」と口にする。
(うーん、なんだかとっても狡いな。怪しいムーブは露骨にするのに決定的な証拠だけは出さないなんて。)
尚更、朝の録音失敗が悔やまれた。
「教えていただきありがとうございました。今後も彼については警戒しておくことにします。」
そう告げてから立ち去ろうとした時、「なあ」と呼び止められ振り返る。
「……はい?」
「もし……普段から口うるさい奴に取り返しのつかない傷を負わされたら……君ならそいつのことをどう思うかい?謝罪されたら、受け入れる?」
「……?普通に許せないので……距離を置きますかね。謝罪も受け入れないです。」
そう答えると、会長は「そうだよな」と呟いてから肩を落として裏庭を後にした。
(……どうしたんだろ、あれ。)




